男が去った後、そこにはディーンがいた。
知人を失い嘆く者、祈りを捧げる者、生者の救助が優先と横を通り過ぎる者、様々な者が行き交う中に紛れていた。
「ディーン」
声を掛ける者がいた。
横に立つビリーだ。
「痛いです、ディーン。力を緩めてください」
ビリーの右手は、ディーンが握っていた。
幼子を魔物の襲撃から避難させるため、ずっと握りしめていた。
声を掛けても力は弱まらず、どころか絶対に離さないとばかりに強まったので、ビリーはため息一つでその話題を終わらせた。
「死んでしまいましたね」
ディーンの視線は、ビリーとは別のところへ注がれている。
上に被せられたのは藁のマット、厚意で譲られた古布、どれもが血の色が滲み、黒ずみ始めていた。
それらと同じように。
血の色に紛れてしまったヘーゼルブラウンが、はみ出て石畳に落ちていた。
「喜んではいけませんよ、ディーン」
すぐに喧騒にかき消されるほどの囁き声。
ぴくり、と握り込む手が震えた。
「人の死は悲しむべきことです。今ここで露わにすれば、貴方は正気を疑われるでしょう」
走り回り、汗と土埃にまみれた髪の毛はぐしゃぐしゃに乱れている。
それが落とす影はディーンの目元を覆い、表情を読み取れなくしていた。
ただ分かるのは、口元にとても強く力が込められていることだけ。
「司祭様! 回復術を使える者の人手が足りておらず、手伝っていただけませんか!」
そんな彼に、遠くから声が掛かる。
助けを求める人の声に、ディーンは顔を上げた。
手の力が緩む。
その瞬間だった。
「でも、僕は許します」
先ほどと変わらぬ囁き声。
ハーライルという町、魔物の襲撃があった被害地で、もっとも強くディーンに届いた音だった。
ディーンが大聖堂を訪れたのは、それから数週間後のことだ。
ハーライルでの救護活動が一段落し、もはや懐かしくなってしまった自宅へと帰ってすぐの呼び出しである。
無視して泥のように眠ってしまいたかったが、召集状の内容を見るやそうもいかなくなってしまった。
部屋を見渡し、ディーンは集まった顔に目を見張った。
大聖堂の中でも一等広いこの部屋は、教会の内々で話し合いたいことを議論する場だ。
例えば、やんごとない立場におわす方への審問、だとか。
すり鉢状の空間、その周りに段の形で設えられた座席には人もおらず、天井に描かれた女神エリスだけが事態を見守っている。
中央に鎮座するのは教皇、枢機卿といった錚々たる面々。
ディーンの他にも呼ばれたらしき関係者が一様に胃の痛そうな表情を浮かべる中、一際目立つ人物がいた。
ビリーだ。
平時と変わらぬ表情は、幼さゆえに状況がわからないからかと思えたが、名を呼ばれ滔々と説明を紡ぐ様はなかなかどうして様になっていた。
そして、辺境伯代理として語られたその言葉に、ディーンは息を呑むことになる。
名を呼ばれる。
視線の集中する中、ディーンは証言台へと立った。
「汝は、フェリックス司教についてどのような情報を有しているか?」
問われた内容は、現在審問に掛けられている渦中の人物についてだ。