萎縮してしまうような厳しい叱咤ではない。
身体の一部を掴まれ、物理的に止められたわけではない。
ただ、その言葉には力があった。
現にディーンは、それにより立ち止まり、続きを聞こうと待機している。
「貴方が殺してはいけない。人が人を殺せば、それは罪です」
「ならば奴が彼女を殺したのも罪だ」
「あの修道女を殺して、それからどうするのですか。次は部屋を紹介したフェリックス司教とやらを殺しますか?」
「必要ならば、いくらでも」
「いけません」
ビリーは静かに首を振る。
荒くなっていく語気も、ディーンの激情も、少年の心を波立たせるには足りないようだった。
「貴方の中に道ができてしまう。『人を殺すこと』が選択肢となれば、戻れなくなる」
「ならばどうしろと言うのだ。奴らの罪は償われないまま、日々を無為に過ごせというのか!」
人と人とで会話を重ねているというのに、ビリーを揺さぶることすらできなかった。
まるで海を人の手でかき混ぜているような、途方もなさ。
慣れない怒りと憎しみを抱き続けたディーンの心に、やがて疲弊が見えてくる。
このまま力尽きて終わり、かに見えた。
否。
「神は全てを見ておられる」
細い指が、左右で絡められていく。
組んだ手は祈りのもの。
「己の行いからは逃げられない。罪は必ず返ってくるのです」
海が、笑った。
間を開けずに響き渡ったのは、轟音と、悲鳴だ。
魔物の襲撃があった。
普段であれば農作物狙いの野盗が夜道で襲ってくる程度だったというのに、今回は真昼間からの堂々とした強襲である。
本来であれば、停戦状態の国への襲撃は深刻な外交問題となる。
どのような対処をとるにせよ、ハーライルを領地に含むイェルズリー辺境伯が関わるのは間違いなかった。
一方で、魔物の対処を現地にて行った冒険者や兵士達は、警戒を高めている最中だ。
予想していなかった規模とタイミングでの襲撃が、今後また発生しないとも限らない。
なにより、向かってきた魔物の様子が妙だった。
戦闘に入る時点で興奮しきっており、混乱状態に近かったという。
その異様な様子は、原因の究明も含めてしばらく世間を騒がせるだろう。
とはいえ。
今回のハーライル襲撃は、幕を閉じた。
いくつかの犠牲を出して。
いち早く襲撃に気付けた一因でもある監視塔の下、犠牲者の遺体は横たえられていた。
石畳に直接触れさせるのは忍びない、との声も上がったが、壁はひび割れ、畑は燃えて家も半壊して、と目も当てられぬ有様である。
慰問に居合わせた教会の者達が、持ち込んだ資源と回復術を大盤振る舞いしている現状、死者に振る舞えるほどの余裕はなかった。
それだけ今回の襲撃は、予想できず、大きな損害を出していた。
死人の数がこれだけであることが、奇跡であるほどに。
「決して失われてはならない命でした」
辺境伯、つまりビリーの父と思しき男が、そんな犠牲者達の前で祈りを捧げていた。
せめてと被せられた藁のマットの下には凄惨な状態が広がっているが、それを感じさせることもなく男は跪き、顔を近づけている。
「ハーライルのため、戦ってくださった方々がいた。わざわざ奉仕のためハーライルを訪れてくださった方々もいた。人のために行動を起こせる、素晴らしい方達でした」
祈りを終えると、男は立ち上がり、傍に控えていた部下に何事かを告げる。
「この度のこと、有耶無耶にはいたしません。私は必ずこの尊き命を奪った者達、そしてそれを唆したであろう者に対して厳正な処罰を求める」
決意のこもった言葉を残し、男は去っていった。
辺境伯にはやらねばならないことが山程待っている。
悲しんでばかりもいられない、ということなのだろう。