うきうき魔王のパーティバイキング   作:mrr

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1.勇者はかつて-6

光が、視界の端にちらついた。

数歩前方を走っていたアインの手の中にある、剣だ。

教本通りと評価できそうな、無駄のない構え。

剣身から柄に掛けて、真っ直ぐ貫くように、光は直線を描く。

 

そこでチャーリーは、自分の思い違いに気づいた。

光っているのは剣ではない。

アインの身体から放たれる光が、剣を通して漏れ出ているのだ。

 

「まさか」

 

輝けるチャーリー。

彼は、馴染みあるその光の正体に、いち早く気づいた。

 

「今、か? 今発現しようとしているのか、ユニークタイプが!」

 

驚愕に見開いた瞳に、光が映し出される。

同時に、それを使おうとする男の姿も。

 

食いしばろうとする歯はガタガタと震えていた。

本能に無理矢理逆らい、走り出した脚も動揺に。

涙はボロボロと溢れ出し、歪んだ視界でもなお目の前の脅威は消えずにいる。

ドラゴンの細長い瞳孔がこちらを見た。

アインは耐えきれずに嗚咽を漏らす。

 

「あああ」

 

なんて愚かだ、とアインは己を罵った。

チャーリーに窘められた内容は全て事実だ。

学生で外出許可もない、教師から指示を受けているわけでもない。

独断行動は周りをも危険に晒す。

チャーリーが手を伸ばすのは見えていたのだ、大人しくその様を壁の内側から見ていれば良かったというのに!

 

いくら自分の行動を後悔しようとも、身体は動く。

兵士の背中を庇い、更に前へ。

後ろから攻撃されることはこれでなくなったと、安心してほしかった。

 

剣を構えたのは、自らそうしようと決めたわけではない。

勝手に取ったのは、これまで何千回、何万回と重ねた動作の反復だ。

 

正面に構え。

上段からの振り下ろし。

中段の突き、下段からの返し。

その他、足運びと数十に及ぶ型。

ひたすらに繰り返したそれらの中から、今の状況に適切なものをアインの身体が選び出す。

 

下段の構え。

巨大なドラゴンの顎目掛けて、振り上げる。

 

「あああああ!!」

 

気合いの掛け声とも恐怖の悲鳴ともつかぬ声が、喉の奥からせり上がった。

本人がそんな有様であったというのに、毎日の鍛錬によって培った反復動作は寸分の狂いなく、正しい型でもって刃を抜く。

 

輝きはアインの身体を伝い、剣から迸る。

生憎、アイン本人がそれに気づいたのは、全てが終わってからだった。

 

ひときわ大きな閃光が放たれる。

その場にいた全員が一瞬目を瞑ってしまうほどの強さであった。

景色の全てが白み、広がった光が収束した、次の瞬間。

 

轟音。

瞬きの内に現象は発生していた。

 

牙を剥き出しにしたドラゴンの顔が、顎に向かって振り上げられた攻撃の圧によって醜く潰れる。

ドラゴンが魔の頂点と謳われる理由の一つは、その強靭な鱗と分厚い皮膚による防御力の高さだ。

教科書にもドラゴンの倒し方は、防御が薄いと伝わる喉、その逆鱗と呼ばれる部分へ何十回と攻撃を加えること、と書かれている。

それだって入念な準備と信頼のおけるパーティーがいて初めて成立しうるものだ。

おまけに成功率は低い、との但し書き付き。

 

それを、たったの一撃。

当のドラゴンでさえまさかダメージを受けるとは思っていなかっただろう。

上向いた細長い瞳が、信じられないとでも言わんばかりに見開かれていく。

 

現象はまだ終わっていない。

歪んだドラゴンの頭部が、更に歪んでいく。

否。

それがただ強い力によって変形しているだけでないことはすぐに判明した。

 

二つの目が、ゆっくりと上下にずれる。

目だけにあらず。

複雑に伸びた角、黄色のシミに染まった牙、次いであったものが位置を違えていく。

その現象に名前をつけるとするならば、間違いなく人はこう呼ぶ。

両断、と。

やがて落下は早まっていき、とうとうずるりとドラゴンの半身そのものが下に崩れた。

今ようやく自覚したと言わんばかりに、断面から臓物が粘ついた液体と共に溢れ出す。

 

