大聖堂のとある廊下。
同じような装飾の扉の一つが、やや乱暴に開けられた。
飛び出したのは一人の修道女。
ベールも被らず、瞳と同色の髪を振り乱したまま早足で駆けていく様は、淑女としてやや相応しくない振る舞いであった。
去り際に散った涙が廊下に落ちる頃、開け放たれた扉の奥では。
「う……ぐ、ぅ」
うめき声を上げ、ベッドに伏すディーンの姿があった。
ボタンがいくつか外れ、着乱れたその格好は、到底人に見せられるようなものではない。
なんとか整えたいものの、力を込める度に痺れでぶるぶると震える腕に、ディーンは苦戦していた。
決定的なことにはならず良かった、と言うべきか。
そもそもこのような事態に見舞われたことを嘆くべきか。
「く、そ」
珍しく直接的な悪態をつくディーンだったが、致し方ないとも言えた。
なにせ身体が思うように動かない。
まだボタンを摘むまでに至っていない指先は、大きく震えては枕やシーツに引っかかった。
びり。
怒りに任せ、強く力を込めた指が、枕のほつれを解いてしまう。
生地の裂けた穴は大きくなり、
ぽとり。
なにかを落とした。
「は、」
虫か何かかと、動揺したディーンの視界がブレた。
落ち着きを取り戻し、時間をかけて焦点のあったそれが見えてくる。
「……は?」
腑抜けた一音が溢れる。
落ち着きは一瞬で消え去り、代わりに再びの動揺がディーンを襲った。
ディーンはそれを知っている。
朝の祈り、握り込んだペンダントトップと同じ色の鎖。
一部だけ種類の違う鎖が継がれているのは、彼女が修復したからだ。
『落としてなくさなくてよかった』
『本当にいいのかい、鎖を買いなおさなくて』
『いいのよ、継ぎ足せばまだ使えるわ』
そう言って笑う彼女の首には、二人の写真をはめたペンダントが光っていた。
彼女は首がごちゃごちゃするのを嫌って、エリス教シンボルの用具をいつも手に持っていた。
常に首から下げていたのは、ペンダントの方だ。
だから、この鎖がここにあるわけがない。
彼女がここを訪れていない限りは。
「はあ?」
落ち窪んだ目から、光が消える。
「あの子ですか? ハーライルへの慰問の手伝いに行くと、先程この町を出立しましたよ。急に決まったのか、相当慌てた様子で……」
孤児院の院長から、話を聞く。
ディーンは、頭が受け取る情報を制限しているのを自覚していた。
なにせあれからどう移動し、院長にどんな質問をしたのか記憶がない。
視野が狭い。
真っ黒な壁に押しつぶされそうな感覚は、これまで感じていた喪失感によるものとは全く違う。
「あの、ディーン? 大丈夫ですか?」
老婦人の気遣わしげな声に、自分が返答できたかどうかもわからなかった。