砕氷のアンカー、あるいは熱病の抱擁   作:エスカド

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35話:銀河審判、あるいは「平和」の崩壊

◆◆◇◇◆◆

1. 聖なるホイッスル、あるいは代理戦争

 

「いいですか、シュティア。今日の私たちの役割は、あくまで『中立の審判』です。どちらかの肩を持つのも、自分たちが目立つのも禁止。公平、公正、そして冷徹にルールを執行するのです。わかりましたか?」

 シルバーアンカーのコックピット。レデアはいつになく厳格な表情で、審判員用の白黒ストライプが眩しい腕章を巻いていた。

 

「はーい、お姉ちゃん。……でも、スポーツの審判なんて、ギルドも人使いが荒いよね。ただの喧嘩の仲裁なら、私のアンカーで両方の船を串刺しにすれば済む話なのに」

「それをしないために、この『ギャラクティック・ボール』という競技があるのです。これは血を流さない平和的な戦争、文明的な解決手段なのですから」

 

 今回の任務は、二つの採掘グループ――「アイアン・タスク」と「カッパー・クロー」による、岩礁宙域の独占採掘権を賭けたスポーツ試合の審判だ。

 ルールは至ってシンプル。直径二十メートルの電磁球(ボール)を、宇宙船のトラクタービームや物理的な接触で弾き飛ばし、相手チームのゴールリングに叩き込む。ただし、直接的な武器の使用は厳禁。あくまで「船の機動」と「機体の強度」で競う、鉄と油のスポーツである。

 

「アイアン・タスク、準備完了! 採掘権は我らが頂く!」

「笑わせるな、カッパー・クローの旋回性能を見せてやるわ!」

 

 通信回線には両チームの荒くれ者たちの怒号が飛び交う。

 レデアは深い溜息をつき、シルバーアンカーを中央ラインへと進めた。

「……では、試合開始です。全機、クリーンなファイトを!」

 

◆◆◇◇◆◆

2. 混沌のキックオフ、審判の受難

 

「ピーッ!!」

 レデアが通信越しに電子ホイッスルを鳴らした瞬間、宙域は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

「おい! 今のは進路妨害だろ! 反則だ!」

「うるせえ! ぶつかった方が悪いんだよ!」

 

 中立であるはずのメイス姉妹は、シルバーアンカーを審判艇として操りながら、飛んできた電磁球をひらりと回避する。

「お姉ちゃん、アイアン・タスクの三番機、バーニアを使って相手を焼きにかかってるよ。あれ、反則だよね?」

「イエローカードです! アイアン・タスク三番機、十秒間の出力制限ペナルティ!」

 

 レデアが厳格にルールを適用するが、興奮した荒くれ者たちに理屈は通用しない。

 試合開始から十分。競技としての体裁は保たれていたが、徐々に「平和的な戦争」という言葉の「戦争」の部分が肥大化し始めていた。

 

「おい、審判! さっきの判定はおかしいぞ! 俺たちのゴールが認められないなんて、お前らカッパー・クローから賄賂でも貰ってんのか!?」

「何だと!? 貴様らこそ、審判の目を盗んで船体にニードルを仕込んでいるのはバレバレだぞ!」

 

 あらぬ疑いをかけられ、レデアの眉がぴくりと動く。

「……繰り返します。判定は公正です。不服がある場合は、試合終了後に正式な書面で提出してください。今は試合を続けなさい」

「るせえ! だったら審判ごとゴールにぶち込んでやる!」

 

 突っかかってくる一隻の船。

 シュティアが冷ややかな目でそれを見据える。

「……お姉ちゃん。審判に対する物理的な干渉は、ルール上どうなってるの?」

「……即刻退場、および当該チームの不戦敗です。ですが、今はまだ……」

 

 その瞬間、シルバーアンカーの船体に鈍い衝撃が走った。

 乱闘の余波で弾き飛ばされた巨大な電磁球が、こともあろうにシルバーアンカーの側面に直撃したのだ。

 

 

◆◆◇◇◆◆

3. 沸点、あるいは守護者の歓喜

 

 船内が激しく揺れ、レデアのお気に入りのティーカップが床で粉々に砕け散った。

 しんと静まり返るコックピット。

 

「……あ。あーあ、割れちゃった」

 シュティアがわざとらしく、しかし火に油を注ぐような完璧なトーンで囁いた。

 

