金枝の柳 〜〜走れなくてもよかった【狂気の姫君】〜 〜   作:干山 静玖

7 / 8
第1章 6話

 学園内のカフェや学外のカフェよりは、優秀なトレーナーに与えられた、ミーティングルームで話がしたい、とウィローが言えば、白河トレーナーは快く承諾した。

 それだけ真剣な、かつ自身の競争人生全てをかけた話です。それは当然の主張ですね、と白河トレーナーは真摯な姿勢でウィローの話を肯定した。

 ウィローも笑みを深めて頷く。

 

 白河のミーティングルーム、トレーナールームとも言うその部屋に着き、小さな冷蔵庫に冷えている飲み物か、その横の常温のものの中から、どれでも好きなものを取ってください、と白河はウィローへ言った後、資料とメモをとりに席を離れた。

 きっとトレーナーの寮が近くにあるが、そこから資料等を持ってくるのだろう。

 

「さて・・・。どれにいたしましょうか」

 

 ペットボトルと紙パックは8種類あった。

 ミネラルウォーター、清涼飲料水、経口補水液、緑茶、紅茶、ノンカフェインティー、コーヒー、果汁100%ジュース。

 少し悩み、常温のノンカフェインティーから、ドクダミ茶を選んだ。いつも寮で自家製ドクダミ茶を飲んでいたが、この分だと今日はわざわざ作らなくて良さそうだ、とウィローは笑みを深めた。

 

 ウィローは内臓が弱い。胃腸があまり強くなく、しょっちゅう腹を下していた。

 その上、早食いの大食いであるが故に、空腹時の胃酸過多があり常に胃痛があった。そのため、ドクダミ茶を飲んで胃痛を減らし、下痢も減らせるように整腸剤も毎食後に飲んでいた。

 

 ウィローの脚はそれに反して強かった。

 関節は柔らかく、筋肉もしなやかで強いが、脚を支える筋肉がつきにくいがゆえに、筋肉をつける前に脚を消耗しすぎて壊す可能性も考えて、トレーニング方法を組まねばならない。

 

 そんな事を考えていれば、部屋のドアをノックする音と、入ります、と白河トレーナーの声が、部屋の外から聞こえた。

 

「どうぞ。・・・とはいえ、ここは白河トレーナーの部屋ですが」

「いえいえ、大丈夫です。

では私はコーヒーを飲ませて頂きますね。・・・さて、相談をお聞かせくださいますか?」

 

 テーブルを挟んで椅子に腰掛けた白河トレーナーが、一口コーヒーを飲んでから、ウィローへ微笑みかける。

 ウィローもそれに笑顔を深めて頷き返す。

 

「ーーはい。私(わたくし)の相談ですが・・・。ーー貴方の担当ウマ娘にして頂けませんか?」

「ーーは・・・ッ?!」

 

 ウィローの言葉に絶句して固まる白河へ、ウィローはゆるり、と尾を揺らす。

 動揺から、相談を聞き取るためのメモをする予定であった、白河の手にあったペンが机に転がった。

 クスクスと声をあげて笑ってから、動揺からペンを拾い、白河へ差し出しながらウィローは告げた。

 

「実はとある方から、貴方を勧められておりまして。

私(わたくし)自身も貴方のトレーナーとしての姿勢、力量、その他諸々を調べさせて頂きました。

その上で、私のレースへの姿勢、私の素質や力量などを加味して、貴方に私(わたくし)のトレーナーになって頂きたい、と強く思っておりました」

「・・・なる、ほど?」

「たまたま(・・・・)先程お会いした際、まだ担当ウマ娘のスカウト前、これからスカウトへ向かう、と仰られていましたので。

ーーこの出会いは私(わたくし)の運命・・・。

他の方をスカウトされる前に、私の方からお声がけさせて頂く。とその場で決意し、お声がけさせて頂きましたの」

「運命、ですか。貴女は私に逆スカウトをかけてくださいましたが、私は貴女を深くは存じ上げません。貴女も同じく、私の事を書面上でしか知らないのに。・・・貴女の競技人生を、軽く見積もってはいませんか?」

 

 白河はウィローの空気に一瞬飲まれていたが、ウィローの・・・この年代の女子ならではであろう、【運命】を理由にした事で、スッと冷静になったのだろう。

 ウィローにとって、それは望ましい態度だった。

 くつくつと笑いながら、「貴方なら、そう仰るかと思っておりました」と言い置いてから続けた。

 

「ええ。私も書面上と、それから貴方の担当ウマ娘だった方々からの話、そしてそのインタビュー記事からしか存じません。

・・・ですが、私にとっては、それで充分な判断材料でしたの」

「・・・」

「だって私はーー勝たなくても、走れなくても良い。ただただ、怪我がなければ、身体に傷さえつけなければ良い。そんなウマ娘ですもの」

「勝たなくても、ましてや、走れなくても良い・・・のに、怪我だけはしない、ですか」

 

 白河はウィローの言葉に顔を顰めた。

 あまりの言い草だったこともあろうが、それよりも彼の担当ウマ娘全員が、重賞勝利バかつ無事是名バを体現しているがG1バはいない。故に、【燻し銀】と称される自身の担当成績を思い返しているのだろう事が、ウィローには容易に想像できた。

 

「別に、勝てなくても良い、と言うのは勝つ気が更々無い、とは別ですの。

それにゆくゆくは私、G1バになりますもの」

「すごい、自身ですね」

「当たり前です。私はそれだけ強く、潜在能力はあると自負しておりますの。

これが、今の私のデータですわ」

「拝見します。・・・・・・・・・なるほど、確かに素晴らしい。今のこの時期でこのデータ・・・G1バの素質があるのは確かなようです」

 

 ウィローの脚質、ラップタイム、身体能力のあらゆる項目がデータになったものを渡す。

 白河の目がそのデータを滑らかかつ素早く追いかけているが、身長と体重、そしてウィローが歩みたいと考え作成した、出走予定レース表を見てしばらく固まっていた。

 

「いかがですか?」

「あの、明らかに適正外なレース予定も含め、しかも国内外問わず、綿密に組まれているのはなぜですか?」

「私の適正を、有利不利問わず、引き上げて頂くお手伝いをしていただきたい、というこれ以上ないお誘いですわ」

「それがどれだけ難しいことか・・・しかもこのレースを走れ、掲示板に入り続けるだけに持って行くだなんて、そんな」

 

 ーーまるで夢物語。

 そんな言外の言葉すら聞こえた気がした。

 だがウィローは微笑むだけだ。

 

「だって、全てのレースで勝たなくても良いんですもの。新バ戦や未勝利戦以外では、掲示板にさえ入り続ける事ができたら、それで良いのですもの。

怪我なく、G1バになれれば、それだけで。どこかでG1バになれればいいだけですの。どんなにフロックと言われようとも、G1バになりさえ出来ればそれだけで良いんですの。

ーー私の素質で、それができないだなんて有り得ませんもの」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。