金枝の柳 〜〜走れなくてもよかった【狂気の姫君】〜 〜 作:干山 静玖
ドリジャから送られてきたトレーナーの名前は、それぞれ、沖野、南坂、白河というらし。
沖野はそもそもウィローと面識があった。とはいえ相手は、あの(・・)不沈艦を担当しているから、お互い顔見知りだというだけだ。
ウィローはゴルシが好きだし、ゴルシもウィローを嫌っていない。それゆえに顔を合わせると会釈し、また、ゴルシの居場所を尋ねられ、それに答えたりする仲だ。
「あの方の最大の強みは、ウマ娘の『強烈な自我(エゴ)』を決して否定せず、むしろそれを極上の武器としてターフに解き放つ破格の包容力。わたくしが『このレースは走りません』『地方へ行きます』と言い出しても、頭を抱えながらも『お前がそう言うなら、最高の舞台を用意してやるよ』と笑って通してくれそうですわ。
ただ・・・・・・少々、トレーニングの思想が『泥臭い(熱血)』のが玉に瑕ですわね。脚を壊さないための科学的アプローチを、こちらからどれだけ叩き込め、譲歩を引き出すかが鍵になりそうですわ」
重いため息をつきたくなる。
いいトレーナーである。ゴルシほどの体格、パワー、頑丈さ、根性
知能指数があるのなら、という条件があるのが痛い所だ。
とはいえウィローのような、繊細なウマ娘を担当するには、多少心得が心許ない気がする、というだけであるので、実際どうかはわからない。だが、お試しでトレーナーとしてついてくれ、だなんて無茶苦茶な贅沢は言えない。
そしてもう一人、やっぱりちょっとなぁと思うのが南坂トレーナーだ。
「非常に冷静で、徹底的なデータ派。何より、あの『鉄の女』と称されるイクノディクタスさんを、一切の大きな怪我なく走らせ続けている(あるいはその思想に共鳴している)という一点だけで、信頼度は跳ね上がりますわ。
わたくしの『正確無比な体内時計(ラップタイム)』を誰よりも正しく評価し、コンパスの短さを補うピッチ走法の計算式を、一晩で弾き出してくれそうな知性派です。ナイスネイチャさんのように『確実に掲示板(3着以内)を持って帰る』安定感を愛する彼なら、わたくしの『掲示板率100%』の生存戦略とも、最も美しく握手ができるはず。
・・・懸念があるとすれば、チームとしての規律を重んじるお方ゆえ、わたくしの完全オーダーメイドな我儘にどこまで付き合ってくださるか、ですわね・・・」
そう考えてしまえば、残りは一人。
ドリジャのおすすめはきっとこのトレーナーなのだろう、というのはわかっていた。
元々あの最強チーム、シリウスのサブトレーナーだったが、近年独立した。その後数人、個人担当ウマ娘を持っていた、中堅からベテランに移りそうな、白河トレーナーだ。
そのトレーナーとしての腕は、彼の担当ウマ娘が証明している。
G1ウマ娘はいない。だが、担当全員がOPバもしくはG2・G3バだ。とてつもなく素晴らしい。
脚が弱く、身体が弱いウマ娘も多い。そのため早々に引退したウマ娘が多いが、怪我で引退したウマ娘はいない。要するに、担当したウマ娘の素質を100%見極め、決して無理な潰し合い(G1)に放り込んで壊すことなく、勝てる重賞(G2・G3)で確実に箔をつけ、大金を稼がせ、無傷のまま引退させているのだ。
「これぞまさに、わたくしが求める『無事是名馬の神』ではありませんこと?
しかも、沖野さんの『破格の柔軟性』と、南坂さんの『緻密なデータ主義』の双方と親しいのなら、お二人の良いところを吸収しているはず。
・・・わたくしが提案する『プールや低酸素、ウッドチップによる最先端の骨体幹トレーニング』にも、文句を言うどころか、目を輝かせて『面白い、やろう!』と乗ってくれそうですわ」
スマホに並んだ3つの名前のうち、もっとも不気味で、もっとも自分の美学に近い「3人目のトレーナー」の文字を白くて細い指先でタップしながら、オーラムウィローは誰もいない廊下で、大女優のような不敵で優雅な笑みを浮かべるのでした。
かのトレーナーが、G1ウマ娘の担当になる、だなんて大それた夢など持っていない事は、世間話ついでで沖野トレーナーから聞いていた。
だがウィローは確信に近いほど感じていた。
今は無理でも、自分は必ずG1ウマ娘になる力は備えていることを。
そして、自身のピークは、かなり長く続くのだ、と。
「・・・決まりましたわ。まずは、この方に『お茶』でも誘っていただきましょう。わたくしの台本(ローテーション)を美しく演じ切ってくれる、最高の共演者(トレーナー)になれるかどうか・・・・・・試させていただきますわ」
沖野トレーナーには、校舎のある廊下を指定して、そこで『相談』にのって欲しいと頼み、快諾を得た。
そこで白河トレーナとも出会えるよう、白河トレーナーの行動を分析し、大体いつもどの時間にどこにいるのか把握しておく。
あとはそこの廊下で話をしていれば、自然に白河トレーナーはそこを通り過ぎて、運動場もしくは体育館へ向かうだろう。その際に、沖野が彼を紹介してくれればいい。
そうでなくとも、彼について尋ねて、彼が私に興味を持てばそれでいい。
「我慢も、待機も、それなりに得意、ですものね」