ディーンの朝は、鶏が鳴くよりも早く訪れる。
朝日も差さぬ薄暗い空間で手早く支度を整え、早朝の祈りを捧げる。
女神エリスを象徴する真円と三本線のシンボルに、決められた個数のビーズを連ねた飾り。
手の中にペンダントは、もうない。
教会に併設された孤児院で子供達に挨拶を交わし、いくつかの教えを説いた後で向かった先は大聖堂。
ディーンはそこで、最近始めた新たな仕事に手をつける。
「司祭様、こちらです」
「魔物が魔力を含んだ毒を持っていたらしく、病院では対処しきれないと」
案内された部屋では、荒い息を吐く男が簡易的なベッドに寝かされていた。
はだけた上半身は紫に侵されつつあり、万全の体調でないことが見て分かる。
「司祭様、仲間は治りますか」
傍らに控えていた若者達が、おそるおそる問いかける。
ベッドに横たわる男を含めた彼らは、冒険者だ。
病院の手が回らない時、もしくは病院ではなく回復術での治療が有効と判断された者が、こうしてディーン達の元へやってくるようになった。
「なんで病院じゃなくて教会なの? それに、大がかりな施設もいらないんなら現地に来てくれてもいいんじゃ」
「やめな。司祭様は魔物の被害にトラウマを抱えてらっしゃるらしい、滅多なことを言うんじゃないよ」
ひそりひそりと交わされる密談を聞かなかったことにして、ディーンは神妙な顔で最初の質問に頷いてみせる。
「全力を尽くしますが、最悪の事態も考えられます。どうかお覚悟を」
その言葉に。
仲間達は、どこかほっとしたような顔をした。
治療を行うから、という名目で冒険者達を追い出し、部屋の中にはディーンと毒に侵された男だけとなる。
「おい、……さっさと治せよ、回復だけがお前らの取り柄だろうが……」
「回復術には術士の技術と同時に、本人の体力や資質が重要となる。君が助かるのは君次第だろう」
「はあ?! なんだよそれ、ふざけんじゃねぇぞ!! う、ぐ」
苦しそうに喘鳴を漏らす男へ、ディーンは声を掛ける。
「君のことは知っているよ。冒険者にも関わらず、些細な諍いを起こしては一般市民に傷害を加えることで有名だね」
「それが今関係、あるってのかよ」
「女性関係で問題を起こし、どういう風に泣かせてきたか自慢げに語ると聞いているよ」
「だからかんけいねぇ、だろ! っごほ」
「あるよ」
ベッドに背を向け、道具の準備を行っていたディーンが、そこで振り向いた。
「悪には罰を。回復術には関係ないが、ここで回復術を施されるのが君で、施すのが私であるなら、大いに関係あるとも」
穏やかな微笑みだった。
海のように、全てを包み込むような安心感。
だというのに、男はなにを感じ取ったのか、口をつぐむ。
苦痛によるものではない冷や汗をにじませる彼へ、ディーンは一歩近寄る。
「さ、始めようか。君がどうなるかは、君次第だ」
潮の香りと風が肌を撫でる感覚。
海は、ディーンの中へ帰ってきた。
《おわり》