「ケイト様? あの、どうかなさいましたか?」
呼びかけたにも関わらず、反応のないケイトに、ジョセフィーヌが不安そうに再度呼びかける。
人間って、それも女性って、ひょいって肩に五百キロ超を担げるものだっけ?
当然ながら、ケイトはジョセフィーヌが魔法だけでなく鍛えられた筋肉を持つ人間である、という情報も手に入れている。
というか見て分かる。
こんな大海原みたいな頼もしい肩幅が鍛えられてないわけがない。
しかし、まさかここまでとは思っていなかったのだ。
「いいえ、なんでもありませんよ。女性に重いものを持たせて申し訳ない、と思っただけです」
固まった顔の筋肉をひきつらないよう動かしながら、なんとか返事を返したケイトは、己を褒めてやりたい気持ちでいっぱいだった。
魔王よ。
俺がなにをしたというのです。
ケイトの受難はまだまだ続いた。
商談をするため、更には襲わせるための魔物を待機させている村へおびき寄せるため、ケイトは場所を移したいと望んだ。
それに対し、ジョセフィーヌは屋台を倉庫に置きたいと答えた。
必要のない荷物を手放したいのは当然である。
しかし、問題はその倉庫へ行くまでの道中であった。
「これは」
ケイトは言葉を失う。
ジョセフィーヌに連れられ数分、眼前に広がるのは初めて目にする光景だった。
そこは露天の立ち並ぶ裏通りだ。
多少日当たりが良くないが、一見普通の店に見える。
しかし、問題は売っている店だ。
なにかの爪。
根本についている肉片は平和的な方法ではもらってきたものではないことを証明している。
瓶詰めにされた目玉。
人間のものより随分と大きい。
瞳孔の形が丸でないものが多かった。
奥の壁に吊るされた翼。
皮膜があるもの、羽毛の生えているもの、種類が豊富だ。
ただの飾りと思いたいが、ここまで来るとあれらも本物なのだと気づいてしまう。
「ここは、魔物を売っている場所なのですね」
「はい」
ケイトの問いに、ジョセフィーヌは静かに頷く。
「材料はどうやって調達しているのですか? 魔国と人国は今、停戦中でしょう」
「ええ、ですが、村を襲ったりして危害を加えてくる魔物に関しては害獣扱いとして黙認されていることが多いので、それで。……ご存知ですよね? 魔物と戦うことが多いのでしょう?」
ジョセフィーヌからの指摘に、ケイトはしまったと内心で歯噛みした。
目的達成のためには、当然ながら正体がバレてはいけない。
どうにか誤魔化さなければ、と腰元に差した短剣の柄を握りながらなんとか言葉を紡ぐ。
「もちろん、知っておりますよ。ただ、倒した後は関わらないので実際に目にして驚いたのです」
「そうでしたか」
個人の内情に突っ込むことは無礼だと考えたのか。
ジョセフィーヌがそれ以上質問を重ねることはなかった。
どころか、早く用事を済ませてしまいましょう、と歩き始める。
自分にとって都合のよい展開に胸をなで下ろしながら、ケイトは大地のように広いその背中を追いかけた。
生物の身体の一部を扱っているからか、露天の立ち並ぶ通りは良い匂いとはいえない香りが漂っている。
時折匂い消しのつもりなのか、強めの香水を売っている店もあるが、強烈な臭いが更に重ねがけされていくばかりだ。
ジョセフィーヌが魔物退治は黙認されていると言った通り、あまりおおっぴらに商売のできない品がここで売られているようだった。
後ろ暗い場所には後ろ暗い人間がつきもので、フードで顔を隠していたり、目つきに影を抱えているような者が多い。
しかしそんな彼らも、ジョセフィーヌの姿を見るなりそれまで横柄だった態度を途端に引っ込め、従順に道を開けるようになるのだが。
「……お知り合いですか?」
「いえ、それほどの関係では。ただ以前、喧嘩していらっしゃるところに余計な首を突っ込んで止めたくらいです」
お恥ずかしい、と頬を染めて恥じらうジョセフィーヌに、ケイトは脳裏に成人男性を片手でつまみ上げる彼女の姿を想像した。
おそらくつまみ上げられた方は呆気に取られたに違いない。