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1. 芳香の監獄、そして並び順の罠
ゲーミングギャラクシーの騒乱を後にした四人は、ステーション内の落ち着いた喫茶店「銀河の止まり木」へと場所を移していた。
だが、その座席の並びは、シュティアにとって控えめに言って「地獄」の構成だった。
窓側の席に、レデアとアスフィが仲睦まじく並んで座る。
通路側の席には、シュティアと、その肩に当然のように頭を預けているカノア。
「――ええ、あの時のアスフィさんのひったくり撃退、本当にお見事でした。無駄のない動き、まさに理想的です」
「うふふ、お恥ずかしいわ。レデアちゃんにそんな風に言ってもらえるなんて。あの時はつい、体が動いてしまっただけなのよ?」
目の前で、大好きな姉が年上の美女と和やかに談笑している。
(……お姉ちゃん、ダメだよ! そんなにニコニコしちゃ! 浮気……浮気はダメ、絶対!)
シュティアは内心で絶叫していた。だが、それを声に出す勇気はない。なぜなら、自分もまた「身に覚えのない浮気疑惑」の渦中にいたからだ。
(っていうか、なんでこの並びなの!? お姉ちゃんの隣は私の指定席なのに……! それにこの匂い、あの時のお姉ちゃんから感じた匂い、アスフィさんのだったのかぁ……)
思考を巡らせるシュティアの肩に、カノアがぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「……お姉さん、いい匂い。落ち着く」
「あ、あはは……カノアちゃん、ちょっと近いかな? お姉さん、今すごく集中したいことがあるんだけど……」
「……だめ。離さない」
カノアの細い腕が、シュティアの右腕をがっちりとホールドする。逃げ場はない。シュティアは引き攣った笑みを浮かべたまま、冷汗を流した。
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2. 身長の地雷原、あるいは「ちんちくりん」の衝撃
会話が一段落したところで、アスフィが小首を傾げて問いかけた。
「ところで……ずっと気になっていたのだけれど。レデアさんが、シュティアさんのお姉様……なのですよね?」
「はい、そうです」
レデアは、待ってましたと言わんばかりに少しだけ胸を張った。
「私が姉で、シュティアが妹です。何か、不思議なことでも?」
アスフィが答えるより早く、シュティアの腕に縋り付いていたカノアが、無表情な瞳をレデアに向けた。
「……納得いかない」
「何がですか?」
レデアの眉がぴくりと動く。
「……シュティアさんの方が、ずっとお姉さんに見える。頼もしいし、大きいし……。レデアさんは、その……」
カノアは一度レデアを頭の先からつま先までスキャンし、残酷なまでの真理を口にした。
「……ちんまりしてて、ちんちくりん。マスコットみたい」
「…………へぇ」
レデアの周囲の気温が、一気に下がった。
ピキピキ、と音がしそうなほど、レデアの額に青筋が浮かぶ。
「カノアさん。……それは、聞き捨てなりませんね。外見的な体積と、姉としての威厳は比例しないということを、まだご存知ないのですか?」
「お、お姉ちゃん! 落ち着いて! 彼女はまだ子供だから、その、悪気はないっていうか……!」
シュティアは慌ててレデアの味方をしようとしたが、カノアが「……お姉さん、動かないで」とさらに腕を強く掴んでくるため、身動きが取れない。
「まあまあ、シュティアさん。仲良しさんですねぇ、お二人とも」
アスフィだけが、この凍りつく空気の中で一人だけ「あらあら」とにこにこ笑っていた。
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3. 漆黒の虚勢、大人の苦み
レデアはカノアに対する対抗心を隠そうともせず、運ばれてきたコーヒーに手を伸ばした。
「いいですか、カノアさん。私はあなたよりもずっと長く、この過酷な宇宙で生きてきたのです。……例えば、このコーヒー。私は『大人』ですから、ブラックで嗜むことができます」
そう言って、レデアは湯気の立つブラックコーヒーを、優雅に一口啜った。
「………………。…………っ」
一瞬、レデアの頬がピクリと震え、瞳が潤んだのをシュティアは見逃さなかった。
(今、絶対お姉ちゃん『苦っ!』って思ったよね!?)
