国境沿いの町の一つ、マドロー。
人国に位置するが、魔国にもほど近いその町は、停戦後の影響により人や物品の交流が活発だ。
大型船舶が通れるほどではないが川もあり、鮮やかな赤の跳ね橋は、それ目当てに見物にくる者もいるほど。
彼らには角が生えている者がいる。
肌が緑の者もいれば、よく見たら爪が鋭い以外は人間と変わらない者もいる。
人間も、魔物も受け入れる町。
それがマドローだ。
多種多様な人が多くいる分、諍いも多いが、表立った大きな争いに発展することはほとんどない。
皆、分かっているのだ。
勇者が魔王を倒し、数十年経った今もなお、この平和は薄氷の上に成り立っている。
だから魔物達はマドローより内側に踏み入ろうとはしないし、大人達はマドローの裏通りには決して入らぬよう、子供に言い聞かせる。
仮に何かあったら──例えば、魔物か人間が忽然と消えたりだとか──通報すれば警備隊は来てはくれるものの、ある程度調べればそこで捜査を打ち切る。
寛容さと無関心によって成り立つ町。
それがマドローだ。
そんなマドローにほど近い農村がある。
ニルフォードという。
農業や牛を主とした畜産で生計を立てている、小さな村だ。
だが、そんななんてことのないような村に入るためには、マドローから申請書の提出や身分証明を行い、役人から許可を貰わなければいけない。
村へ続く道は関所で固められており、マドローに建つ見張り台のいくつかは村へ侵入する不届き者を発見するために稼働している。
なぜそこまでしてニルフォードは堅固に守られているのか。
当然、ただの村ではないからだ。
村に踏み入れば、青臭い独特の臭いが鼻をつく。
ハーブにも似たそれは、嗅ぎ慣れていなければ嫌悪感を抱く者もいるだろう。
村の農地いっぱいに広がるものが原因だ。
青々とした葉が生い茂る。
一見ただの青草に見えるが、茎に走る一本の赤い筋や、葉の形状は、見る者が見ればはっきりと分かる特徴を持っていた。
冒険者が活動するためには必須と言ってもいい、回復薬。
その原料となる、薬草である。
ニルフォードは、薬草の一大生産地なのだ。
そんなニルフォードの広大な農地を前に、ケイトとジョセフィーヌは、半ば呆然とした様子で立ち尽くしていた。
「まさか、行き先が全く一緒だったなんて」
「ええ、本当に……」
途中で別れるとばかり思っていた相手と、最後まで同行することになった気まずさをなんと表現すればよいのか。
ケイトはハンカチで鼻と口を覆い、臭いを和らげる仕草などでこの場を誤魔化していたが、いつまでもそんなことをしているわけにもいかない。
「私は辺境伯からの申し付けでここへの許可証はいただいておりますが、ジョセフィーヌ嬢はどうやってここに?」
ニルフォードは、一見してわかる通り、薬草の一大生産地という国にとって重要な土地だ。
マドローを通した書類のやりとりや、ここへ来るまでの複雑な道順をくぐり抜けなければたどり着くことすら難しい。
国御用達の大商人ならばともかく、ほそぼそとやっている一介の商売人がどうして? という、少々失礼な問いかけに、ジョセフィーヌはやや俯き気味に答えた。
「私、ここが薬草の生産地になる前からここの方と知り合いなのです」
薬草とは、傷や痛みを癒す効果を持つ植物の総称だ。
人間は今でこそ調合の材料などにして活用しているが、それがニルフォードで発見されたのはただの偶然だった。
一説によれば魔国にほど近い土壌があっているとされているが、今でこそ厳重な管理がされているニルフォードは、元々ただ魔国に近いだけの小さな農村だったのだ。
「冒険者であった頃に任務の関係でここを訪れたことがあって、それ以降懇意にさせてもらっています」
答えを聞き、ケイトは納得する。
冒険者の仕事には、襲いかかる魔物や野盗から一般人を守る、というものがある。
国境沿いの村には特にそういった傾向の依頼が多い。