「理由がなんであれ、ディーン様が元気になってくれて良かった。子供たちも気にかけていたのですよ」
「それは、ご心配をおかけして」
「教会の者も、野菜を届けてくれる農夫の方も。みな、心配しておりました」
様子を確かめるために呼んだのだろうか?
と、部屋に呼ばれた理由を想像すると同時に、ディーンは思っていたよりも大勢に見守られていたことに気づく。
妻の死から、己の視野も狭くなっていたようだ。
反省がお茶の温かさと共に喉を滑り降りていく。
「私も」
「え?」
「私も、ずっと心配しておりました」
音が止む。
顔を上げると、修道女の顔が真正面にあった。
「それは、ありがとうございます」
予想外の近さに内心驚きつつ、ディーンはこういった時に一般的であろうお礼の言葉を口にした。
しかしそれは相当な喜びを修道女に与えたようだ。
ヘーゼルブラウンの瞳が、弧の形に歪む。
「そうでしょ、そうでしょう! やはりディーン様は私のことをよく見ていてくださる!」
「ん?」
「あの時もそうでしたわ、貴方は『掃除の仕方が丁寧ですね』と。誰にも褒められたことがなかったのに」
話の進み方に違和を感じ、ディーンの浮かべていた笑みが引きつる。
「そんなにも想っていてくださるのに、貴方は別の方と一緒になってしまった。なんて気の多い方なのでしょう」
「あの、」
いよいよ異様になってきた修道女の台詞に、ディーンはひとまず落ち着かせるべきかと手に持っていたカップを避難させようとした。
しかし、ない。
温かだったそれは、いつのまにか彼女の手によって机の方へと抜きとられていた。
「なんの話をしているのですか」
「私と貴方のことですわ。誠実な貴方は不貞を許さないでしょう。現に、こんなにもアプローチしていたのに手も触れてくださらなかった。罪な御方」
この修道女とディーンは、確かに孤児院の業務を共にしていたという接点はある。
だが、それだけだ。
私的な雑談をしたことすらない。
「でも、もういいですよね?」
じわじわと近づいてくるヘーゼルブラウンが、湿り気を帯びる。
「もう貴方は一人なのだから、私が好きにしていいですよね?」
支離滅裂な言動とはこういうことか、とディーンの背中に怖気が走った。
「もうしわけないが、あなたがなにを言っているのか、……?!」
相手が女性であるがゆえに力任せの解決をためらっていたディーンだったが、我慢するべきではなかったと、後悔に顔をしかめる。
体が動かない。
手足の末端が痺れて、少しの力も入らなかった。
「さっきの、おちゃ、」
「奥ゆかしい貴方。きっと私がいつものようにアプローチしても、応えてくれないのはわかっておりました。だから、これは仕方のないことなのです。私にこうさせた貴方が悪いのですよ?」
ディーンの顔から、血の気が引いていく。
修道着の襟に手をかけられ、本当に洒落にならない、と抵抗するも身を捩る程度しかできない。
「さ、自分を解き放ってくださいませ。悪いようにはいたしませんから……」
鎖骨の下を軽く押され、ベッドに腰掛けていた体は簡単に倒れ込む。
シーツに沈むディーンは、海に投げ込まれた妻を思い出していた。
暗転。