ハーライルは、のどかな農村だ。
麦を主な農産物とし、各町へと出荷している。
唯一悪いところがあるとするならば、魔国にほど近い、という点に尽きる。
魔国との戦争時は当然戦火に包まれた上、停戦中の今でも出荷の麦を積んだ荷馬車が魔族、人間問わず野盗に襲われる。
ハーライルを含め、魔国との境界にある地域にはいくつかの監視塔が建てられ、冒険者や兵士による巡回が行われている。
小競り合いの絶えない村であるがゆえに、グロウベルからも回復術を使用できる司祭や修道女の派遣が不定期で発生していた。
ディーンが妻が死んで以来、派遣協力を断ってきた任務の一つだ。
そんな彼が、荷を降ろしハーライルへ帰る馬車に同行し、恐ろしい勢いでやってきたのは、さぞや目立っただろう。
恐ろしかったのは勢いだけではない。
その表情を全て削ぎ落としたような顔。
眉間のシワも食いしばった唇の引きつりもないというのに、彼の纏う雰囲気は得体のしれないものを秘めていた。
司祭というよりもこれから死地に向かうであろう冒険者に似ていた彼を咎める者がいなかったのは、ひとえにディーンの探す相手が一人で居たからに相違なかった。
ディーンの身体の動きを封じ、妻の遺品が隠された部屋に押し込めた修道女。
逃亡のために急遽ねじこんだ予定変更だったのだろう。
忙しなく駆ける他の者達と違い、その修道女だけは路の端でぽつりと所在なさげにしていた。
だからこそ。
自分がされたように、人気のない路地裏へと引きずり込むのは容易だったのだ。
「う、あっ」
壁に押しつけたことで、修道女の喉からうめき声が放たれる。
手加減のない男の腕力によるものだ。
歪んだヘーゼルブラウンの瞳は苦痛を浮かべていた。
「あの部屋はなんだ」
だが、今のディーンにそんなことは関係ない。
知りたかった。
彼女に一体何があったのか。
「仮眠室は別にある。懺悔をする場所でもない、長い間教会に通っていてあんな部屋は見た覚えもない。あの部屋は何に使われていた?」
「……か、はっ」
立ち並ぶ石壁の隙間から射し込む光は、覆いかぶさるように詰め寄るディーンにのみ降り注ぐ。
後頭部に熱がたまり、ただただ不快だった。
やがてなかなか言葉を発さない修道女の唇から涎が垂れていることに気づき、ディーンはようやく力を込めていた拳を開く。
「答えろ」
「ひゅ、けほ、あ、あそこは、紹介してもらったのです。自分の許可がなければ入れない、神の目も届かぬあそこなら己の心の内を解放しても許される、と」
咳き込みながらも急いで告げた修道女の答えに、新たな怒りがディーンの中で煮えくり返る。
女神エリスを侮辱するにも程がある。
よりにもよって大聖堂の中で、なんという冒涜的な行為を。
握り拳に血管が浮かび上がり、修道着の襟がみちみちと音を立てて裂け始めた。
修道女が、引きつった悲鳴を上げる。
「許可とは、誰の? 誰に紹介してもらったのだ」
「は、」
一瞬、ヘーゼルブラウンの瞳は揺れた。
しかし、ディーンと目を合わせた瞬間、躊躇いもすぐに霧散する。
答えを呟くのは、早かった。
「フェリックス司教、です」
その名前は、少なからずディーンの動揺を招いた。
知らない間柄ではない。
少しお節介なところもあったが、そのおかげで老若男女問わず慕われている。
妻とも合わせて世話になった方だった。