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1. 聖域の攻防、あるいは予期せぬ通知
シルバーアンカーの昼下がり。今日は珍しく依頼が一件も入っていない、穏やかな休日だった。
だが、その穏やかさは、ある一人の「妹」の情熱によって、常に崩壊の危機に晒されている。
「お姉ちゃん、次はこっちの『猫耳付きパステルパーカー』を! この耳の角度とお姉ちゃんの銀髪が描く放物線の黄金比、これこそが宇宙の真理なんだよ!」
「……シュティア。いい加減にしなさい。私は、一時間に三回も着替えるほどファッションに興味はありません」
レデア・メイスは、自身を等身大の人形か何かと勘違いしている節がある妹を、手近なクッションで器用にいなしていた。
その時、ソファに放り出されていたレデアの通信端末が、軽やかな通知音を鳴らした。
「……おや。メッセージですね」
「誰から!? お仕事の依頼? それとも……」
シュティアが身を乗り出して画面を覗き込もうとする。レデアが端末を確認し、淡々と告げた。
「……カトリーヌさんです。先日のお礼にお茶でもいかがですか、とのことです」
「はぁあああ!? ちょっと待ってお姉ちゃん! いつの間にあのおばさんと連絡先なんて交換してたの!? カノアちゃんなら、まあ百歩譲って……いや、アスフィさんならギリギリ許せ……許せ……許せるけれど、よりによってそのおばさん!?」
「カノアさんは、私が認めません。……それはさておき、先日のお礼だそうです。行きましょうか、シュティア」
「ええっ、行くの!? お姉ちゃん、あのおばさんの毒気に当てられて、金ピカの趣味に染まっちゃったらどうするの!?」
「そんなことにはなりません。……さあ、準備を」
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2. 苦悩のコーディネート、あるいは高級街の違和感
一時間後。
二人はスバル・ステーションの深層部、高級飲食街「プレアデス・アベニュー」に立っていた。
レデアの装いは、淡いブルーのワンピースに白いボレロ。シュティアが三十分間、「おばさんにお姉ちゃんの可愛いところを見せたくない……! でも可愛いお姉ちゃんに最高の服を着せたい……!」と血涙を流しながら苦悩し、絞り出した妥協の産物だ。
対するシュティアは、スラリとしたラインのフォーマルなパンツスーツ。
彼女は自分の容姿には驚くほど無頓着だ。仕事柄、公的な場や交渉事に出ることが多いため、結果としてフォーマルな服装が「私服」として定着してしまったのだ。だが、それが彼女のモデルのような長身と鋭い美貌を引き立て、周囲の視線を釘付けにしていた。
「……お姉ちゃん。やっぱり、私の隣にはお姉ちゃんが似合うね。あのおばさん、場違いすぎて泡吹いて倒れてるんじゃない?」
「……カトリーヌさんの船を思い出してください。……あの方にとって、ここはある意味ホームグラウンドでしょう」
二人が足を踏み入れたのは、真鍮の看板に『純喫茶・巴里流銀河(ぱりす・ぎゃらくしー)』と刻まれた、古めかしさとハイカラさが同居する店だった。
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3. 挙動不審の貴婦人、あるいは琥珀色の沈黙
店内の奥まった特等席に、カトリーヌ・ド・アルジャンは座っていた。
「おっほっほ! お待ちしておりましたわ、レデアさん。……それに……」
カトリーヌがシュティアを見た瞬間、その高慢な笑みがわずかに強張った。彼女はさっと視線を逸らし、扇子で口元を隠す。
「……し、シュティアさん。あなたも、よく来ましたわね」
(……え? なにその、しおらしい反応。毒気が抜けてるっていうか……なんか気持ち悪い)
シュティアは内心で毒づきながらも、レデアの隣に座った。
