金枝の柳 〜〜走れなくてもよかった【狂気の姫君】〜 〜 作:干山 静玖
選抜レースが開かれると聞いたのは、入学から1週間が過ぎた頃だった。選抜レースは学内の未デビューウマ娘が出走する、学内レースだ。
このレースで自身の走りを見せる事は、良いトレーナーを見つけやすく、また見つけてもらいやすくなる事になる。
ウィローとしては、あまりスタミナもパワーもないうちから中距離は走るつもりはなかった。まぁ、マイルが走れなくもない、レベルな事があったからできた選択だ。
また、ダートは芝に比べれば苦手な部類だが、走れないわけではない。
走るとしたら、芝の1600とダートの1600だろう、と当たりをつけてレースを申し込んだ。
くじ運が微妙で、芝1600が2日後午前の6R5枠目9番、ダート1600は3日後午後の4R2枠目3番で出走となった。
逃げには少々不利だが、大外でないだけマシだと割り切り、レースへ向けてトレーニングを積んだ。
芝模擬レースは、終始自分のペースで逃げることができた。ラップタイムはほぼズレなく正確で、それでも後方脚質の子に差し切られて2着。満足な結果だった。
数人トレーナーに声をかけられたが、明日も走るから明日を見てから声をかけて欲しいと伝え、その日は疲労抜きのストレッチ等をしてすぐ寝た。
翌日、ダート1600を走ったが、これまた正確なラップタイムかつ、今度は1/2バ身差で1着だった。
芝もダートも走れるウマ娘は少ない。そのため両方走らせてくれるトレーナーかつ、腕が良いトレーナーとなるとかなり限られてくるため、なかなか決められなかった。
もちろんトレーナー側も、昨日までの新人や中堅になりたてみたいなトレーナーは寄って来なくなったし、中堅からベテラン感のあるトレーナーが声をかけてきた感じだった。
自身の競争人生を預けるのだ。妥協できないと思っていたので、気長に待とうとすら思っていた。
模擬レース後に声をかけて来たトレーナーは、正直言って筆舌にし難いが、悪いトレーナーではなさそうだった。ただ、自身の好きにレースを出させてくれる上、それに文句を言わないだろう人間では無さそうなのが、微妙だ…と考えていた。
走れるだけ走らせるとか、トレーニングは走る事で身体の強度を高める、みたいなトレーニングは私に合わない。
とにかく私の脚は繊細なのだ。母の一族は、脚が繊細なウマ娘が多い。私も例に漏れず、走るなら脚に負荷をかけない、プールやダート、ウッドチップを中心のトレーニングがしたいのだ。
なんなら最初は高所トレーニングのように、酸素濃度を低くしてトレーニングする事や、筋トレで一族で初めてと言えるほど、とにかく丈夫な骨や柔軟性の高い筋肉を活かすトレーニングがしたいのだ。
「・・・はぁーー・・・。どう致しましょう」
「・・・おや、ウィローさん、ですか?」
「え?あ、ジャーニーさん。お久しぶりです。お身体の調子はいかがですか?」
声をかけて来たのはドリームジャーニー。穏やかそうな笑みを浮かべているが、あまり調子は良く無さそうだ。
その立ち姿に心を痛めてしまう。彼女は身体が丈夫だが、小柄故にレースは他者よりも脚を消費するのだ。
「ふふ、お気遣いありがとうございます。少し疲労が抜けていないだけですよ」
「それはそう、でしょうが・・・。しばらくゆっくり疲労を抜いてくださいね」
お互いほぼ身長差がなく、ウィローの方が2センチ程低いのだから、ウィローがもしレースに出るなら覚悟しておかねばならないとわかってしまう。
「それよりも、何かお困りのようでしたが」
「トレーナー選びに迷っておりまして。私の好きにレースを組んでも、何も言わずに了承して下さり、あまり走らせないトレーナーが良いな、とは思っているのですが、なかなか・・・」
「また難しい注文ですね・・・。ですがまぁ、3人ほど心あたりがあります。
名前を教えて差し上げましょうか?」
「ありがとうございます。ではそのトレーナーの名前だけ、控えさせて頂きたいです。
その代わりと言ってはなんですが、こちらを」
私はサイフに入れていた、老舗高級旅館の宿泊無料券と宿泊割引券を出した。
現役女優の母がくれたもので、一見さんお断りな旅館のチケット・・・即ち紹介状のように使う事が可能なものだ。
「ここのお茶漬けをぜひ召し上がってくださいませ。お一方分は半額かかりますが、もう一方は無料です。
御姉妹で是非」
「これはこれは、ありがとうございます。・・・ふむ、ここは・・・(手間が省けたようですね)」
小さな声で呟かれた声を、ウマ耳は拾い上げた。
思わずこちらまで嬉しくなるほど、丁度いいプレゼントになったらしい、
「元々どなたからか、ご紹介頂ける予定がおありでしたか?」
「いえ、丁度手配する前ですので、有り難く。
オルと一緒に行って来ましょう」
「是非!!お姉様(・・・)も一度紹介させて頂いたのですが、あれから赴かれたのかわからず・・・。ですが、味は確かです」
「ふふ、アネゴらしい。・・・さて、私はこれで」
「ええ。ありがとうございました、ドリジャさん」
ウィローの元からドリジャが去ってすぐ、スマホに届いたメッセージには、トレーナーの名前が3人並んでいる。
ウィローは、仕事が早いな、と苦笑し、各トレーナーの情報を集めに校舎へ歩いていった。