「いっ……!」
ところが。
子供が上げたのは歓声ではなく、苦痛のうめき声であった。
傍にいたディーンにも当然その声は聞こえた。
同時に、声の原因も把握する。
重たげな瞼が持ち上がり、驚愕に見開かれた。
「あの、司祭様?」
ずっと事の成り行きを見守っていた御者の男が、動かない二人に怪訝そうな声を掛ける。
頬傷男のようにあからさまではないものの、彼も中断している仕事を再開したそうに目線をちらちらと彷徨わせていた。
「わっ」
その声ではた、と我に返ったディーンは、子供を抱えあげる。
子供がバタつかせる手足を押さえ、男に顔を向けた。
「この子はこちらで預かります。貴方は仕事に戻りなさい」
「へぇ、司祭様がそうおっしゃるなら……」
すっくと立ち上がったディーンが、先ほどの優しげな様子とは打って変わって言葉少なに指示する。
急激な変化を不思議に思いながらも、異論はないと男はその場を離れていった。
一方で。
ディーンは子供に対して、なにも言葉を掛けず足早に歩き出す。
固い表情で歩を進めるのは、先ほど出てきたばかりの大聖堂であった。
「は、はなして、はなしてください」
抱えられたままの子供は、なおも抵抗を止めない。
しかし威勢が良いのはもはや言葉のみとなっていた。
バタつかせていた手足はすっかり力をなくし、薔薇色がよく似合うはずの頬は青ざめてしまっている。
「ぼくは、」
それでもディーンが止まろうとしないのを察し、子供はその時初めて、解放の要求とは違う言葉を放った。
「ちかいます、司祭様。ぼくはちかって、神のご意思に背くようなことはしておりません」
指先が白くなるほど握り込んだ両手は、まるで沙汰を待つ罪人のよう。
ぎゅうとつむった表情は、これから待ち受ける己の運命を覚悟しているものだった。
そして、ディーンは初めて歩みを止めた。
そこは大聖堂に入ってしばらく行った場所にある、懺悔室だった。
名前と顔が分からぬよう、壁に仕切られた空間は、逆に言えば何が起きても気づかれにくい場所とも言えた。
子供の顔色が、更に悪くなる。
「ここで、待っていなさい」
長椅子に座らせ、ようやく子供を解放したディーンの第一声は、簡潔なものだった。
懺悔室の扉は開いたままだ。
閉塞感はわずかばかり軽減され、子供は小さく息を吐く。
そして、司祭の様子が急変した原因であろう箇所を見下ろした。
半ズボンを履いた足。
あまり健康的とは言いがたい白い肌は、薄暗い教会では一層目立つ。
繊細なステッチで押さえられた裾からは、ほっそりとした腿、膝、ふくらはぎと靴下で覆われた足首と続く。
問題なのは膝だ。
馬車同士がぶつかったせいでできた擦り傷は、子供自身が転んだだけで、男達のいうように大したものではなかった。
しかし今は違う。
薄皮が剥けた皮膚は赤く爛れ、浸潤液が滲み出している。
なんともなかったその周囲も、腫れて熱を持ち始めていた。
回復術を施すと、稀に治るどころかこういった反応を示す身体の持ち主がいる。
回復術の魔法に対して、拒否反応を示すのだ。
治癒能力を活性化させるはずの魔力を敵と捉えて攻撃してしまうため、こうした炎症や怪我の悪化が起こる。
原因は術者の魔力と相性が良くないか、もしくは身体に魔力がない体質のため。
後者に関しては、隠す者が多く、根深い問題となっている。
魔力がない身体というのは、魔物もそうであるからだ。
魔物や人間の身体の構造について造詣が深くなかったがゆえに起きた迫害であり、過ちである。