それは魔の頂点たるドラゴンが、人間の手によって倒された瞬間であった。

 

辺りは静まり返っていた。

人間達は身じろぎ一つできず、目を見開いて硬直していた。

その現象を起こした張本人でさえ、今起こったことへの理解が追いつかず、切り口からひっかぶった体液まみれでぽかんと大きく口を開けていた。

そちらの事情など知ったことではないと言わんばかりに、木々だけがざわめいていた。

 

「やったぁ!」

 

人間達の停滞を破ったのは、子供の声だ。

静かな空間に唯一響いた音に抗えず、ほとんどの人間がそちらを向く。

 

そこにいたのは声に違わぬ子供だ。

幼く柔らかい髪には光の光輪ができており、溢れんばかりの喜びを浮かべた表情とあいまって、

まるで天使のようであった。

 

天使は人間たちの視界に輝きを残しながら、軽やかに駆けだす。

保護者らしき大人の制止を置き去りに。

魔法での封印をしそこねた魔法使いの脇をすり抜け。

魔物の体液で汚れきった勇者の身を、ためらいもせずに抱きしめた。

 

「アインさん! アインさん、やりましたね! とうとう努力が実ったんですよ!」

「ああ、え……? なにがだ?」

 

張本人だというのに、未だ状況を理解しきれていないアインが、ようやく構えを解く。

そこでようやく、自分を抱きしめている子供が顔馴染みのビリーであることに気づいたからだ。

 

当事者ではないのに、少しえらそうにしながらビリーが腰に手を当てる。

 

「アインさんは、すごい力で街に侵入しようとしてきていたドラゴンを倒したんです」

「すごい力」

「不思議な光が放たれて、剣を振るった途端にずばーん! と!」

「不思議な光」

「あれはユニークタイプの光ですよ! さしずめ『一定数繰り返した動作を強化する』といったところでしょうか!?」

 

偉業を成し遂げたはずの青年が、子供の言葉を繰り返すという奇妙な光景が広がっていた。

そんな中、周りが喧騒を取り戻し始める。

彼らもようやく、今何が起こっているのか理解したのだ。

 

「さしずめ、って……お前、ユニークタイプ持ってないのに分かるのかよ」

 

ようやく現状を受け入れ、余裕を取り戻したアインが、専門家のように威張っている子供の仕草に笑みをこぼした時。 

 

突然の歓声が上がる。

全員の理解が今及んだと言わんばかりに揃えられた声だった。

 

「ドラゴンが倒されたぞ!」

「街は無事だ!」

「誰も死んでない!」

「倒してくれた!」

「冒険者学校の生徒がやったんだ!」

 

湧き立つ喜びの矛先は、全てアインに向かう。

子供に続けとばかりに、近くにいた者からアインに駆け寄っていった。

泣きながら感謝を告げる者、かかった体液を拭ってやる者、そのどれもがアインを讃えている。

たくさんの視線に取り囲まれるのは結構な圧だろうに、アインは照れくさそうに唇を緩めるだけだった。

なんの意味があるのかと思いつつも評価どおり現状を維持し続け、剣を振るい続けた。

その努力が、ついに実を結んだのだ。

 

アインが称賛を受けていた最中。

輪から外れ、別のことをしている者もいた。

 

「土魔法は予定通り発動してくれ。あのドラゴン以外になにがいるかわからない、穴は塞いでおこう」

「あ、う、うん」

 

仲間の魔法使いに声を掛けたのは、チャーリーだ。

彼はその後も手早く指示を出すと、自らも役目を果たすべく歩き出す。

 

その直前、チャーリーは一度だけ振り返った。

大勢に囲まれ、注目されている若者。

わずかに力を込めた瞼の奥に浮かんだのは、嫉妬か、あるいは危機感か。

瞳の色を表に出すことはなく、一度強く目を瞑る。

それっきり、チャーリーが表情を変えることはなかった。

 

 

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