「初めまして、ジョセフィーヌ嬢。お初にお目にかかります」
飴色に手入れされた革靴に負けず劣らず、その男が身につけるものは全てが洗練されていた。
皺一つないズボンとシャツ。
ベストには剣を象った金色のバッジ。
嫌味にならない程度の装飾品は、商人としてはまだ経験の浅いジョセフィーヌでも、高価なものだと分かるほどの輝きを放っていた。
「ケイトと言います。イェルズリー辺境伯の使いとして、こちらにやってきました」
なにより、それらを身に着けている男の美貌ときたら。
陶器のような滑らかな肌、神が気合を入れて配置をお決めになったとしか思えない目鼻の造形。
ブラウンの巻き髪が、揺れれば、それだけで見る者の目を楽しませる。
周囲が先ほどとは違った意味で言葉を紡げずにいる中、ジョセフィーヌはようやく状況を説明してくれそうな人物が現れたことに安堵していた。
「あの、私になにか御用が……?」
「はい。ご存知かと思いますが、イェルズリー辺境伯は魔国との境界に位置する領地を統治しておいでです」
ケイトと名乗る男が語ったのは、かの辺境伯が治める土地の現状であった。
魔国と人国の戦争は、現在停戦中だ。
おおっぴらな戦闘こそ許可されていないものの、互いの心証は良いものではない。
その上、停戦であるが故に職にあぶれた者達が野盗となり無辜の領民達を襲うこともあるという。
現在は限定的に辺境伯の雇っている兵士達で治安をなんとか維持している、といったところらしい。
要するに、戦闘とそれに伴う怪我が大幅に増えているのだ。
停戦中であるため、国からの補助も出ない、という少々困った事態となっているのだとか。
「そこで辺境伯は、少しでも質の良い回復薬をお探しなのです。腕の良い薬師や回復薬を扱う商人について尋ねたところ、皆が口を揃えて『ジョセフィーヌは良い腕をしている』というものでして」
「そんな、とんでもない! 私は多少のまじないの心得がある程度です」
唐突に自分へと繋がった話題に、ジョセフィーヌは勢いよく手と首を振る。
発生したつむじ風が天井に吊るされたランプを軽く軋ませた。
「そ、それに、辺境伯様の兵士の方々が使うのであれば量が必要なのでしょう? 私は個人でほそぼそとやっておりますから、ご希望される数を作れるかはお約束いたしかねますわ」
「それならご心配なく、今は僕を含めて方々で回復薬を集めている最中です。貴女だけにご負担を強いることはしませんよ」
ランプが一際大きく軋む。
つい先ほどつむじ風を放った凶悪な手を、まるで絹のレースを傷つけぬように優しく触れる手があった。
ケイトの手だ。
彼は騎士が姫君の手の甲へ口づけを送るかのごとく、ジョセフィーヌの前で跪く。
「貴女と話がしたい。どうか貴重なお時間、頂けないでしょうか」
身長差が開いたことで、ケイトの顔がよりはっきりと視界に写し出された。
雄々しさとは少々かけ離れているものの、男と分かる造形は美術品に近い。
跪いた体勢によって更に磨きのかかったその美しさは、老若男女問わずエントランスにいた人々の目を奪った。
「はわわ」
その渦中にいるジョセフィーヌは、二の句が告げずにいた。
ジョセフィーヌは可憐な乙女である。
幼少期の頃、他の乙女達のように絵本で読んだ王子に憧れたこともあった。
その夢と浪漫が再現されたような状況に突如として陥ったのだ、混乱するのも当然である。
触れられた手が熱い。
これは、夢幻ではなく、現実だ。
ジョセフィーヌの頬が火照ってゆく。