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1. 聖域の攻防、確信犯の寝息
シルバーアンカーの寝室に、穏やかな朝の光が差し込む。
レデア・メイスがゆっくりと意識を浮上させたとき、腕の中には心地よい弾力があった。先日購入した、オレンジ色の原生生物を模した「ポムのぬいぐるみ」だ。
「……ふふ、やはりこの質感は落ち着きますね」
寝ぼけ眼でぬいぐるみを抱き締め直そうとしたレデアだったが、直後、背中に妙な重みと温もりを感じて動きを止めた。
振り返るまでもない。視線をわずかに動かせば、そこには金色の髪をシーツに散らし、幸せそうに目を閉じているシュティアの姿があった。
規則正しい寝息を立て、いかにも「今、心地よい眠りの淵にいます」という風を装っているが、レデアの鋭い観察眼は逃さなかった。長い睫毛が微かに震え、レデアの体温を探るように指先がぴくぴくと動いている。
(……起きていますね。昨日の『お姉ちゃん監視任務』の続きのつもりでしょうか)
レデアは無言のまま、腕の中のポムを枕元に立てかけた。そして、自分が被っていたナイトキャップを脱ぐと、それをシュティアの顔面、ちょうど鼻と口を覆い隠すように、むぎゅっと押し付けた。
「わっぷ!? ……ふはっ、はぁ……。……くんくん。……はぁ、お姉ちゃんの匂い。朝から最高のご褒美だねぇ……」
シュティアは苦しそうにしながらも、ナイトキャップを顔に張り付かせたまま、とろけるような声を漏らした。
レデアはそれを完全に無視し、ベッドから抜け出してリビングへと向かった。
「……早く起きてきなさい。顔を洗わないと、そのナイトキャップを洗濯機に放り込みますよ」
「待って! それだけは阻止しなきゃ、私の貴重な栄養源が!」
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2. ニュースの余白、乙女の虜
リビングでは、既にシュティアが準備していた朝食がテーブルに並んでいた。レデアはカウンターに立ち、二人分の飲み物――自分には少し背伸びをしたブラックコーヒーを、シュティアには特製のプロテインシェイクを用意する。
遅れてリビングにやってきたシュティアは、顔を洗い立ての爽やかな笑顔で椅子に座った。
「おはよう、お姉ちゃん。今日も世界一可愛いね。あ、コーヒーの匂い。お姉ちゃんの匂いと混ざって、今日もシルバーアンカーは平和の香りに満ちてるよ」
「おはようございます、シュティア。……朝から騒がしいですね。食事中は静かにしなさい」
レデアはリビングの大型モニターに、スバル・ステーションの時間別天候設定(今日は「初夏の微風」設定らしい)と、本日のニュースを映し出した。
シュティアがサラダを咀嚼する音と、ニュースキャスターの落ち着いた声だけが流れる。
ふいに、レデアがモニターから視線を外さずに口を開いた。
「……シュティア」
「んー? なあに、お姉ちゃん」
「あなたは……大変、女の子たちにモテモテみたいですね」
「ぶふっ!?」
シュティアが危うくシェイクを吹き出しそうになる。
「な、何を藪から棒に……。私がモテるのは、お姉ちゃんを守るための副産物っていうか、その……」
「ええ、あなたの美貌です。男性を惹きつけることは分かっていましたし、実際これまでも多くの不逞の輩があなたを狙ってきました。ですが……うら若き乙女たちをも虜にするとは思いませんでした」
レデアはゆっくりと椅子を回転させ、冷ややかな、しかしどこか楽しげな瞳でシュティアを射抜いた。
「今まで何度かありましたよね」
「お、おねえちゃん、それは違うよ! サティさんは、ほら、その……ねっ! 昨日のカノアちゃんも……あれは、その、ほら、迷子の子犬が偶然足元にいたみたいなもので……!」
