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1. 予期せぬソロ・ミッション
「……嫌だよ! 絶対に嫌! なんで私とお姉ちゃんが離れ離れにならなきゃいけないの!? これは宇宙の理に反してるよ、お姉ちゃん!」
スバル・ステーションのドック。シルバーアンカーのタラップで、シュティアは絶叫していた。
今回の依頼は、大型輸送船の内部点検と、その周囲を漂う浮遊デブリの同時撤去。
効率を重視するギルド側からの指定は、「一人が船外でデブリを牽引し、もう一人が狭い船内通路に入ってセンサーの微調整を行う」というものだった。
つまり、物理的に二人の距離が遮断される。
「もう、往生際が悪いですよ、シュティア。昨日、依頼内容を確認した時に頷いたのは誰ですか」
レデアは、腰に工具ポーチを巻き、船内作業用のライトを点検しながら淡々と告げた。
「お姉ちゃんが『これが一番効率的ですね』って、あんなにキラキラした目で言うから……!
ついつい格好いいところを見せたくて頷いちゃったけど、冷静に考えたらお姉ちゃんと一時間以上も視線を交わせないなんて、私の精神回路が焼き切れちゃうよ!」
「大げさです。通信は繋がっていますし、距離にすれば数百メートルも離れていません。
ほら、もう時間です。あなたはシルバーアンカーの操舵席へ。私は輸送船のハッチへ向かいます」
「お姉ちゃーん! 待って、せめて行く前に三分間……いや、一分間でいいから抱っこさせて! 補充させて!」
「仕事に遅れます。……行ってきます、シュティア」
レデアは振り返りもせず、シュティアの必死の呼びかけを背中で受け流しながら、真空へと続くエアロックを抜けていった。
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2. 冷静な姉、混乱の妹
輸送船『ルートムート号』の薄暗い通路。レデアは磁気ブーツの音を響かせながら、精密な足取りで配線ダクトを進んでいた。
「……第3セクション、到着しました。センサーの感度調整を開始します」
ヘルメットのスピーカーから、シュティアの声が返ってくる。
『……了解。こちらシルバーアンカー、指定ポイントのデブリ回収を開始するよ……。はぁ、お姉ちゃんの声が、スピーカー越しだと二割くらい平坦に聞こえる。直接脳を震わせる音が足りない……』
「無駄口を叩かない。船の姿勢制御に集中してください。あなたがデブリを引っ張るたびに、こちらに微かな振動が伝わって作業に支障が出ます」
『わかってるよ……。お姉ちゃんが仕事に厳しいのは知ってるけど、今の私にはお姉ちゃんの温もりが何よりも必要なのに……。ああっ、もう十秒も通信が途切れた!
お姉ちゃん、生きてる!? 悪い虫に刺されてない!?』
「……十秒で死にませんし、無人の船内に虫はいません。シュティア、真面目にやってください。モニターの数値が乱れていますよ」
レデアは溜息をつき、指先で繊細にセンサーの感度を弄る。
彼女にとって、一人の作業はそれほど苦ではない。かつて一人で生きていた頃を思えば、通信の向こうに誰かがいるというだけで、十分すぎるほどの安心感がある。
だが、シュティアにとっては、レデアという太陽を失った暗黒の宇宙そのものだった。
作業開始から三十分。
レデアが最後のモジュールを交換しようとした時、突如として船体に大きな衝撃が走った。
「っ……! 何ですか、今の衝撃は!」
『お姉ちゃん!? 大丈夫!?』
通信越しにシュティアの悲鳴のような叫びが響く。
『ごめん、デブリの中に一つ、高密度の残存燃料タンクが混じってたみたい! アンカーで引っ張った拍子に微小な爆発が起きて、輸送船の外壁に破片が……!』
「外壁の損傷を確認します。……第4ハッチ付近に亀裂。内部気圧が低下し始めました。……落ち着きなさい、シュティア。これくらい、想定内です」
レデアの声は、驚くほど冷静だった。彼女は即座に工具ポーチから簡易補修キットを取り出し、漏れ出した空気の音を頼りに亀裂箇所を特定する。
『落ち着けるわけないでしょ! 私がお姉ちゃんを傷つけたかもしれないなんて! 今すぐそっちに行くから、待ってて!』
「ダメです! あなたが船を離れたら、周囲のデブリが輸送船に衝突します!
……いいですね、シュティア。私を信じて、そちらの作業を完遂してください。……これは、お姉ちゃんとしての命令です」
その言葉に、通信の向こうでシュティアの呼吸が止まるのがわかった。
『……っ、…………。了解、しました。お姉ちゃんを信じるよ』
数分後。レデアの的確な応急処置により、気圧の低下は止まった。
シュティアも、とてつもない精度で残りのデブリを一掃し、二人の共同作業(別々の場所での)は、無事に完了した。
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3. 甘やかな「補給」の時間
仕事を終え、二人がシルバーアンカーのリビングで合流した時、シュティアの様子は限界に達していた。
「お、お姉ちゃん……。無事、無事だった……」
幽霊のような足取りで近づいてくるシュティアに、レデアは「お疲れ様でした」と声をかけようとした。
「……きゃっ!?」
次の瞬間、レデアはシュティアの長い腕によって、力任せに抱き寄せられていた。
逃げる隙もない。シュティアはレデアの小さな体を、まるで折れてしまうのではないかと心配になるほどの熱量で抱きしめ、そのままソファに倒れ込んだ。
「シュティア! 近すぎます、苦しいです!」
「ダメ。今は離さない。もう二度と離さない。お姉ちゃん分が、レデア・エネルギーが完全にマイナスなの。今補給しないと、私、明日の朝を迎えられないよ」
シュティアはレデアの銀髪に顔を埋め、深く、深くその匂いを吸い込んだ。
「くん、…………くん。はぁ……これだよ。この、落ち着く香り。私の魂の拠り所……。お姉ちゃん、生きてる。あったかい……」
「……当たり前です。怪我もしていませんと言ったでしょう」
レデアは呆れ顔を浮かべるが、シュティアの疲労困憊ぶりを確認して抵抗をやめた。
シュティアはレデアを腕の中に閉じ込めたまま、大きな手でレデアの頭をよしよし、とゆっくり撫で始めた。
「お姉ちゃん、えらかったね。あんな怖い思いしたのに、一人で頑張ったね。……ごめんね、私がもっと上手くやっていれば、お姉ちゃんに不安な思いをさせずに済んだのに」
「……不安ではありませんでしたよ。あなたが外にいるとわかっていましたから」
レデアが小さく呟くと、シュティアは感極まったようにレデアの頬に自分の頬をすり寄せた。
「あああ、もう! そういうこと言っちゃうお姉ちゃんが大好き!ねぇお姉ちゃん、やっぱりさっきの仕事の依頼主、クレームつけようよ!私たちの仲を引き裂こうとした罪は重いよ」
「物騒なことを言わないでください。……全く、この子は。いつまで経っても甘えん坊ですね」
レデアは「はぁ」と溜息をつきつつも、その口元には柔らかな微笑が浮かんでいた。
自分をここまで必要としてくれる存在。自身の背丈よりも大きな妹からの鬱陶しいほどの熱量。
それが、今のレデアにとってはかけがえのない安らぎであることは、本人も認めざるを得ない事実だった。
「いい? お姉ちゃん。よーく聞いて」
シュティアは撫でる手を止め、レデアの瞳をじっと見つめた。
その瞳には、独占欲と慈愛が混ざり合った光が宿っている。
「お姉ちゃんは、私の腕の中に居なきゃダメなんだよ。外の世界は危険すぎるし、冷たすぎる。お姉ちゃんを守れるのは私だけだし、お姉ちゃんを一番幸せにできるのも私だけなんだから。わかった?」
レデアは、その重すぎる言葉の重圧を感じながらも、ゆっくりと目を閉じた。
「……そうかもしれませんね。あなたの腕の中は、少しばかり、暑苦しいですから」
「えへへ、褒め言葉として受け取っておくよ! じゃあ、補給の続き! 今夜は朝まで、こうしてお姉ちゃんを抱っこしたまま寝るからね!」
「……それは許可していません。シュティア、離してください。……シュティア!」
賑やかな抵抗の声は、琥珀色に照らされた船内に溶けていく。
離れていた時間を埋めるように、二人の影はいつまでも重なったまま、静かな宇宙の夜が更けていった。