砕氷のアンカー、あるいは熱病の抱擁   作:エスカド

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13話:隠し事の周波数、あるいは予兆の残響

 ◆◆◇◇◆◆

 1.ドックの攻防

 

 

 スバル・ステーションのドック。

 旧式作業船「シルバーアンカー」のハッチが開くと、レデア・メイスは外出用の軽装でタラップに立った。

 銀髪を整え、行き先をメモした端末をポケットに収める。

 いつもなら、この瞬間に背後から

「お姉ちゃん、どこへ行くの?私も行くよ!むしろ私が道中の有害な視線からお姉ちゃんをガードするよ!」という甘い声が飛んでくるはずだった。

 

「……シュティア。買い物に行きますが、来ますか?」

 言わなくても付いてくるだろうと思いつつ、レデアは振り返って声をかけた。

 

 しかし、船内から顔を出したシュティアの反応は意外なものだった。

「あ、お姉ちゃん。……うーん、私はお姉ちゃんと一緒なら銀河の果てのブラックホールまで付いていく所存なんだけど、今はちょっと、大事な用事があって……」

 シュティアは申し訳なさそうに、けれどどこか落ち着かない様子で視線を泳がせた。

 

「用事?珍しいですね。……もしかして、また何か余計なものを仕掛けています?

 キッチンの上棚の奥に隠してあったレコーダー、見つけましたよ。中身は全部消去しておきましたから」

 

 レデアが淡々と告げると、シュティアは絶望に打ちひしがれたような声を上げた。

 

「ああっ!お姉ちゃんの『無自覚に可愛い料理中鼻歌セレクション・冬のベスト版』データが……!私の安眠導入剤だったのに……!」

 

「……やはり余計なものでしたね。消して正解でした」

 

「で、でも今回はそういう事じゃないから!本当に船のメンテナンスっていうか、あはははは……!」

 

 不自然に笑って誤魔化すシュティアに、レデアはわずかに眉を寄せた。

 

「……分かりました。お留守番、お願いしますね」

 

 レデアはわずかに間を置いてから、タラップを降りた。

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 2.整備士の憧憬と強化談義

 

 

 商業区の一角にある、ジャンクパーツと熱気に満ちた店『ハル・メンテナンス』。レデアが店に入ると、看板娘のサティがポニーテールをぴこぴこと揺らして駆け寄ってきた。

「あ、レデアさん!こんにちは!……あれ?

 今日はシュティアさんはご一緒じゃないんですか?」

 

「こんにちは、サティさん。あの子は今日、お留守番です」

 

「えっ、お留守番……。そうなんですね、残念……」

 

 サティは目に見えて肩を落とした。シュティアに「なでなで」をされて以来、彼女の中ではシュティアに対する憧れの感情が大きく膨らんでいるようだった。

 

「それで、気を取り直して。今日は船体強化の相談に来たんです」

「船体強化ですか!任せてください!」

 

 二人はカウンターに身を乗り出し、ホログラムディスプレイを囲んだ。

 

「前回の採掘依頼で、運良くB級鉱石をかなりの量回収できまして。実入りが良かったので、少し予算を回せるんです。先日のデブリ衝突のような件もありましたから、装甲とセンサーを重点的に……」

 

「なるほど!それなら、この新型の強化合金プレートはどうかな?

 重量は増えるけど、耐衝撃性は抜群ですよ。あと、この高感度広域スキャナーなら、死角からの飛来物も早く見つけられるはずです!」

 

 専門的なパーツ名が飛び交い、二人の談義は熱を帯びていく。レデアはサティの屈託のない善意と確かな知識に触れ、先ほどまでのシュティアへの疑念をしばし忘れて没頭した。

 

 途中

「あの、レデアさん……」

 サティが不意にレデアに問いかけてきた。

 

「……どうしました?」

 サティの声のトーンがさっきまでと違う。

 

「あの、嫌じゃなかったらでいいんだけど、なでなでしてもらえますか?」

 

「……?はい、いいですけど……」

 サティの言葉の意図が分からず、とりあえずレデアはサティの頭に手を当て、撫でる。

 

 サティのポニーテールがレデアの手の動きに合わせてわずかに上下した。

 

 なでなでなで……

 

「もういいでしょうか?」

 

 ちょっと撫でつかれたレデアに声をかけられ、サティはハッとした。

 

「は、はい、だいじょうぶです!ありがとうございました!」

 

 レデアはいつもシュティアに撫でられ続けているが、撫でる経験は殆どなかった。

 何故サティがこんなお願いをしてきたのか分からなかった。

 

 サティがこの理由を答えることは無かった。

 

 帰り際、サティが思い出したように声をかけてきた。

 

「あ、そうだ。レデアさん、来週この近海で『小型船舶レース』があるらしいですよ、どうですか?うちのパーツで是非優勝してる所、見たいなあ」

 

「レース、ですか。ふふ、検討しておきますね」

 

 レデアを見送るサティ。

 

「レデアさんのなでなでも良かったけど、やっぱりシュティアさんに撫でられたいなぁ……」

 

 ◆◆◇◇◆◆

 3.船底の密約とリボンの迷宮

 

 

 その頃、ドックのシルバーアンカー内では、シュティアが普段の「淑女の仮面」を完全に脱ぎ捨て、冷徹なエンジニアの顔で作業に没頭していた。

 

 彼女は船体の一部で作業をしていた。

「……よし、これでいい」

 シュティアは独り言を漏らし、装置のハッチを閉じた。

 

 何らかの意図のある作業を終えた彼女は素早く痕跡を消去した。

 

「ふぅ。さて……大事な仕事が終わったら、次も大事な仕事だよね!」

 

 買い物を終えて船に戻ったレデアが見たのは、ブリッジの床一面を埋め尽くすリボンの海と、その中心で髪を振り乱し、血走った目でリボンの角度をミリ単位で調整している妹の姿だった。

 

「……シュティア。……何をしているんですか、あなたは」

 

「お、お姉ちゃんおかえり! 見て、この324通りのコーディネート案! 12番から18番までは、寝起きのボサボサ髪にも対応可能で――」

 

 レデアは大きくため息をつき、手に持っていた買い物袋をぎゅっと握りしめた。

 

「……呆れました。さっさと片付けなさい。でないと、今日の夕食は抜きですよ」

 

「ええっ!? そんなぁ!」

 

 ステーションの穏やかな日常の裏で、妹の愛と執着は、今日も斜め上の方向へと加速していくのであった。

 

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