それからのアベルの修行スピードは、まさに「狂気」の一言に尽きた。
ひとたびオーラの感覚を掴んだアベルにとって、念能力の基本技術を深めることは、パズルを解くようなものだった。
何より、彼には「完成形がどうなるか」という原作の知識がある。
試行錯誤の方向性を間違えることがないのだ。
『絶(ぜつ)』の修行は、アベルが最も得意とする分野だった。
すでに「足音を消して歩く」という肉体的な隠密行動(暗歩の模倣)を繰り返していたため、その技術に念の応用を組み合わせるだけだった。
「精孔を完全に閉じ、体内のオーラを限界まで漏らさないようにする……」
森の茂みの中で、アベルがふっと息を抜く。
その瞬間、彼の身体を包んでいたオーラが、まるで水面が凍りつくように一瞬で消えた。それだけではない。アベルという人間の「存在感」そのものが、周囲の風景に完全に溶け込み、消滅したかのような錯覚を覚えさせる。
すぐ横の枝に留まっていた小鳥が、アベルの存在に全く気づかないまま、彼の肩に飛び移り、小さくさえずった。
「よし……『絶』も完璧だな」
アベルが小さく呟くと、鳥は驚いて飛び去っていった。
『絶』は、自身の気配を消すだけでなく、肉体の疲労を急速に回復させる効果もある。アベルはこれを日々のトレーニングの合間に挟むことで、通常の数倍の密度で修行をこなすことができるようになっていた。
しかし、最も難航し、かつアベルの「バケモノ染みた才能」を証明することになったのは、もう一つの基本――『練(れん)』の修行だった。
『練』とは、体内の精孔を通常以上に大きく開き、爆発的な量のオーラを生み出す技術だ。戦闘において、攻撃力や防御力を爆発的に高めるための必須スキルである。
「いくぞ……『練』!!」
アベルが腹の底から声を絞り出す。
次の瞬間、彼の肉体から噴き出したオーラは、先日の『纏』の比ではなかった。
ドゴォオオォン!! という、物理的な衝撃音が響いたのではないかと錯覚するほどのオーラの津波。アベルを中心とした地面の草木が、強烈なプレッシャーによって円状に、周囲の空気が熱を帯びて激しく歪む。
「く、おおおおおおっ!?」
アベル自身、自分の肉体からこれほどのオーラが湧き出るとは予想していなかった。
体内のエネルギーが、まるで底なしのマグマのように溢れてくる。
ゴンやキルア以上の才能――それは、単に習得が早いというだけでなく、「保有しているオーラの絶対量が、ハナから異常である」ということを意味していた。
アベルの身体が、自身のオーラの圧力によってミシミシと悲鳴を上げる。
常人であれば、この時点でコントロールを失い、オーラに振り回されて自滅するか、精神が焼き切れていただろう。
(舐めるな……! 俺の身体だ、俺の意志に従え!!)
アベルは背中の樫の木の棒を引き抜き、両手で固く握りしめた。
そして、暴れ狂うオーラの奔流を、その棒へと無理やり「流し込む」イメージを強く持つ。
これは基礎の『練』を超えた、応用技術である『周(しゅう)』――オーラを物に纏わせる技術の、無意識の先取りだった。
アベルの強烈な意志に応えるように、奔流となっていたオーラが、樫の木の棒へと収束していく。ただの木製の棒が、白く輝く圧倒的なエネルギーの塊へと変貌していく。
「ハァアアアアッ!!」
アベルは、目の前にある直径一メートルはあろうかという巨大な岩に向かって、棒を縦一文字に振り下ろした。
ドォォォンッ!!!
凄まじい爆発音が森に響き渡る。
砂煙が晴れた後、そこにあったのは――
巨大な岩が、まるで豆腐でも切られたかのように、中央から綺麗に真っ二つに叩き割られている光景だった。
しかも、アベルが使ったのは鉄の剣でもハンマーでもない。ただの、樫の木の棒だ。
木刀が、念の強化によって、ダイヤモンドをも切り裂く究極の質量兵器と化したのだ。
「……うそ、だろ」
アベルは、自分の手元を見た。
割れた岩の凄まじい威力に対して、手にした樫の木の棒は、折れるどころか、傷一つついていなかった。アベルのオーラが、完璧に木肌を保護していたのだ。
「これが……念の世界の、本物の戦いか……」
アベルの額から、タラリと冷たい汗が流れ落ちる。
同時に、彼の胸の奥で、かつてないほどの高揚感が弾けた。
前世で画面の向こう側の出来事として見ていた、あの超常の力が、今、自分のこの手の中にある。
「アハハ……ハハハハ!」
アベルは思わず、声を上げて笑った。
怖い。恐ろしい世界だ。しかし、これほど面白い世界が、他にあるだろうか。
自分の鍛えた肉体と、この圧倒的なオーラがあれば、あの原作の怪物たちとも、対等以上に渡り合えるかもしれない。
「待ってろよ、ハンター試験。ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ……。俺もすぐに、そっちに行くからな」
十歳の少年アベルは、真っ二つに割れた岩を見下ろしながら、確かな足取りで、自身の「発(念能力)」の開発へと、さらなる一歩を踏み出すのだった。