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1. 錆びた巨塔と、不協和音
「……聞こえますか、シュティア。この、金属を削るような不規則な共振音」
辺境の通信中継ステーション「オレンジロック」。その名の通り、酸化鉄を多く含む赤茶けた小惑星を削り取って作られたその拠点は、常に寂れた機械の唸り声を上げている。
レデア・メイスは、シルバーアンカーの外部マイクが拾った微細な音波ログを解析し、銀色の眉を寄せた。
「うん、聞こえるよお姉ちゃん。なんだか、金切り音みたい。……でも、大丈夫。お姉ちゃんの耳を汚す不快な音は、私がすぐに突き止めて黙らせてあげるから」
シュティアは操舵席の隣で、レデアの肩に頬を寄せんばかりの距離でモニターを覗き込んでいる。
今回の依頼は、オレンジロックのシンボルである巨大電波塔の異音調査だ。付近の通信にノイズが混じる原因として、管理局から直々の依頼が入っていた。
「……発信源は電波塔の第12パラボラ付近です。シュティア、船外活動の準備を。新調した多機能型溶断レーザーの精密モードを試す良い機会です。……壊さないように、慎重にですよ」
「了解! お姉ちゃんにいいところ見せるからね。……あ、でも、外に出てる間はお姉ちゃんの匂いが嗅げないから、今のうちに三〇秒だけ深呼吸させて」
「……却下です。早く行ってください」
レデアは無表情にシュティアの顔を押し返したが、その耳の端は、これから始まる「未知の調査」への微かな期待で少しだけ動いていた。
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2. 鉄の隙間の「可愛い」訪問者
真空の宇宙空間。オレンジロックの電波塔は、巨大な針のように黒い虚空へ突き刺さっている。
シュティアは牽引アンカーを巧みに使い、自身の体を塔のフレームに固定しながら、音の発信源へと近づいた。
「お姉ちゃん、ポイントに到着。……あ、これ、機械の故障じゃないみたい。何かが、スリットの間に挟まってる」
『……生き物ですか?』
レデアの声に、好奇心が混じる。
「みたいだね。……ちょっと待って、今ライトを当てるよ」
シュティアが作業用ライトの照射角を絞ると、そこには驚くべき光景があった。
錆びついた通信パネルの隙間に、丸っこい、毛玉のような生き物が挟まっていたのだ。
それは宇宙の塵を食べて生きる原生生物「スペーシア・ポム」の亜種だった。体長は三〇センチほど。全身が淡い橙色の長い毛で覆われ、つぶらな瞳をパチパチさせて、挟まった短い足をバタつかせている。
『きゅう……きゅう……』
ヘルメットの振動センサーが、その生き物の悲痛な鳴き声を拾う。
「……っ!」
通信の向こうで、レデアが息を呑む音が聞こえた。
『シュティア、……この子は……!。ふわふわしています。とても、……とても可愛いです』
「えっ、お姉ちゃん? そんなに? いや、まあ、確かにそこらへんの岩よりはマシな見た目だけど……。お姉ちゃん、声が弾んでるよ? 私を褒める時より一オクターブくらい高いよ?」
シュティアの声に、隠しきれない焦燥と嫉妬が混じり始める。
『いいから、早く保護してください! 溶断レーザーを使って、そのパネルを……いえ、絶対にその子を傷つけないように、ミリ単位の精度で切り広げるのです!』
「わ、わかったよ! お姉ちゃんがそう言うなら、救い出して見せるよ!」
シュティアは心中穏やかではなかったが、レデアの期待に応えるべくその腕前を存分に振るいレーザーを操った。
青白い閃光が、生き物を一ミリもかすめることなく鉄板を焼き切る。
自由になった「毛玉」は、シュティアの手のひらにポフッ、と飛び乗ってきた。
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3. 完璧な誘導、あるいは最大のライバル
「……保護完了。これからエアロックへ向かうよ、お姉ちゃん」
『急いでください。保温用のシートを用意しておきます』
シルバーアンカーのリビング。
保温シートに包まれた橙色の毛玉は、レデアの指先から与えられた高栄養ゼリーを「もきゅ、もきゅ」と音を立てて食べていた。
「……ふふ。食べています。シュティア、見てください。口元が動いています。……可愛すぎます」
レデアは床に膝をつき、その生き物と視線を合わせて、これ以上なく柔らかな笑みを浮かべていた。
その光景を見て、シュティアは内心で激しい「警報」を鳴らしていた。
(まずい。これまでにない危機だ。人間は対処のしようもあったけど、この『本能に訴えかける可愛さ』は反則だよ! お姉ちゃんの視線が、もう三五分間も私を素通りしてあの毛玉に固定されてる!)
