「お、お話するだけなら」
故に、契約事項や裏に潜む条件がなにか。
商人として確認しておかねばならないことを全てすっ飛ばし、目の前の疑似王子の話に頷いてしまったのだった。
「良いお返事をいただけて嬉しいです! では、参りましょうか!」
その言葉を聞いた途端、ケイトは破顔してすっくと立ち上がる。
満面の笑みでギルドの外へと先導するその手は、ジョセフィーヌの手を握ったままだ。
「あっ、商談ならうちの個室をお貸しできますが……!」
「現地で話さねばならないことが色々ありますので! 案内ありがとう!」
突然の展開にぼんやりとしていた受付嬢が我に返り、己の職務を果たそうとするが、ケイトの歩みは止まらない。
力づくで抵抗できそうな当のジョセフィーヌは、繋がれた手にぽわわと頬を染めたっきり、されるがままだ。
そうして誰も止める者がいないまま、二人はあっという間に商人ギルドから姿を消したのだった。
(第一段階はうまくいったぞ)
頬を赤らめ、己の王子然としたふるまいに恥じらう標的を観察しながら、ケイトは気づかれないようにほくそ笑む。
ケイトは、魔物である。
魔王からの命令により人国に潜伏している。
目的は予言に記された魔王を倒すパーティ、その候補と目されている魔法使いを無力化すること。
すなわち、今隣にいるジョセフィーヌだ。
理想としては、質のよい回復薬を作れる上に、魔法使いの腕も優秀なジョセフィーヌを抹殺し、人間側の力を削ぐことが最もよい。
もっとも、今現在彼女は訳あって魔法、特に攻撃魔法の行使を封じているようだが。
遠く離れた村に待機させた暗殺集団、道中に仕掛けた人間の盗賊に見せかけた魔物達。
そしてジョセフィーヌを油断させるために調べ尽くした彼女自身の情報。
異性の好みが王子のような紳士である、ということまで。
下準備は万全だ。
ケイトは上着の下で拳を強く握る。
彼には魔物に求められる、物理的な腕力や攻撃方法がない。
あるのは多少の変身能力と、場の空気を読み、相手がなにを求めているか察するくらいだ。
弱ければ食い物にされる弱肉強食の魔国で、それでも這い上がるために敵地に潜り込み、情報を集めて魔王へ貢献してきた。
裏方でこそこそと情報を漁るドブネズミ、姑息な弱者、どう思われようが構わない。
これからもこうして生き延びていく、とケイトが改めて決意した、その時である。
「ええと、ケイト様……でしたよね?」
ガシャ。
ひょい。
「え?」
目の前で行われた出来事に、一瞬ケイトは応対することができなかった。
商人ギルドを出たジョセフィーヌが、壁に立てかけられた屋台を持ち上げ、肩に担いだのだ。
言葉にしてみればなんてことのない動作だが、問題は持ち上げているものだった。
ベニヤ板を組み合わせたようなちゃちなものではない、きちんとした木材と金属を含んだ屋根付きの立派な代物である。
更に隆々とした肩の反対側には、恐らく屋台に並べられていたであろう薬草やまじないの品が詰め込まれたケースが吊り下がっている。
瓶詰めが主のそれらが予想させる総重量は、恐らく五百キロを軽く超えるだろう。