だが、レデアは震える手でカップを置き、涼しい顔で言い切った。
「……ふぅ。やはり、豆の深みが違いますね。大人の休息には、この苦味こそが相応しい」
「……お姉ちゃん、無理しなくていいんだよ? ほら、角砂糖、三つくらい入れようか?」
「入れません。私は、大人ですから」
その様子を隣で見ていたアスフィが、ふふっと楽しそうに笑う。
「レデアちゃん、本当に可愛らしいわねぇ」
「可愛い……」
シュティアもつい、内心の言葉が漏れ出した。
すると、それを見ていたカノアが、対抗するように自分の前に置かれたコーヒーに手を伸ばした。
「……それくらい、私にもできる。……大人の味」
「あら、カノアちゃん? あなたにはまだ早いんじゃ……」
アスフィの制止を聞かず、カノアはレデアを真似てブラックコーヒーを口に含んだ。
――三秒後。
「……!!」
カノアは顔を真っ赤にして、べーっと舌を出した。無表情キャラが完全に崩壊している。
「……泥水。こんなの、飲み物じゃない」
「あらあら、やっぱり無理でしょう? ほら、クリームとシロップをたっぷり入れてあげますからね」
アスフィが手慣れた様子で、カノアのカップに白いクリームを注いでいく。カノアは屈辱に震えながらも、甘くなったコーヒーを大人しく飲み始めた。
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4. 狭まる包囲網、身の潔白
クリームまみれのコーヒーを飲むカノアの姿を、シュティアはついつい微笑ましく眺めてしまった。
(なんだかんだ言って、やっぱり可愛いなあ、この子。お姉ちゃんとはまた違う、手のかかる小動物みたいで……)
「……シュティア」
その瞬間、正面から鋭い視線の矢が飛んできた。レデアだ。
「……そんなに、カノアさんが可愛いですか?」
「ひぇっ!? い、いや、それは……その、子供らしくて微笑ましいなと思っただけで……!」
「ふーん。私を『ちんちくりん』と呼んだ相手を、『可愛い』と。……あなたは、私という姉がありながら、そんなに新しい『妹』が欲しいのですか?」
「違うよお姉ちゃん! お姉ちゃんが世界で、いや宇宙で一番可愛いよ! お姉ちゃん、ナンバーワン! お姉ちゃん、オンリーワン!」
シュティアは必死で取り繕うが、隣ではカノアが「……お姉さん、嘘つき。私の方が可愛いって、さっき目で言ってた」とガソリンを注いでくる。
「言ってない! 私の目はそんな高度な言語機能持ってないよ!」
「あらあら、レデアちゃん、そんなに焼きもちを焼かなくても。シュティアさんはとっても一途そうですもの」
アスフィが援護射撃をしてくれるが、それがかえってレデアの独占欲を刺激する。
「焼きもちは焼いていません。アスフィさん。シュティアは一途ですが、それ以上に『可愛いもの』に弱いのです。……このままでは、私の知らない間に彼女の周りが『妹』だらけになってしまいます」
「お姉ちゃん、私のことなんだと思ってるの!? 私の聖域はお姉ちゃんだけなんだってば!」
「……ふーん」
レデアは、苦いブラックコーヒーをもう一口、今度は意地で飲み干した。
カノアはシュティアの腕を離さず、アスフィは楽しそうにケーキを追加注文し、シュティアは挟まれたまま、自分の胃に穴が開く音を聞いたような気がした。
「……お姉ちゃん、帰ったら、あの……プレゼン大会しよう? 今夜は三時間、お姉ちゃんの魅力について語るから……」
「それはしなくてもいいです」
「五時間でもいいよ!」
平和なはずの喫茶店。
だが、シュティア・メイスにとっては、どの戦場よりも「肩身が狭い」戦いの日々。
それはこれからも訪れるかもしれない。