金枝の柳 〜〜走れなくてもよかった【狂気の姫君】〜 〜 作:干山 静玖
学園内のカフェや学外のカフェよりは、優秀なトレーナーに与えられた、ミーティングルームで話がしたい、とウィローが言えば、白河トレーナーは快く承諾した。
それだけ真剣な、かつ自身の競争人生全てをかけた話です。それは当然の主張ですね、と白河トレーナーは真摯な姿勢でウィローの話を肯定した。
ウィローも笑みを深めて頷く。
白河のミーティングルーム、トレーナールームとも言うその部屋に着き、小さな冷蔵庫に冷えている飲み物か、その横の常温のものの中から、どれでも好きなものを取ってください、と白河はウィローへ言った後、資料とメモをとりに席を離れた。
きっとトレーナーの寮が近くにあるが、そこから資料等を持ってくるのだろう。
「さて・・・。どれにいたしましょうか」
ペットボトルと紙パックは8種類あった。
ミネラルウォーター、清涼飲料水、経口補水液、緑茶、紅茶、ノンカフェインティー、コーヒー、果汁100%ジュース。
少し悩み、常温のノンカフェインティーから、ドクダミ茶を選んだ。いつも寮で自家製ドクダミ茶を飲んでいたが、この分だと今日はわざわざ作らなくて良さそうだ、とウィローは笑みを深めた。
ウィローは内臓が弱い。胃腸があまり強くなく、しょっちゅう腹を下していた。
その上、早食いの大食いであるが故に、空腹時の胃酸過多があり常に胃痛があった。そのため、ドクダミ茶を飲んで胃痛を減らし、下痢も減らせるように整腸剤も毎食後に飲んでいた。
ウィローの脚はそれに反して強かった。
関節は柔らかく、筋肉もしなやかで強いが、脚を支える筋肉がつきにくいがゆえに、筋肉をつける前に脚を消耗しすぎて壊す可能性も考えて、トレーニング方法を組まねばならない。
そんな事を考えていれば、部屋のドアをノックする音と、入ります、と白河トレーナーの声が、部屋の外から聞こえた。
「どうぞ。・・・とはいえ、ここは白河トレーナーの部屋ですが」
「いえいえ、大丈夫です。
では私はコーヒーを飲ませて頂きますね。・・・さて、相談をお聞かせくださいますか?」
テーブルを挟んで椅子に腰掛けた白河トレーナーが、一口コーヒーを飲んでから、ウィローへ微笑みかける。
ウィローもそれに笑顔を深めて頷き返す。
「ーーはい。私(わたくし)の相談ですが・・・。ーー貴方の担当ウマ娘にして頂けませんか?」
「ーーは・・・ッ?!」
ウィローの言葉に絶句して固まる白河へ、ウィローはゆるり、と尾を揺らす。
動揺から、相談を聞き取るためのメモをする予定であった、白河の手にあったペンが机に転がった。
クスクスと声をあげて笑ってから、動揺からペンを拾い、白河へ差し出しながらウィローは告げた。
「実はとある方から、貴方を勧められておりまして。
私(わたくし)自身も貴方のトレーナーとしての姿勢、力量、その他諸々を調べさせて頂きました。
その上で、私のレースへの姿勢、私の素質や力量などを加味して、貴方に私(わたくし)のトレーナーになって頂きたい、と強く思っておりました」
「・・・なる、ほど?」
「たまたま(・・・・)先程お会いした際、まだ担当ウマ娘のスカウト前、これからスカウトへ向かう、と仰られていましたので。
ーーこの出会いは私(わたくし)の運命・・・。
他の方をスカウトされる前に、私の方からお声がけさせて頂く。とその場で決意し、お声がけさせて頂きましたの」
「運命、ですか。貴女は私に逆スカウトをかけてくださいましたが、私は貴女を深くは存じ上げません。貴女も同じく、私の事を書面上でしか知らないのに。・・・貴女の競技人生を、軽く見積もってはいませんか?」
白河はウィローの空気に一瞬飲まれていたが、ウィローの・・・この年代の女子ならではであろう、【運命】を理由にした事で、スッと冷静になったのだろう。
ウィローにとって、それは望ましい態度だった。
くつくつと笑いながら、「貴方なら、そう仰るかと思っておりました」と言い置いてから続けた。
「ええ。私も書面上と、それから貴方の担当ウマ娘だった方々からの話、そしてそのインタビュー記事からしか存じません。
・・・ですが、私にとっては、それで充分な判断材料でしたの」
「・・・」
「だって私はーー勝たなくても、走れなくても良い。ただただ、怪我がなければ、身体に傷さえつけなければ良い。そんなウマ娘ですもの」
「勝たなくても、ましてや、走れなくても良い・・・のに、怪我だけはしない、ですか」
白河はウィローの言葉に顔を顰めた。
あまりの言い草だったこともあろうが、それよりも彼の担当ウマ娘全員が、重賞勝利バかつ無事是名バを体現しているがG1バはいない。故に、【燻し銀】と称される自身の担当成績を思い返しているのだろう事が、ウィローには容易に想像できた。
「別に、勝てなくても良い、と言うのは勝つ気が更々無い、とは別ですの。
それにゆくゆくは私、G1バになりますもの」
「すごい、自身ですね」
「当たり前です。私はそれだけ強く、潜在能力はあると自負しておりますの。
これが、今の私のデータですわ」
「拝見します。・・・・・・・・・なるほど、確かに素晴らしい。今のこの時期でこのデータ・・・G1バの素質があるのは確かなようです」
ウィローの脚質、ラップタイム、身体能力のあらゆる項目がデータになったものを渡す。
白河の目がそのデータを滑らかかつ素早く追いかけているが、身長と体重、そしてウィローが歩みたいと考え作成した、出走予定レース表を見てしばらく固まっていた。
「いかがですか?」
「あの、明らかに適正外なレース予定も含め、しかも国内外問わず、綿密に組まれているのはなぜですか?」
「私の適正を、有利不利問わず、引き上げて頂くお手伝いをしていただきたい、というこれ以上ないお誘いですわ」
「それがどれだけ難しいことか・・・しかもこのレースを走れ、掲示板に入り続けるだけに持って行くだなんて、そんな」
ーーまるで夢物語。
そんな言外の言葉すら聞こえた気がした。
だがウィローは微笑むだけだ。
「だって、全てのレースで勝たなくても良いんですもの。新バ戦や未勝利戦以外では、掲示板にさえ入り続ける事ができたら、それで良いのですもの。
怪我なく、G1バになれれば、それだけで。どこかでG1バになれればいいだけですの。どんなにフロックと言われようとも、G1バになりさえ出来ればそれだけで良いんですの。
ーー私の素質で、それができないだなんて有り得ませんもの」