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1. 激動の小惑星帯、あるいは二人の呼吸
スバル・ステーションから数光年。そこは「墓場」と呼ばれる、密度の高い小惑星帯だった。不規則に回転する岩塊と、予測不能な重力異常。並のパイロットなら進入した瞬間にデブリの一部となるような宙域だ。
「……来ますよ、シュティア。全方位警戒。ここから先は、一瞬の油断も許されません」
シルバーアンカーの操舵席で、レデア・メイスは神経を極限まで研ぎ澄ませていた。140センチの小さな体が、シートベルトに食い込む。
「了解だよ、お姉ちゃん! お姉ちゃんが進みたい道は、私が全部切り拓いてあげる。安心してアクセルを踏んで!」
依頼主からの開始信号と共に、シルバーアンカーが加速した。
前方から迫る巨大な岩石。レデアは最小限の噴射で船体を傾け、その隙間を縫うように滑り込む。
「右舷から、直径十メートルの岩塊が二つ! 交差します!」
「任せて。……アンカー、射出!」
シュティアの声と同時に、重金属の銛が暗黒の宇宙へ踊り出た。アンカーは正確に一つの岩石を捉え、それを強引に引き寄せて、もう一つの岩石へとぶつける。砕け散る火花。進路は一瞬で確保された。
「……っ、加速します! シュティア、次は左! 磁気嵐が来ます!」
「視えてるよ、お姉ちゃん! この程度の揺れ、お姉ちゃんとのダンスに比べたら大したことないね!」
レデアの精密な操舵と、シュティアの超人的なアンカーさばき。二人の間には言葉以上の「呼吸」があった。数え切れないほどの危機を、二人は無言の連携で突破していく。
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2. 静寂の宙域、あるいは怪物の余力
激しい衝撃とアラートの嵐を抜け、船はついに目標の宙域へと到達した。
そこは、先ほどまでの喧騒が嘘のような、静謐な空間だった。
「……ふぅ、……ハァ。……調査地点、到達です。……観測機、射出……」
レデアはシートに深く背中を預け、荒い息をついた。額には大粒の汗が浮かび、ハンドルを握る指先が微かに震えている。
「お疲れ様、お姉ちゃん。すごいよ、今の操舵。私、また惚れ直しちゃった」
シュティアが射撃席から立ち上がり、足取りも軽くレデアの元へ歩み寄る。
レデアは、自分と全く変わらない、あるいはそれ以上の集中力を要求されたはずの妹を見上げた。
シュティアは、息一つ乱していない。それどころか、肌には血色が差し、瞳は満足げに輝いている。
「……流石ですね、シュティア。これほどの負荷がかかる航行だったのに、あなたは……全く消耗していない」
「えへへ、お姉ちゃんがいるから頑張れるんだよ。……お姉ちゃんと一緒なら、私は宇宙の果てまでだって全速力で走れるもん」
シュティアは、レデアの肩を優しく揉みほぐした。
「ここは安全みたいだから、調査が終わるまで少し休憩しよ? お姉ちゃん、顔色が真っ白だよ。ほら、私の膝、使い放題だよ?」
「……今は、遠慮しておきます。……でも、少しだけ、休みましょうか」
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3. 不可解な蒸発、あるいは沈黙の守護
調査を終え、再びあの地獄のような小惑星帯を抜けて帰路につく頃。
レデアの集中力は、限界を超えようとしていた。
あと一歩。あと少しでこの密度を抜けられる、というその瞬間。
船外センサーが警告を発するよりも早く、レデアの視界の端、死角から高速で接近する小型のデブリがあった。
(……っ!?)
気づいた時には、回避は間に合わない。エンジンの再点火も、姿勢制御も。
レデアは思わず目を瞑った。
だが、衝撃は来なかった。
目を開けたレデアの視界に映ったのは、至近距離で「真っ白な光」と共に、塵すら残さず蒸発したデブリの残光だった。
「……え?」
以前も、こんなことがあった。
一瞬だけ青白い幾何学模様の光が浮かび、消えた気がした。
シルバーアンカーの武装では、あんなに鮮やかに物体を消滅させることは不可能なはずだ。
「……どうしたの、お姉ちゃん? ぼーっとして。……もしかして、疲れちゃった?」
コンソール越しに、シュティアがのんびりとした声で尋ねてくる。
「……シュティア。今、デブリが……。何か見えませんでしたか? 私が操作したわけではないのに、消えたような……」
「何かあった? ……何もなかったよ。お姉ちゃん、きっと疲れすぎて幻覚を見ちゃったんだよ。早く抜けちゃおう? 帰ったら美味しいスープを作ってあげるから」
シュティアの表情は、いつも通りの、姉を心配する慈愛に満ちたものだった。
レデアは釈然としない思いを抱えつつも、それ以上追及する気力が残っていなかった。
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4. 安らぎの夜、あるいは確かな嘘
帰宅後。
温かい食事を摂り、シャワーを浴びても、レデアの心にはあの「光」がこびりついて離れなかった。
寝室のベッドに腰掛け、レデアは自分の手を見つめる。
ふと、隣に気配を感じた。
いつの間にかシュティアが、当然のような顔をして隣に座っている。
「……今日は疲れたので、驚く気力も残っていません」
レデアは弱々しく言うと、もう一度だけ、尋ねた。
「シュティア。……本当に、何も見えませんでしたか? 私は、自分の操舵にミスがあったと思っています。あの時、私は避けられなかった」
シュティアは、レデアの小さな肩をそっと抱き寄せた。
「……お姉ちゃん。お姉ちゃんの操舵は宇宙一だよ。そんな初歩的なミス、あるわけないじゃない」
シュティアの指先が、レデアの銀色の髪を梳く。その動作はどこまでも優しく、割れ物を扱う様に。
「もし、万が一、お姉ちゃんが気づかない何かがあったとしても……。私が守るからね。……だから、お姉ちゃんは何も心配しなくていいんだよ」
「……シュティア」
「おやすみ、お姉ちゃん」
シュティアの腕の中で、レデアは意識が沈んでいくのを感じた。
妹の言葉は、心地よく、そして、何かを孕んでいる様に感じられた。
レデアはそれ以上考えるのをやめ、自分を守る温かな籠の中に、身を委ねるのだった。