「お姉ちゃん。……そんなにそいつがいいなら、私だって髪の毛を橙色に染めて、毎日『きゅうきゅう』鳴いてあげてもいいんだよ? むしろ、私の方がもっとお姉ちゃんの役に立つし、抱き心地も最高だよ?」
「何を言っているんですか。……あなたはあなた。この子は、この子です」
レデアはシュティアの必死の訴えを軽く聞き流すと、ポムの背中を、壊れ物を扱うように指先で撫でた。
「……シュティア。この子、名前をつけませんか? それから、……その、……シルバーアンカーで、一緒に暮らすのは、可能でしょうか」
――出た。
シュティアにとっての「最終防衛ライン」を脅かす、禁断の提案。
「だめ! 絶対にだめだよお姉ちゃん!」
「なぜですか。この子は大人しいですし、場所も取りません。……こういう子を、一度飼ってみたいと思っていたのです」
レデアの、少しだけ期待に満ちた、潤んだ瞳。
これにはシュティアも一瞬ひるんだが、彼女の「お姉ちゃん独占欲」が土壇場で最高の論理を導き出した。
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4. 姉の優しさを突く、非情な説得
シュティアは深呼吸をし、一転して「悲しげな」表情を作ってレデアの隣に座った。
「お姉ちゃん。……お姉ちゃんがその子を大切にしたい気持ち、私にも痛いほどわかるよ。お姉ちゃんは優しいもんね。……でも、考えてみて」
「……何を、ですか?」
「私たちは『何でも屋』だよ? 毎日、あっちのステーション、こっちの小惑星って飛び回ってる。仕事中は危険な戦闘もあるし、船内は激しく揺れる。……その間、この子はどうするの?」
「それは……。安全なケージに入れておけば……」
「お姉ちゃん、それは違うよ」
シュティアは、レデアの手をそっと握った。
「私たちがデブリを追いかけたり、レイダーを追い払ってる間……この子は、狭い船内でたった一人で、お姉ちゃんが帰ってくるのをずっと不安な気持ちで待ってなきゃいけないんだよ?
この子は宇宙の原生生物。本来は、オレンジロックの広い空域で、仲間や綺麗な塵に囲まれて自由に生きるべき子なんだ」
レデアの指先が、ぴくりと止まった。
「……お留守番、……一人で」
「そう。お姉ちゃんが仕事に集中すればするほど、この子は寂しい思いをする。お姉ちゃんの愛情を求めて鳴いても、お姉ちゃんは操舵席から離れられない……。
そんなの、この子にとって本当に『幸せ』なのかな? 閉じ込めて飼うのは、人間のエゴだと思わない?」
レデアは、自分の膝の上で無邪気にゼリーを食べているポムを見つめた。
「…………。シュティアの言う通り、かもしれません」
「……この子を、安全な原生生物保護区へ誘導しましょう。あそこなら、仲間もいますし、食べ物にも困りません」
「そうだね、お姉ちゃん! それがこの子にとって一番のハッピーだよ!」
(よし、勝った!)
シュティアは心の中でガッツポーズをしたが、顔には出さなかった。
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5. 橙色のさよなら、あるいは不動の独占権
数時間後。シルバーアンカーは、オレンジロック付近にある小規模なバイオ・ドームの入り口にいた。
レデアの手から離れ、ドーム内の人工森林へとトテトテと歩いていく橙色の毛玉。
ポムは一度だけ振り返り、短く「きゅう!」と鳴いてから、緑の中に消えていった。
「……行ってしまいましたね」
ハッチが閉まり、レデアは少し寂しげに呟いた。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。あの子なら、きっとあそこで銀河一幸せな毛玉になるよ。……それにね」
シュティアは、背後からレデアを包み込むように抱きしめた。
レデアはいつものように「動きにくいです」とは言わず、そのままシュティアの腕に身を預けた。
「お姉ちゃんには、私という最高に忠実で、最高に可愛くて、お留守番もさせないパートナーがいるでしょ? 寂しくなったら、いつでも私のことを撫でていいし、名前をつけて呼んでくれてもいいんだよ? ほら、撫でて、お姉ちゃん!」
シュティアが自分の頭をぐいぐいとレデアの手に押し付ける。
レデアは「……呆れた人ですね」と溜息をつきつつも、先ほど毛玉を撫でていた時よりもずっと長い時間をかけて、シュティアの艶やかな長い髪を優しく梳いた。
「……シュティア。私は、あなたを『飼っている』つもりはありませんよ」
「えへへ、わかってるよ。お姉ちゃんは私に『愛されてる』んだもんね」
結局、シルバーアンカーの「可愛いもの枠」は、依然として一人の傲慢な妹によって独占されることとなった。
レデアは、少しだけ空いた膝の上の感覚を思い出しながらも、背中から伝わるシュティアの重すぎるほどの愛を、お茶と共に飲み下した。