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1. 桃源郷の陥穽、あるいは二人の妹
シルバーアンカーの居住区、柔らかな午後の光が差し込むリビング。
シュティアはソファに深く腰掛け、心地よい静寂に身を委ねていた。はずだった。
「……あれ?」
ふと視界の端に違和感を覚え、右隣に目を向ける。そこには、いつの間にか一人の少女が座っていた。
「サ、サティさん!? いつからそこに……っていうか、どうやって船内に?」
「えへへ、お姉ちゃん。ずっと隣にいたよ?」
サティは太陽のような、眩いばかりの純真な笑みを浮かべた。そして、躊躇いもなくシュティアの右腕にしがみついてくる。
「あのね、お姉ちゃん。私、お姉ちゃんの妹になれて、世界で一番幸せ!」
「え、ええ!? い、いつの間にそんな契約したっけ……っていうか、お姉ちゃん呼びは反則だよサティさん!」
鼻の下を伸ばしそうになるのを必死に堪えていると、今度は左腕に、サティとは異なる質の温もりが重なった。
恐る恐るそちらを向くと、そこには赤い髪を揺らす無表情な少女――カノアがいた。
「……カノアちゃん!? あなたまでどうして……!」
「……お姉さん、私のこと、妹にしたいよね?」
「えっ、あ、いや、それは……可愛いなとは思うけど……」
「……決まり。今日から、私がお姉さんの本当の妹。この腕、離さない」
カノアは淡々とした口調で告げると、シュティアの左腕をがっちりとホールドした。
右には天真爛漫なサティ、左には寡黙な執着を見せるカノア。まさに「両手に花」、シュティアの煩悩が具現化したかのような光景だ。
「え、ええ……どうしよう、どうすればいいの……!? 嬉しいけど、これ、絶対あとで天罰が下るやつだよ!」
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2. 審判の足音、覚醒の衝撃
幸せと恐怖の板挟みになり、シュティアがじたばたとあたふたしていると。
リビングの自動ドアが、静かに開いた。
――ヒタ、ヒタ。
無機質な足音。シュティアの背筋に、滝のような冷や汗が流れる。
ゆっくりと顔を上げたその先に立っていたのは、銀色の髪を揺らし、完璧に「作り込まれた」笑顔を浮かべる姉――レデア・メイスだった。
「……あらあら、シュティア」
レデアの背後に、どろりとした漆黒のオーラが見えるのは気のせいだろうか。彼女は一歩、また一歩と近づいてくると、凍りつくような慈愛に満ちた声で囁いた。
「シュティアは、本当に妹を作るのが上手なんですね。……私という姉がいながら、こんなにも賑やかな家族を増やすなんて。素晴らしい『向上心』です」
「お、お姉ちゃん! 違うの! これは不可抗力っていうか、事故なのぉおおお!!」
レデアの瞳から光が消える。
彼女が静かに、手にした重い端末を振りかざした瞬間。
「うわあああああああ!!」
シュティアは絶叫と共に、ソファから転げ落ちた。
目の前には、いつものシルバーアンカーのリビング。テレビモニターでは穏やかなニュースが流れており、サティもカノアも、当然ながらどこにもいない。
どうやら、昼食後の心地よい日差しの中で、いつの間にか昼寝をしてしまっていたようだ。
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3. 真実の体温、あるいは独占の再確認
「……なんですか、騒々しい。いきなり叫んで、エクササイズの最中ですか?」
モニターのニュースを見ていたレデアが、不思議そうに振り返った。その手には辞書ではなく、いつものタブレット端末が握られている。
「お、お姉ちゃん……。本物、だよね? 怒ってないよね?」
「? 何か変な夢でも見たのですか。……顔色が悪いですよ、シュティア」
レデアが呆れたように近づいてきた瞬間、シュティアは弾かれたように飛び起き、姉の小さな体をギュギューッと力一杯抱きしめた。
「わっ!? な、なんですか、急に! 苦しいです、離しなさい!」
「お姉ちