砕氷のアンカー、あるいは熱病の抱擁   作:エスカド

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33話:黄金の墜落、あるいは不本意な守護

◆◆◇◇◆◆

1. 宿敵の再来、あるいは新たな肩書き

 

「……お姉ちゃん。なんだか、嫌な予感がするよ。宇宙の塵が不吉な形に整列しているような、そんな不快な予感が」

 

 シルバーアンカーのコックピットで、シュティアが眉間に皺を寄せながらモニターを睨んでいた。

 

「そんな不吉な天体現象、聞いたことがありませんよ」

 

 レデアが冷静に返し、目的地である「廃棄ステーション・デジマ」の空域へと船を進める。

 今回の依頼は、旧時代の大型通信アンテナを解体・回収するというものだ。アンテナは巨大な電磁コイルを含んでおり、一歩間違えれば強力な磁場によって精密機器が狂いかねない、少しばかり手のかかる仕事である。

 

 その時、前方から眩いばかりの反射光が飛び込んできた。

 漆黒の宇宙に不釣り合いな、けばけばしいほどの輝きを放つ金色の船体。

 

「……ゴールデンスター号。やっぱり来たか、成金おばさん」

 

「シュティア、口が悪いですよ」

 

 通信が入ると同時に、モニターには高慢な笑みを浮かべた女性――カトリーヌが映し出された。彼女は今日、いつになく豪華な(そして宇宙船内では不必要な)羽飾りを首元に巻いている。

 

「おっほっほ! 奇遇ですわね、シルバーアンカーの皆さん。わたくし、今日から肩書きを改めましたの。……『銀河一の電磁コイル解体師』こと、カトリーヌ・ド・アルジャンですわ!」

 

「……また銀河一の自称変わってる……」

 

 シュティアが呆れ果てた声を出すが、レデアは至って普通に通信に答えた。

 

「お久しぶりです、カトリーヌさん。お元気そうでなによりです」

 

「あらレデアさん!あなたもお元気そうで良かったわ」

 

 カトリーヌはシュティアの存在を無視して画面越しにレデアに視線を送る。

 

「今回はギルドからの通達で、わたくしたちは協力体制を敷くことになっていますの。さあ、まずは協力の証として、エアロックを繋いで握手でもいかがかしら?」

 

 実際にエアロックを接続し、通路で顔を合わせた瞬間、カトリーヌはにこにことレデアの手を取った。

 

「改めてよろしくお願いいたしますわ、レデアさん」

 

「はい、よろしくお願いします、カトリーヌさん」

 

 和やかに微笑み合う二人。だが、その後ろでシュティアの理性が限界突破した。

 

「あ、ああっ! お姉ちゃんの綺麗な手が、成金の手で汚れる……!おばさん、手を離して!」

 

「誰がおばさんですって!? わたくしは今、レデアさんと協力関係を構築している最中ですわ。邪魔をしないで頂けるかしら、ただの『腰ぎんちゃく』さん?」

 

◆◆◇◇◆◆

2. 鋼鉄の三すくみ、あるいはプライドの衝突

 

「……いいですか、シュティア。今回はアンテナが巨大すぎて、一隻では磁場を中和しきれません。カトリーヌさんの協力は不可欠です。仲良く協力していきましょう」

 

 レデアに諭され、シュティアは腸が煮えくり返る思いで「……承知しました、お姉ちゃん」と絞り出した。

 カトリーヌはこれ見よがしに勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「聞きました? これがリーダーの器というものですわ。わたくしのゴールデンスター号が磁場を中和し、その隙にお姉様が指示を出す。完璧な布陣ですわね」

 

「……ふん。本当は、あなたのような成金おばさんがいなくても、私たちだけで十分なんですけどね。お姉ちゃんの演算能力なら、磁場変動の予測なんて秒読みで終わりますから。あなたはせいぜい、金メッキが剥げないように隅っこで震えていればいいんですよ」

 

「なんですって!? わたくしの船は純金コーティングですわよ! 剥げるなんて不吉なことを言わないで頂けるかしら! 大体、あなたのその古臭いアンカーこそ、磁場で暴走して自分に刺さるんじゃないんですの?」

 

「二人とも、そこまでです。仕事が始まりますよ。……準備はいいですね?」

 

 レデアの静かな、しかし有無を言わせぬ声が響き、二人は「……チッ」「……ふん」と顔を背け合った。

 

 作業が始まれば、三人はプロだった。

 レデアは船内から全体の構造を把握し、的確な指示を飛ばす。カトリーヌの船がコイルの磁場を一定方向に誘導し、シュティアがその隙にアンカーを撃ち込んで接続部を破壊していく。