「こんにちは、カトリーヌさん。素敵な場所ですね」
「ぎ、銀河一の貴婦人たるわたくしが、特別に最高級の席を用意して差し上げましたのよ! ありがたく思ってくださ……い、なさい……ですわよ!」
語尾が迷走している。カトリーヌは紅茶を持つ手が微かに震えていた。
三人の前には、見事な装飾のケーキと、透き通った琥珀色の紅茶が並べられた。
「わあ、美味しそう。シュティア、これ、最上級の茶葉ですね。香りが違います」
「うん、お姉ちゃん。……でも、おばさん。これ、私たちが食べる分には高級すぎるんじゃない? 毒でも入ってない?」
「だ、誰が毒なんて入れますの! わたくしはただ、先日の……その……仕事を完遂させたお礼を、と思って……」
カトリーヌはチラリとシュティアを見たが、彼女の鋭い視線とぶつかった瞬間、パッと顔を真っ赤にして視線を泳がせた。
「……特に、あの時の……船外での活動は、その……わたくしの不徳の致すところというか……その、助けてもらったことに、一応の、礼を言ってあげなくもありませんわよ!」
「……? おばさん、大丈夫? なんか顔赤いよ。熱でもあるの?」
シュティアはいつもの喧嘩腰も忘れ、素で心配して身を乗り出した。
「もし具合が悪いなら、今すぐゴールデンスター号に帰って寝たほうがいいよ。お姉ちゃんに変な病気が移ったら大変だし」
「な、ななな、なんでもありませんわよ! 熱なんてありませんわ! これは、その、店内の空調が効きすぎているだけですわ! おだまりなさい、この天然ストーカーお妹様!」
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4. 復活の黄金、あるいはいつもの茶番
カトリーヌの思わせぶりな態度は悉く空回りしていた。シュティアに全く伝わっていない。
「……ふふ。カトリーヌさん、シュティアの心配は無用ですよ。彼女は、人の感情の『機微』に関しては、宇宙のブラックホールよりも疎いですから」
レデアが涼しい顔でケーキを口に運んだ。
「お姉ちゃん、どういう意味!? 私はいつだってお姉ちゃんの感情のさざ波すら見逃さない、超高感度センサー搭載の妹だよ!」
カトリーヌはシュティアを見る、彼女は自身に向いている感情に対して反応が無さすぎる。
「……そういうところです。……ね、カトリーヌさん?」
レデアが視線で促すと、カトリーヌは深呼吸をして、ようやく扇子を閉じた。
どうやら、シュティアの「あまりの無自覚な鈍感さ」に、乙女心が一周回って冷めたらしい。
「……ふん! そうですわね。わたくしも、何を血迷っていたのかしら。こんなデリカシーの欠片もないアンカー女に、少しでも……いえ、何でもありませんわ!」
カトリーヌはいつもの高慢な表情を取り戻し、背筋を伸ばした。
「いいですこと? 今回は特別に奢って差し上げますけれど、次にお会いする時は、わたくしの圧倒的な実力であなたたちを跪かせてやりますわ! おーっほっほっほ!!」
「それだよ、それ! やっぱりおばさんは、そうやってうるさく笑ってないと調子が出ないよね。安心したよ、これで遠慮なくこの高いケーキを三つくらい追加注文できるし!」
「なんですって!? 厚かましいにも程がありますわよ、変質妹!」
バチバチと火花を散らす二人を眺めながら、レデアは静かに紅茶を啜った。
「……平和ですね」
「どこがだよお姉ちゃん!」
「どこがですのレデアさん!」
高級喫茶『巴里流銀河』に、場違いなほどの怒号と笑い声が響き渡る。
カトリーヌの不器用な感謝(あるいは恋心のようなもの)は、シュティアの鋼鉄の鈍感さによって、無事に「いつも通りの腐れ縁」へと昇華されたのであった。
「……あ、おばさん。このケーキの上の金粉、これっておばさんの船のメッキと同じ成分?」
「食べ物と一緒にしないで頂けるかしら!?」
シルバーアンカーの日常は、今日も今日とて、黄金色の騒々しさに満ちていた。