「本当なら話し合いができれば一番良いのでしょうけれど……こちらも目一杯抵抗できるだけの力はあるぞ、とお披露目すると大人しくなってくれるんですよ」
抵抗、というより蹂躙の間違いでは。
とっさに出てきそうになった言葉を呑み込み、ケイトは引きつりそうな頬を根性で吊り上げ、微笑んで見せた。
「お優しいですね、直接暴力を振るわずに解決するとは」
「いえ、そんなことは」
これでも長年人間達に紛れて潜入任務をこなしてきた身だ。
自然に見える演技に、背後の盗賊達が初めて尊敬の眼差しを向けるのがわかった。
今そんなところで尊敬は欲しくなかった。
しかしそんな眼差しも、ジョセフィーヌが盗賊達へ目を向け、近づいてきたことであっという間に伏せられる。
走れなくなった子鹿が、肉食獣を目前にした時のようであった。
「このようなことをするのは、事情がお有りなのですよね?」
「は、はい」
「故郷には戻れませんか?」
「戻れます」
「ではおかえりになってくださいませ」
戻れないと言えば、ジョセフィーヌがなんらかの取り計らいをしてくれる可能性はあったかもしれない。
だが、盗賊達はそれよりも枯れてもいない木を素手で圧縮できる存在から一刻も早く離れたかった。
「覚えておいてくださいな」
首振り人形にでもなったかのように、それぞれが高速で首を縦に振る盗賊達へ、ジョセフィーヌはおもむろにひざまずき、顔を近づける。
「貴方方は強ければ奪ってもよいとお考えのようですが、私はそうは考えていない、ということを」
彫りの深い顔立ちから、鋭い眼光が放たれる。
次にそのようなことをすれば、球状になって手の中に転がるのはお前だ、と物語っていた。
魔国は弱肉強食の世界だ。
そして目の前にいる人間は自分達よりも遥かに強い。
「行きなさい」
「はいぃ!」
「申し訳ありませんでした!」
盗賊達が死に物狂いで駆け出したのもやむなしである。
みるみる小さくなっていく背中を目で追いながら、ケイトはそっと口を押さえた。
繰り返すが、魔国は弱肉強食の考えが強い。
つまり、強い者ほど魅力的なのだ。
見せつけられた圧倒的な強さに、ちょっとときめいてしまったなどあってはならない。
跳ねた心臓を恐怖のせいと結論づけ、ケイトはまだひざまずいていたジョセフィーヌを馬車へ再びエスコートするべく、足を踏み出したのだった。
馬車は再び走り出し、席についた二人の間に無言の時間が流れる。
時折ちらちらと向けられる視線に、なにか言いたいことがあるのだろうことは察せられた。
だが、ケイトが助け舟を出す前に、口火を切ったのはジョセフィーヌの方からだった。
「あの、ごめんなさい」
「なにがでしょう?」
「不快な思いをされたでしょう」
何に対してのことか、一瞬本気でわからず、ケイトは目を瞬かせる。
「あの、馬車が襲われた時に」
「はい」
「急に暴力を見せつけてしまって」
そこまで言われ、ジョセフィーヌが木を握りつぶした時のことだとようやくわかった。
暴力を見せつける前に、嬉々としていたように見えたが。
ケイトはやはり分からず、小首を傾げた。
「ですが、こちらも盗賊達も、怪我なく事態を収められたのは間違いなくジョセフィーヌ様が動いてくださったおかげです」
「それは、そうかもしれないですが……」
お互いの心情を探るべく、ぽつぽつと慎重に投げかけられる言葉は、水中で浮かびあがる泡のようだ。
「殿方の前で、女性がやってよい振る舞いではなかったかと……」
泡が一つ、弾ける。
それはジョセフィーヌの心であった。