 だが、最後の最後、コイルのコア部分を物理的に切り離す必要が出てきた。

 

「……ここは船外活動が必要ですね。シュティア、カトリーヌさん。お願いします」

 

 

◆◆◇◇◆◆

3. 船外のワルツ、あるいは不意打ちの抱擁

 

 シュティアとカトリーヌは、それぞれ宇宙服に身を包み、ステーションの残骸へと降り立った。

 宇宙空間では、お互いの通信はレデアを経由して行われる。

 

「いいですか、おばさん。私の邪魔だけはしないでくださいね」

 

「それはこちらのセリフですわ。わたくしの優雅なカッティングワークを邪魔したら、そのアンカーを金箔で包んで差し上げますわよ」

 

 険悪な空気のまま、作業が進む。しかし、コアを固定していた最後のボルトを外した瞬間、アクシデントが起きた。

 コイル内に残留していたエネルギーが一気に放出され、局所的な重力異常が発生したのだ。

 

「……っ!? カトリーヌさん、離れて!」

 

 レデアの叫びが無線に響く。

 カトリーヌの背後で構造物が爆ぜ、その衝撃で彼女の体が宇宙の深淵へと放り出された。

 

「あ、あら……? あらぁああ~~!?」

 

 推力装置が磁場で誤作動を起こし、カトリーヌはコントロールを失って回転しながら遠ざかっていく。その先には、切断されたばかりの鋭利な鉄骨が突き出していた。

 

 シュティアは思考よりも先に動いていた。

 自身のアンカーを足場に固定し、命綱を限界まで伸ばして跳躍する。

 

「……たく、手間かけさせないでください!」

 

 ガシッ、と。

 衝突の直前、シュティアの逞しい腕が、カトリーヌの宇宙服の胴体を力強く抱き留めた。

 衝撃を吸収するためにシュティアは自分の体をクッションにし、二人でゆっくりと回転しながら、安全な場所へと着地した。

 

「……はぁ、全く。おばさん、命拾いしましたね。もっと足元に気をつけて……」

 

 シュティアは即座に彼女を離し、いつもの毒舌を浴びせようとして、言葉を失った。

 

 透明なヘルメット越しに見えるカトリーヌの顔は、呆気にとられたようにポカンと開いていた。

 そして次の瞬間。

 彼女の顔は、宇宙服のライトを反射しているせいとは思えないほど、耳の先まで真っ赤に染まったのだ。

 

「……た、助けられなくても、わたくし、自分でどうにかできましたわ! 余計なお世話ですわよ、この変質的ストーカーお妹様!」

 

「お妹様って何!? 助けてあげたのにその言い草ですか!?」

 

 カトリーヌは顔を逸らし、バタバタともがくようにして立ち上がると、逃げるように自分の船の方へと戻っていった。

 

◆◆◇◇◆◆

4. 黄金の去り際、あるいは新たな予感

 

 任務は無事に完了した。

 デジマ・ステーションのコアを回収し、報酬の分配を終えた後、ゴールデンスター号のハッチが開いた。

 出てきたカトリーヌは、いつもの高慢な態度を取り戻そうとしていたが、どこか落ち着きがない。

 

「……今回は、その、礼を言いますわ。協力してあげた甲斐がありましたわね」

 

 彼女は一度もシュティアと目を合わせようとせず、レデアにだけ軽く会釈した。

 

「けれど次はこうはいきませんわよ! 次回会う時は、わたくしの圧倒的な実力で、あなたのその……その、図々しいアンカーを跪かせてやりますわ! おーっほっほっほ!!」

 

 笑い声が少し上ずっている。カトリーヌはスカートの裾を翻すと、逃げるように船内へ消え、ゴールデンスター号は猛スピードで去っていった。

 

「……なんかおばさんの様子おかしくなかった?磁場に頭でもやられたのかな?」

 

 毒づくことも忘れ、唖然として見送るシュティア。

 その隣で、レデアはふふ、と含みのある笑みを浮かべ、妹の顔を覗き込んだ。

 

「シュティア」

 

「なあに、お姉ちゃん」

 

「あなたは本当に、誰にでもモテますね。お姉ちゃんとしては心配ですけど、誇らしいです」

 

「えっ……? えっ、モテる? 誰が? 私が? ……お姉ちゃん、今の冗談だよね?えっ!?」

 

 パニックになるシュティアをよそに、レデアは満足そうに操舵席へ戻っていった。

 嵐の様な始まりと穏やかな凪の様な終わり、そんな一日だった。

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