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1. 琥珀色の残光と、最新鋭の誘惑
「……到着しましたね。コメットセンター。やはり、独特の『歴史』を感じる佇まいです」
旧式作業船「シルバーアンカー」がドックに固定される振動を感じながら、レデア・メイスは小さく独白した。
コメットセンター。ここは銀河開発の初期から続く古い拠点で、かつて姉妹で交通整理の短期依頼を受けたこともある、馴染み深い場所だ。
剥き出しの配管、幾度も塗り直された形跡のあるくすんだ防錆塗装、そしてどこか懐かしい機械油の匂い。スバル・ステーションの雑多な活気とは異なる、煤けた情緒がそこには漂っていた。
「懐かしいね、お姉ちゃん。あの時のお姉ちゃんも最高に可愛かったよ。あの時の録画データ、今夜の夕食のおかずに再生する?」
「……結構です。今は展示販売会が優先です。行きましょう、シュティア」
レデアは頬を微かに赤らめ、足早にハッチを開けた。
特設会場は、ステーションの古めかしさとは対照的に、最新技術の結晶で溢れかえっていた。空中を舞う色鮮やかなホログラム、各メーカーのコンパニオン・ドロイド、そしてそれらを食い入るように見つめる船乗りたちの熱気。
「……すごいです。これ、最新型の超伝導集束レンズ……。これなら、B級どころかA級の硬質地殻もバターみたいに裂けそうです」
会場に入った瞬間、レデアの瞳に星が灯った。普段の冷静沈着な操舵士の仮面が剥がれ落ち、メカ好きの少女としての素顔が覗く。彼女は展示台から展示台へと吸い寄せられるように移動し、スペック表を熱心に指でなぞり始めた。
「お姉ちゃん、目がキラッキラしてる……! ああ、その好奇心に満ちた眼差しを独占できるなら、この会場のパーツ全部買い占めてあげたい……!」
シュティアは背後で悶絶しながら、姉の勇姿(?)を全方位から記録していた。
シュティアにはこれらのパーツを難なく購入する手段がある、しかしそれは必要のないもの、彼女は今は忠実な護衛(兼カメラマン)に徹していた。
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2. 予算の壁と、黄金の笑い声
「……これも、いいですね。多機能レーザー『ケルベロスIII』。採掘、溶断、さらには精密溶接まで。……でも、高い。高すぎます……」
レデアは、ホログラムに表示された「ゼロ」の数を数えて、深いため息をついた。
前回のレースで優勝賞金を逃した影響は小さくない。性能と予算の天秤が、無情にもレデアの心を揺さぶる。
(……お姉ちゃん、そんなに悲しまないで。でも悲しんでいるお姉ちゃんもかわいい、すりすりして癒してあげたい)
シュティアが内心で不穏なことを考えていると、会場の空気を切り裂くような、高圧的かつ華やかな高笑いが響き渡った。
「オーッホッホッホ! 辺境の採掘屋さんが、そんな小銭を数えて悩んでいるなんて、見ていられませんわね!」
レデアとシュティアが同時に振り返ると、そこには展示品の最新鋭レーザーよりも眩しく輝く、ド派手な金糸のドレスに身を包んだ女性が立っていた。
「カトリーヌさん……」
レデアが律儀に頭を下げると、カトリーヌは扇子を広げるような優雅な動きで、二人を見下ろした。
「ごきげんよう、レデアさん。こんな埃っぽいレトロ・ステーションで再会するなんて、これも何かの縁かしら?」
「なんですかおば……カトリーヌさん。あなた、こういう実用的なパーツには興味ないんじゃなかったんですか?」
シュティアが「おばさん」と言いかけるのを寸前で踏みとどまりながら、不機嫌そうに口を挟んだ。カトリーヌはピクリと眉を動かし、即座に言い返す。
「今、おバカと言いかけましたわね! 失礼な人! わたくしは、わたくしの『ゴールデン・スター号』の装飾をさらに格上げする、特注のコーティング剤を買いに来ただけですわ!」
「……コーティング剤。レースの前に、船体の強度を見直した方が良いのでは?」
レデアの至極真っ当な指摘に、カトリーヌは顔を真っ赤にして扇子(の代わりの多機能端末)を振り回した。
「うるさいですわ! この間のレースは、わたくしのバイオリズムが少し乱れていただけ! 次に戦う時は、その地味な船ごと、わたくしの黄金の輝きで消し飛ばしてあげますわよ!」
「へぇー、言うねぇおばさん。自爆してコースアウトした人がよく言うよ。お姉ちゃんの操舵の足元にも及ばなかったくせに」
「なんですってぇ!? この、レデアさんを見すぎて周囲が見えていない妹が!」
「お姉ちゃん以外に見るものなんてないでしょ!このおばさん!」
公衆の面前で、シュティアとカトリーヌの言い争いがヒートアップしていく。周囲の客たちが「なんだなんだ」と足を止め、物珍しそうに彼女たちを眺め始めた。
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3. 究極の「メッ!」、宇宙の終焉
「……シュティア。カトリーヌさん。いい加減にしてください」
低く、けれど芯の通った声が二人を刺した。
レデアは呆れ果てたという顔で、二人を交互に見つめている。その瞳には、保護者が騒ぐ子供を見るような、深い慈愛と少しの「お仕置き」の色が混じっていた。
「公衆の面前ですよ。みっともない真似はやめてください」
「そ、それは……確かに、淑女として少し声が大きすぎましたわね……」
カトリーヌが毒気を抜かれたように口を噤む。
そして、レデアは隣で鼻息を荒くしているシュティアに向き直った。
「それと、シュティア」
「は、はい! お姉ちゃん、今すぐこのおばさんを異次元に追放する準備を――」
「シュティア……『メッ!』ですよ」
レデアは人差し指を一本立て、シュティアの鼻先に突きつけた。
それは、叱るというよりも、たしなめるような、可愛らしくも絶対的な拒絶。
その瞬間、シュティアの脳内でビッグバンが起きた。
(……え? 今、お姉ちゃんが……私に……『メッ』って……?)
シュティアの思考回路が焼き切れる。
彼女にとって「レデアに叱られる」ことは、かつて想像した中では「宇宙の終わり」や「存在の否定」に等しい絶望イベントのはずだった。
だが、目の前で放たれた『メッ!』は、想像していた地獄の審判よりも、数万倍も、数億倍も「可愛い」という破壊力を秘めていた。
「…………っ、あ、あぁ…………!」
シュティアは膝から崩れ落ちた。
絶望。いや、あまりの尊さと、自分への「お姉ちゃんからの直接的な教育」という事実に、脳内麻薬が限界まで分泌されている。
「ごめんなさい、お姉ちゃん……! 私が、私があの金ピカおばさんに反応しちゃったせいで……! お姉ちゃんに『メッ』って言わせちゃった……! あああああ、ごめんね、ごめんねぇお姉ちゃん! もう二度とお姉ちゃんの手を煩わせないから! だから見捨てないで! 今すぐ足元に跪いて、床を舐めて清めるから……!!」
「……そこまでしろとは言っていません。落ち着きなさい、シュティア。カトリーヌさんも、悪い人じゃないんだからここで意地を張らないで」
レデアは溜息をつき、情けない声を上げる妹の肩を軽く叩いた。
その異様な光景に、一番ドン引きしていたのはカトリーヌだった。
「…………。レデアさん、あなた……この人を操る才能だけは、銀河一かもしれませんわね。……わたくし、なんだか急に疲れましたわ。圧勝宣言は、また別の機会にしますわよ。次は負けませんから!」
カトリーヌは毒気を完全に抜かれ、力なく手を振って人混みの中へと消えていった。
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4. 収穫と、琥珀色の甘いひととき
カトリーヌが去った後、レデアはシュティアを引きずりながら会場の奥へと向かった。そこで、偶然にも型落ちではあるが整備状態の極めて良い「多機能型ハイパワー溶断レーザー」の掘り出し物を見つけ出した。
「……これです。出力安定性、掃射角、どれも理想的です。予算内でもこれなら……!」
レデアは即座に購入を決定した。先ほどまでの呆れ顔が嘘のように、満足げな笑みを浮かべている。
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帰り道。
ステーションのメインストリートを、姉妹は並んで歩いていた。レデアの足取りは、新しい装備を手に入れた喜びでいつもより軽い。
「良い買い物ができました。これで採掘効率も大幅に上がります。A級鉱石も、今までよりずっと楽に採掘できるようになりますよ。シュティア、あなたのアンカー捌きとの連携が楽しみです」
「……うぅ。お姉ちゃん……。あの、もう怒って、ない……?」
シュティアが上目遣いで、恐る恐る尋ねた。まだ先ほどの『メッ!』の衝撃から完全には立ち直れていないらしい。レデアは足を止め、隣に並ぶ大きな妹を見上げた。
「……もう。この子は。いつまで気にしているんですか」
レデアは少し困ったように笑い、シュティアの頭に手を置いて、優しく撫でた。
「怒っていませんよ。あなたが私のために怒ってくれたのは分かっていますから。でも、次はもう少し穏やかにお願いしますね」
「お姉ちゃん……っ!」
シュティアの顔が、パァッと花が開いたように輝いた。
「良かった……! お姉ちゃんに嫌われてなかった! 世界はまだ続いてたんだ!」
感極まったシュティアは、人目も憚らずレデアをぎゅーっと抱きしめた。
「ちょっと、シュティア! 離してください、苦しいです……!」
「やだ! 離さない! お姉ちゃんの充電が必要なの! くんくん……ああ、お姉ちゃんの匂い……。宇宙の埃と機械油と、お姉ちゃん自身の甘い香りが混ざり合って……これこそが銀河の至宝……」
「……変なところを嗅がないでください! 帰りますよ!」
レデアは顔を真っ赤にしながらも、腕の中の妹を無理に突き飛ばすことはしなかった。
レトロなステーションの、錆びた琥珀色の光に包まれながら。
有能すぎる姉妹の、少しだけ歪で、けれど誰よりも熱い日常が、また一つ刻まれていく。
「お姉ちゃん、大好き! 今夜はとっておきのノンアルコールおねえちゃん専用カスタムワインで祝杯ね!」
「……飲みすぎないように。明日からは重労働ですよ」
「はーい!」
二人のシルバーアンカー号は、新たな武器をその翼に宿し、次なる星域へと羽ばたく準備を整えていた。