「ほら。もう、二人も名前が」
レデアがくすくすと笑った。
「これからも、もっと増えるのでしょうね。あなたの『妹候補』は。いつかシルバーアンカーが、シュティアを『お姉ちゃん』と呼ぶ少女たちで溢れかえる日が来るのでしょうか。……壮観ですね」
「……ひ、ひどいよお姉ちゃん! 揶揄わないでよぉ!」
シュティアは顔を真っ赤にして、テーブルに突っ伏した。
「私は昨日の時だって、どうして良いか分からなくて困ってたんだよ。アスフィさんの隣で和やかにしてるお姉ちゃんを見て、生きた心地がしなかったんだから。昨日も、お姉ちゃんが私のお膝の上でなでなでされていたら良かったのに……!」
「アスフィさんは穏やかですし、やるときはバシっと決める方で、本当にかっこいいですよね。私、あの方のような大人に憧れます」
「だめ! ダメ! めっ! お姉ちゃん、それは浮気だからね! 私という運命の相手がいながら、他の女性に憧れるなんて!」
「……何が浮気なんですか。あなたは極端すぎます」
レデアは呆れ顔でコーヒーにクリームを入れた。
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3. 姉の認可、あるいは不合格の理由
しばらくの間、平和な(シュティアにとっては心臓に悪い)時間が過ぎていった。
レデアはふと、空になったカップを見つめ、独り言のように呟いた。
「……お姉ちゃんは、仮に、ですよ。仮にシュティアがサティさんを妹にしたとして……」
「ええっ!? しないよ! 私の妹はお姉ちゃんだけでしょ!? ……って、いや、お姉ちゃんは姉だけど、私の魂の妹でもあるというか、その……」
シュティアの混乱を無視して、レデアは指を立てた。
「……サティさんは、良いです。彼女は良い人ですし、機械に対する愛情も深い。シルバーアンカーの整備を手伝ってくれるなら、私は認めます」
「……え、認めるの?」
「カトリーヌさんは……まあ、私は良いです。彼女は騒がしいですが、案外、私のお話もちゃんと聞いてくださいますし」
「なんでそこでおばさんの名前が出るの!? あんなの、妹候補どころか、ただの不審者だよ!」
シュティアの抗議を風のように受け流し、レデアの表情が不意に、真剣なものへと変わった。
彼女はモニターに映ったカノアの(ゲーム中の)横顔を思い浮かべるように、目を細める。
「ですが。……カノアさんは、だめです」
「え……? カノアちゃん? なんで? 昨日、あんなに仲良く(?)手を握られてたのに」
「お姉ちゃんは認めません。わたしのことを『ちんちくりん』と言いました。……よって、カノアさんの『妹入り』は、お姉ちゃん権限で断固拒否します」
「お姉ちゃんなんの話をしているの~!? そもそも誰も妹にするなんて言ってないよぉお!」
シュティアの悲鳴に近い叫びが、シルバーアンカーのリビングに響き渡る。
レデアは満足そうに立ち上がると、空のカップを持ってキッチンへ向かった。
「……さあ、仕事の準備を。今日はスバル・ステーションの外殻清掃の依頼が入っています。……カノアさんに待ち伏せされないよう、ルートを三回変えて向かいますよ」
「お姉ちゃんのガードが硬すぎる! 嬉しいけど、方向性がおかしいよぉお!」
朝の騒動は、シュティアの全面降伏という形で幕を閉じた。
しかし、レデアの脳内にある「シュティアの交友関係・警戒リスト」には、カノアの名前が最上位に、真っ赤な文字で刻まれることとなったのである。
「……シュティア。昨日のお土産に買ったゲーミング饅頭を食べましょうか。……サティさんにも、一つお裾分けを持っていきますか?」
「お姉ちゃん、選別が露骨! 露骨すぎるよぉおお!!」
シルバーアンカーの朝は、今日も今日とて、賑やかで少しだけ「不穏」な愛に満ちていた。