いつの間にか日は傾き、斜陽の橙が広場を照らす。
世界が同じ色に染まっていくにも関わらず、ビリーの瞳は青のままだった。
海が、囁く。
「ディーン。貴方の心は、許される」
言葉は無用だと、目を離せぬままディーンは直感的にそう思った。
海に向かって叫んだところで、なにも返ってこないように。
おそらく彼は、全てを受け入れるだろう。
孤児院の子供達に言って聞かせるようにはいかない。
訪れる訪問客へ説教をするようにもいかない。
与えられているのは、こちらだ。
なんだこの状況は、と働かない頭が疑問符を浮かべる。
「今すぐ全てを解放するのは、無理かもしれません」
やがて二人が見つめ合う時間は、ビリーが目を細めて微笑んだことで唐突に終わりを迎えた。
「ですがディーン、まずは少しづつでいい。試してみてください。悪い行いには悪い結末がついてくることを望む貴方の心を、許してあげて」
そうしてビリーは、ベンチから跳ねるように立ち上がった。
本職の方相手に、長々と語ってしまいました。
ごめんなさい、とビリーは頭を下げ、駆け出す。
その先には待機していた従者達がいた。
「また明日、会いましょう! それまでに元気になっててくださいね!」
「あ、ああ、……転ばないように気をつけて」
突然の動きに、ディーンはそう注意することしかできなかった。
いつの間にか固く握りしめていた拳を解き、ビリーの後ろ姿に手を振る。
駆け出す子供。
隣接する乗合馬車の駅。
思い出したのは馬車と接触してしまったビリーと、初めて会った時だ。
ほんの数日前であるというのに、まるで遠い過去のように記憶が朧気に感じる。
そういえばあの時以降、ビリーに怪我を負わせた運転手の顔を見ていないな、とディーンは気づく。
頬に傷のある男だったから、会えば印象に残っているはずなのに。
「まあ、……そういうこともあるか」
毎日つぶさに馬車の運転手を観察しているわけではない。
ディーンは呟くと、その気づきを他の考え事の下に送りこんだ。
少しむくんだ足を動かし、帰路へつく。
また明日。
爽やかな笑顔の少年が、次はどこに行こうとするのかを予想しながら。
しかし翌日、その言葉が本当の意味で果たされることはなかった。
「父様に『連絡の一つくらい入れなさい』とお小言をいただきました」
半泣きのビリーから、予定の変更という連絡を受けたからである。
曰く。
条件付きで両親の付き添いなしの観光に訪れたビリーだったが、その条件には従者を連れて行くことの他に『逐一無事を知らせること』も含まれていたらしい。
「……で、連絡をとっていなかったと」
「夜でいいや、明日お手紙書こう、ってずるずる引き延ばしていたらこんなことに」
「それはご両親も心配するよ」
一応従者から報告は送っていたものの、約束であるビリーからの直接の便りがなかったせいで不安になってしまったらしい。
公になれば迫害されかねない体質の子供である。
なにか行動を起こそうとするのもやむなし、と事情を知るディーンは深く頷いた。
「今日は時間ができたから少しだけ顔を見に来る、と知らせが届いたので、お出迎えをしなくちゃならないんです」
孤児院の子とも遊ぶ約束をしていたのになぁ、と唇を尖らせる様は本当に悔しそうだ。
子供らしい仕草に、ディーンも苦笑を漏らす。
「そういう事情なら、仕方ないよ。子供達には私から言っておくから、お父様達を安心させておあげ」
「はぁい。あ、ディーンさんと傷のことはごまかしときますから!」
教会という、迫害する側の関係者。
大量の従者を幼い息子に付き従わせる財力。
ディーンと両親が関わるとすごく厄介なことになりそうなことを、ビリーはしっかり理解していた。