BIOHAZARD ASHES TO ASHES   作:しお林檎

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闇路の逃亡

「……どうやら、貴殿らは知りすぎてしまっているらしい」

 

 サイモン、と短く名を呼ばれ、バルタザールに対し礼の姿勢を取っていたサイモンがゆらりと動いた。カツ、カツと靴音を鳴らしながらレオンの下へと歩み寄る。

 

 何かを仕掛けてくるつもりらしい。敵にバレないよう軽く手首を回しながら、レオンは自身に近寄る男との距離を測る。

 

 3m。2m。――1m。

 

 筋肉質な左腕がレオンへと伸びる。その手がレオンへと届く、その瞬間。

 

「――ぐぅっ!?」

 

 レオンは椅子から素早く立ち上がり、眼前にまで迫っていたサイモンの足を払った。体を支える肉の柱を崩されたサイモンは呻き声を上げ横転する。

 

 思わずといった様子でエレノアが驚きの声を上げるのを尻目にレオンは走る。

 目指すは教会の入り口。重厚な装飾が施された木の扉だ。

 

「……カシ!追え!」

 

 背後でバルタザールが声を荒げる。それとほぼ同時に、レオンの視界に何かが映り込んだ。

 

 咄嗟にレオンは大きく身を屈めた。勢いよく走っていた状態で無理に体勢を変えたため、足が縺れ埃を舞い上げながら前に転がる。

 受け身を取りながら数m先へと転がった後、顔を上げ先ほどまで自分がいた場所へと視線を投げる。

 

 ――そこには、銀色に鈍く光るナイフが突き立てられていた。

 

 つい数秒前、レオンの頭部があったであろう場所のすぐ横に位置する柱。深々と柱に突き立てられたそれは、すぐさま何者かの手によって抜き取られる。

 

 不健康に痩せ細った、骨の浮き出たひょろ長い腕。その先へと視線を移す。

 

 フードの男――カシと呼ばれた男が、いつの間にかレオンの行く手を阻むようにして幽鬼の如く佇んでいた。

 抜き取ったナイフをくるりと右手に持ち替え、再度その刃をレオンへと突き出す。あまりにも速く正確な一突き。

 

「……っ!」

 

 上体を起こしかけていたレオンは、即座に身体を真横へと転がす。冷たい石床の上を一回転し、カシの間合いから辛うじて脱した。寸前までレオンの心臓があった場所を、銀色の軌跡が情け容赦なく切り裂いていった。

 

 回転の勢いのまま床を強く蹴り、跳ね上がるようにして今度こそその身を起こす。

 

 背後から迫る二人分の足音。おそらくサイモンとエレノアのものであろうそれらを確認する暇はない。ナイフを突き立てた姿勢のまま動かないカシの脇をすり抜けるようにして、レオンは正面の扉へと突進した。

 

 バン、と大きな音を立て、重厚な木製の扉が開かれる。開かれた扉の先に広がっていたのは、月明かりの差し込む教会の外庭であった。

 

 湿り気を帯びた重い風が頬を打つ。レオンは素早く視線を走らせ、そして何かを見つけるなりそ(・)れ(・)目掛けて再度駆けだした。

 

 外庭の隅。経年劣化で石畳が大きく陥没し、人一人が辛うじて通れるくらいの穴となったそれ。微かに鼓膜を叩く水音から、暗渠のようなものであるとレオンは判断する。

 

「歓迎会はもう充分だ」

 

 振り返ることなく不敵に言い捨てると、レオンは迷うことなく暗黒が広がるその穴の中へと身を投じるのであった。

 

 

「……逃がしたか」

 

 暗渠へ繋がる穴を見下ろし、バルタザールがぽつりと呟く。

 その背後で傅いていたサイモンは腹立たしさに左の拳を握りしめ、腕を組んで立つエレノアは面倒臭そうにため息を吐き出し、カシは手に握るナイフを見つめ再度微動だにしなくなった。

 

 険しい表情を浮かべたままのバルタザールは、不意にケロイドが刻まれた顔を撫でつけるように手で覆い、一度大きく深呼吸をする。数秒の間を空けて顔を覆っていた手を離した時には先の険しい表情は消え失せ、元の人当たりの良い柔和な笑みを取り戻していた。

 

「たしかこの水路の先は寺院群だったな……サイモン、早急に信者たちへ通達せよ。侵入者を排除せよ、とな」

「承知致しました」

「必要とあれば再度"巡礼者"を放っても良い。信者たちに危険が及ぶやもしれんが……我らの神(・)を守るためだ。多少の犠牲は致し方あるまい」

 

 声音にこそ悲しみの色が宿ってはいるものの、その表情が悲しみに曇る様子はない。そのちぐはぐさを指摘する者は残念ながらこの場に誰一人として存在しないのだが。

 

「エレノア。侵入経路を探り逃亡ルートを潰せ。ケネディを島外に逃がさないようにな」

「了解」

「それから、カシ……」

 

 言葉を続けながら、バルタザールはカシの方へと視線を移す。当の本人は呼びかけに応じる様子もなく、フードの奥から手元のナイフを見つめるのみ。

 

「お前は持ち場へ戻り守りを固めよ……我らが神(・)に部外者を接触させるわけにはいかん。万が一奴が来たら、確実に仕留めろ」

 

 聞こえているのかいないのか、相変わらずカシがバルタザールの言葉に答える様子はない。

 しかし何かは通じたのであろう。やがてナイフを鞘に収めると、三人に背を向け一人教会を去っていく。そんなカシに続くように、サイモンとエレノアも一礼の後にその場を去った。

 

 残されたバルタザールは煌々と夜闇を照らす月を見上げる。真白に輝くそれは柔く、冷たく、そして残酷であった。

 

 どこまでも静謐な光を放つそれを暫く見上げた後、バルタザールもまた教会を後にする。

 去り際にレオンが飛び込んだ暗渠へ続く穴を一瞥するも、すぐに視線を前に戻し闇夜に溶け込むように消えていった。

 

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