 レデアは無言で、手元のホイッスルを握りつぶした。

 彼女の額には、はっきりと青筋が浮かんでいる。

 

「……シュティア」

 

「なあに、お姉ちゃん」

 

「ルール、第一条を覚えていますか?」

 

「『審判の決定は絶対である』。でしょ?」

 

「……いいえ。第一条は、『審判の安全を脅かす不逞の輩には、相応の報いを与えるべし』。……私の心の中で、今、書き換えられました」

 

 レデアがゆっくりと顔を上げる。その瞳には、怒りの炎が宿っていた。

 

「……もう怒りました、シュティア、やってしまいましょう」

 

 その言葉を待っていました、と言わんばかりに、シュティアの口角が吊り上がる。

「御意、お姉ちゃん! シルバーアンカー、審判モードから『処刑モード』へ移行! 採掘権なんて、宇宙の塵にしてあげるよ!」

 

◆◆◇◇◆◆

4. 審判の鉄槌、地獄の笛の音

 

 シルバーアンカーのメインエンジンが、これまでにない咆哮を上げた。

 逃げようとするアイアン・タスクの旗艦に対し、シュティアは迷わずアンカーを射出した。

 

「な、何だ!? 審判が攻撃してくるぞ! 反則だ! ギルドに通報してやる!」

「反則……? 審判がルールですよ! 審判を怒らせた時点で、あなたたちの宇宙生活はタイムアップです!」

 

 シュティアの操るアンカーが、巨大な電磁球を文字通り「捕獲」した。

 彼女はそのまま、アンカーをハンマー投げのように回転させる。

「お姉ちゃん、狙いは!?」

「全機です。一隻残らず、ゴール(次元の彼方)へ叩き込みなさい!」

 

 シュティアは遠心力を乗せた電磁球を、突進してきたカッパー・クローの編隊にぶち当てた。

 ドガガガガッ!! と小気味よい破壊音が響き、最新鋭の採掘船たちがボウリングのピンのように弾き飛ばされていく。

 

「次はアイアン・タスク! 逃がさないよ!」

 シュティアは電磁球をキャッチ&リリースしながら、宙域を縦横無尽に駆け巡る。

 普段は冷静なレデアも、今はコンソールを叩きながら絶叫していた。

「アイアン・タスク、オフサイドです! 存在そのものがオフサイド! 消えなさい!」

「お姉ちゃん良いよ!最高だよ!」

 

 もはや試合ではない。

 一方的な蹂躙。

 審判であるはずの船が、競技用ボールを武器に全参加機を無力化していくという、前代未聞の光景が繰り広げられた。

 

◆◆◇◇◆◆

5. 終局、無人の岩礁

 

 三十分後。

 かつて賑やかだった岩礁宙域には、静寂だけが戻っていた。

 アイアン・タスクとカッパー・クローの船は、一隻残らずエンジンの停止、あるいはマニュピレーターの破損により、プカプカと無様に浮遊している。

 

「……ふぅ。……少し、スッキリしましたね」

 レデアは乱れた髪を整え、新しいティーカップ(予備)を取り出した。

「お疲れ様、お姉ちゃん。いい気味だね」

 

 レデアはモニターに映る、ボロボロになった両チームの代表者の顔を眺め、冷たく言い放った。

「……今回の試合は、両チームともに『審判に対する著しい不敬』により、失格とします。採掘権はギルドに返上とします。異議はありませんね?」

 

 モニターの中の男たちは、ガタガタと震えながら首を縦に振るしかなかった。

 あの金髪の悪魔(シュティア)が、今も背後でアンカーをチャージしながら微笑んでいるのだ。

 

「ふふ、怒ったお姉ちゃんも可愛い……もといかっこ良かったよ」

「……仕事を選ばないといけませんね。次はもっと、静かな仕事にしましょう」

 

 シルバーアンカーは、白黒ストライプの腕章をダストシュートに放り込み、悠然と帰路についた。

 背後では、宇宙に置き去りにされた「平和的な戦争」の参加者たちが、二度とスポーツはしないと固く誓っていたという。

 

「……あ、お姉ちゃん。次の審判の仕事、また来たらどうする?」

「……最初からアンカーを構えておきましょう」

「良いねそれ!」

 

 姉妹の絆は、今日も今日とて、あらぬ方向へと深まっていくのであった。

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