うきうき魔王のパーティバイキング   作:mrr

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2.僧侶は祈りを-19

『わたし、海が好きよ』

 

彼女がそう言った時、自分がどう返したかは覚えていない。

 

『綺麗な青がどこまでも広がっていて、どんな自分でも包みこんでくれそうで』

 

朧気な記憶が残すのは、潮風に揺れる彼女の髪と、穏やかな微笑み。

波止場に寄せる波の音。

 

『なんて、私が勝手に思っているだけで、海の方は迷惑かもしれないけれど』

 

時折変わったことを言う女性だった。

海に感情などあるわけないだろう、と言うのは簡単だったけれど、ディーンはそれよりも彼女の笑顔を見つめることを優先した。

 

『まるであなたみたいだな、って思うの』

 

この町に住もう、と決めたのはそれがきっかけだったのを一番強く覚えている。

我ながら安直な男だった。

 

 

 

結論から言うと、フェリックス司教と思われる存在は亡くなったが、裁かれることはなかった。

彼を魔物を手引きした極悪人だと非難する者、それに反対し擁護する者、魔物が化けた姿だと主張する者、意見が割れてしまったからだ。

本来なら真っ先に証言させるべき本人が、重度の火傷により口も聞けない状態であったのが場の混乱に拍車をかけた。

 

そうして結論が出ない内、フェリックス司教と思われる存在は治療の甲斐なく死んでしまったのだ。

 

本日は、そんなフェリックス司教の葬式だった。

葬儀についても議論が発生し、当然のように紛糾した。

これまでの功績から手厚く弔ってほしいという意見は町民を中心に多く挙がったが、なにしろ魔物かもしれない遺体である。

聖堂の墓地に人間と共にするのか、という反対意見も当然上がった。

 

有識者に遺体を調べて判定してもらえば、

フェリックス司教のご遺体に刃を入れるのか!

いっそ燃やしてしまったほうが、

などなど。

生前と全く変わらぬ紛糾っぷりに、教会関係者は軒並み頭を抱えた。

 

結局遺体は有識者の元に送られ、現在は結果を待っているところである。

本日の葬式は、飾られた司教の絵を中心とした祭壇に向けて行われる。

 

葬儀に参加した町民達の浮かべる顔も、訝しむものが多い。

自分達が花を手向けているのは本当に司教なのか、疑心を拭いきれないのだろう。

 

黒い服の流れから抜け出すようにして、ディーンは聖堂の中を足早に歩いていく。

 

「ディーン」

 

部屋を出て、廊下を歩き、しばらく行って誰もいなくなったところで、声がかけられる。

ビリーがいた。

審問で顔を見て以来の再会だった。

 

「探しましたよ、ここにいたんですね」

 

最初に出会った頃と変わらない幼い子供だったが、審問にて堂々と話す姿を見ては、その感想を声に出すなど憚られた。

喪服を身に着けたビリーは、周辺を見回し嬉しそうに声を弾ませる。

 

「ここ、ディーンがぼくを治療してくれたところですね。もうなんだか懐かしいや」

 

女神エリスを象ったステンドグラス、わざと狭く作られた懺悔室の扉。

 

「あの頃から、ディーンは優しかったですね」

「優しいものか」

 

ビリーは視線を下げる。

そこには子供よりも小さく縮こまったディーンの姿があった。

しゃがみこみ、両手を強く握りしめる様はまるで神に祈るようだ。

 

海の瞳を持つ子供は、一歩歩いてディーンへと近寄る。

口を開こうとしたその前に、血を吐くように苦しそうな声が丸まった背から漏れた。

 

「同じ体質のきみの前で、あんな残酷な仕打ちを見せてしまった……!」

 

大きな瞳が、更に丸く見開かれる。

 

あの審問は、教会が回復術を受け付けない体質の者に対して迫害すると宣言したも同じだ。

聖堂に連れ込まれたことにあんなに怯えていた子供に見せるべきものじゃなかった、と、顔を覆い尚も言い募るディーンの言葉を、ビリーはしばらく聞いていた。

呆気に取られた表情は、ほころんだ微笑みへと変わる。

 

「やっぱり優しいですよ、ディーンは」

 

誰もいない懺悔室の前で、嗚咽と後悔の言葉が止まった。

湿った手のひらを外すと、ディーンは顔を上げる。

落ち窪んだ目に、海の色の光が反射していた。

 

「悪いことをした人間には罰が下される、そのことを望んでもいい。きみはそう言ったな、ビリー」

「はい」

「では私は、私に罰が下ることを望もう。根拠もない復讐心に囚われ、私情のこもった行動を良しとした人間に、相応の結末を迎えることを」

 

宙に浮いた手を、そっと握る者がいる。

小さな手は両方使ってもディーンのそれを覆い隠すことはできなかったが、血の通った体温は安堵をもたらした。

まるで、包み込まれているようだった。

 

「これからどうするのですか、ディーン」

「変わらないだろう。女神エリスへ祈りを捧げ、善き人々が善きままであれるよう奉仕を行う」

「女神を信仰するのは変わらないのですね」

「だが、そこに私の贖罪が含まれることを知るのは、貴方だけだ、ビリー」

 

跪くディーンが、改めてビリーの手を取る。

ステンドグラスから射し込む光は様々な色に染まり、ぐちゃぐちゃに混ざって二人へ降り注いでいた。

 

「どうか、私の身勝手を許してほしい。貴方が知らなくても良いことを勝手に懺悔する大人を。これから重ねるであろう私の罪を」

 

海が、微笑む。

答えた声は、喧騒の中、遺体を見つめるディーンに囁いた時と同じ声色をしていた。

 

「はい、許します。そして貴方の背負った罪が行く末を見守りましょう、ディーン」

 

交わす言葉は止み、静寂が戻ってくる。

こうして、二人しか知らない誓いは交わされたのだ。

 

 

 

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