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1. 夢のコックピット、あるいは銀色の高揚
「……見てください、シュティア。これがマイケルネイビー社の最新型、次世代統合操舵ユニット『MN-X01』です」
スバル・ステーションの特設テストドック。レデア・メイスの声は、いつもより半オクターブほど高く、その瞳は見たこともないほどキラキラと輝いていた。
目の前には、まだ市場に出回っていない最新鋭のコックピットシートが鎮座している。身体のラインに合わせて形状を変化させる可変式ナノ反発素材のバケットシートに、指先のわずかな動きを逃さず伝える感応型ジョイスティック。それは「何でも屋」が普段使う中古の作業船とは次元の違う、技術の結晶だった。
「実績のある個人操舵士への先行モニター依頼……。まさか、私に声がかかるとは思いませんでした」
「当然だよ、お姉ちゃん! マイケルネイビー社の担当者も、銀河で一番精密な腕を持つのが誰か、ようやく理解したってことだね」
シュティアは、モニターには参加せず、姉の付き添いとして後ろに立っていた。
彼女にとって、最新機器の性能など二の次だ。それよりも、新しい「おもちゃ」を前にして、頬を紅潮させているレデアの姿を記録用ドローン並みの精度で脳内に保存することに全力を注いでいた。
「本日はお越しいただきありがとうございます、メイス姉妹。私は担当のハワードです」
紺色のスーツを着た社員が、にこやかに現れた。
「今回のモニターでは、極限状況下での操作性、および長時間の戦闘・操舵による肉体疲労の蓄積度を測定します。レデアさん、準備はよろしいですか?」
「はい。いつでもいけます」
レデアは迷いなくシートに座った。吸い付くようなホールド感に、思わず「……っ」と感嘆の吐息が漏れる。
「シュティア、見てください。このホールド性……。重力加速度の影響を完全に相殺してくれそうです」
「よかったね、お姉ちゃん! そのシート、後で私が買い取ってあげようか? シルバーアンカーに無理やりねじ込めば……」
「予算を考えなさい。今はモニター作業に集中します」
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2. 宿敵との再会、自称・銀河一
シミュレーターが起動し、レデアの意識が仮想空間へと沈んでいく。
広大なアステロイド・ベルト、高密度のガス星雲、そして複雑な軌道を描くスペースジャンクの群れ。レデアは軽やかな手つきで新型ジョイスティックを操り、次々と課題をクリアしていく。
その時、隣のシミュレーターブースから、聞き覚えのある高飛車な声が響いてきた。
「あら、このフィードバック……少し遅延を感じますわね。マイケルネイビー社の技術力も、わたくしの『銀河一モニターレビュアー』の感性にはまだ追いついていないようですわ!」
シュティアの眉間がピクリと跳ねた。
「……また、この人ですか。どこにでも湧いてくるね、あのおばさん」
シュティアの視線の先には、縦ロールを完璧に維持したまま、これまた豪華なシートに座るカトリーヌがいた。
カトリーヌもまた、隣のブースの存在に気づいたようだ。
「あら? あなたはレデアさんにひっついているねっとり妹君さんですわね!」
カトリーヌはシュティアを威嚇しようとしたが、シュティアは鼻で笑って肩をすくめた。
「残念だけど、今回はお姉ちゃんだけの依頼なの。私はただのお姉ちゃんの原動力、心の支え、一番大事な存在。あなたみたいな『自称レビュアー』の相手をする暇はないよ」
余計な装飾のついているシュティアの言葉をレデアは聞き流した。
「……なんですって!? でも、いいわ。レデアさん!」
カトリーヌは操舵席のレデアに指先を向けた。
「以前のレースでは決着がつきませんでしたわね。あれはわたくしの中では無効試合……。今日、この最新鋭の戦場で、どちらが真の操舵技術(ステアリング)を持っているか、白黒つけようじゃありませんの!」
シュティアはレデアの肩に手を置き、耳元で囁いた。
「お姉ちゃん、無視していいよ。あんなの、時間の無駄だし」
しかし、レデアの反応は意外なものだった。
彼女は操縦桿を握る力を強め、モニター越しにカトリーヌを真っ直ぐに見返した。
「……いいでしょう。カトリーヌさん」
「お姉ちゃん!?」
「私も、あの時の結果には納得がいっていませんでした。技術者の情熱が詰まったこの新型機……その真価を引き出すには、競い合う相手が必要です。操舵士として、お受けします。第二ラウンドです」
レデアの瞳に、静かな闘志が宿る。
シュティアは一瞬呆然としたが、即座に拳を握りしめた。
「お姉ちゃんがやる気なら、私も全力でサポートするよ! あのおばさんを宇宙の塵にしてやろうね!」
「シミュレーターなので塵にはなりませんが、負けません……!」
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3. 加速するプライド
「ハワードさん。二人同時に同じシミュレーション環境へ接続してください」
レデアの言葉に、担当社員たちはどよめいた。
「えっ、しかし、これは耐久テストの予定で……」
「構いません、続行させてください。データの精度は私が保証します」
ハワードは、二人の少女から放たれる尋常ではないプレッシャーに押され、喉を鳴らして頷いた。「……了解しました。全システム、対戦モードへ移行!」
仮想空間の星々が加速する。
レデアのシルバー(仮想機)と、カトリーヌの金色の高速艇が、デブリの嵐の中を並走する。
「ほほほ! このシートのレスポンス、わたくしの手足のようですわ!」
「……まだですカトリーヌさん。その軌道では、次の中性子ガスで減速します」
レデアは最小限の動きで、新型ジョイスティックの特性を完全に掌握していた。
指先一つ、視線の動き一つで、巨体な仮想船が針の穴を通るような隙間を抜けていく。
「お姉ちゃん、三時の方向からマイクロ隕石群! そのままバレルロールで抜けて!」
シュティアが外部モニターを見ながら、的確な……というよりは、熱烈な声援を送る。
「素晴らしいよお姉ちゃん! 今の回避、銀河史に残る美しさだった! ああっ、その背中をずっと録画しておきたい……!」
社員たちは、モニターに映し出される異次元のスコアに驚愕していた。
「……信じられない。新型シートの限界負荷テストのはずが、次回分のデータまで入ってくるぞ……!」
一時間、二時間。
集中力が削られる過酷な機動が続く。カトリーヌの動きに焦りが見え始めた。
「なっ……なぜ、なぜ離れないのですの!? わたくしの最新理論に基づいた操舵が、あんな子供に……!」
「カトリーヌさん。私にはあなたにも決して負けない強い『情熱』があります……!それは理屈じゃないんです」
レデアは、新型シートのナノ素材が自分の筋肉の動きを補完する感覚を掴んでいた。
ラストスパート。超重力域を模した難所。
レデアはあえてカトリーヌの背後に回り、スリップストリームを利用して加速。出口の瞬間、カトリーヌが遠心力で膨らんだ内側の、わずかな隙間を駆け抜けた。
「チェック……メイトです」
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4. 勝者の余韻と、現実の不安
シミュレーターのハッチが開く。
ぷしゅ、という排気音と共に、汗を浮かべたレデアが現実世界に戻ってきた。
「……勝者、レデア・メイス。スコア差、〇・三パーセント」
ハワードの声が、静まり返ったドックに響く。
「……くっ、くやしい……! まさか、このわたくしが、コンマ差で負けるなんて!」
カトリーヌはシートを叩いて悔しがったが、すぐに立ち上がり、髪を整えてレデアを睨んだ。
「認めませんわよ! 今回はシートの相性が少しだけあなたに寄っていただけですわ。次は、次は必ず、銀河一の座を奪い返して見せますから!」
そう言い残すと、彼女は嵐のように去っていった。
「……はぁ。やっと静かになったね」
シュティアがタオルを手に、レデアの元へ駆け寄る。
「お疲れ様、お姉ちゃん! もう最高にカッコよかったよ! あの瞬間の指の動き、スローモーションで一生見返せる自信があるよ」
レデアはシートに深く背中を預け、満足そうに一つ息を吐いた。
「……ええ。いいデータが取れました。やはりマイケルネイビー社、素晴らしい完成度です」
だが、ふと周囲を見ると、呆然と立ち尽くす社員たちと、自分の乱れた服装が目に入った。
「……あ」
レデアは急に正気に返った。
「……シュティア。私、仕事そっちのけで、意地になって競い合ってしまいました。……これでは、モニターとしての客観的な評価になっていないのでは……」
「えっ、いいんじゃない? お姉ちゃんが楽しそうだったし。それに、あんな極限状態のデータ、普通じゃ絶対取れないよ。ほら、見て。担当の人たち、感動のあまり固まってるし」
レデアは不安げにハワードを見た。
「あ、あの、ハワードさん……。すみません、少し熱が入りすぎてしまって……」
ハワードは震える手で端末を操作し、レデアの手を両手で握りしめた。
「……素晴らしい! 素晴らしいですよ、レデアさん! 想像以上でした、ほんっとうに素晴らしいフィードバックです!」
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5. 報酬と、招かれざる再会
一週間後。
レデアのメールボックスに、マイケルネイビー社からの通知が届いた。
「……シュティア、見てください。報酬が、予定の二倍振り込まれています。ボーナスだそうです」
「やったね! これでお姉ちゃんの欲しがってたスキャナー、買えるんじゃない?」
レデアは嬉しそうに端末の数字を眺めていたが、続く追伸を読んで、少しだけ複雑な顔になった。
『追伸:今回のデータは非常に有意義でした。次回の耐久テストも、ぜひ「カトリーヌ様」と共に参加していただければ幸いです。お二人のライバル関係が、弊社の技術をさらなる高みへ導くと確信しております』
「……また、カトリーヌさんとセットですか」
レデアは困ったように笑った。けれど、その声には嫌悪感はなく、どこか次の「対決」を心待ちにしているような響きがあった。
「ええーっ、最悪! あのおばさん、いらないでしょ!」
シュティアは、画面に映るカトリーヌの(勝手に送られてきた)宣材写真を見て、顔をしかめた。
「次は私がお姉ちゃんのシートの横に座って、あのおばさんの通信を全部ノイズで埋めてやるんだから……!」
「……シュティア、仕事の邪魔をしてはいけませんよ」
「お姉ちゃんの心の平穏を守るのが、私の最優先業務なの!」
賑やかな姉妹の声が、穏やかに照らされる船内に響く。
レデアは、まだ指先に残る新型操縦桿の感触を思い出しながら、新しく買えるパーツのカタログを、楽しそうに開き始めた。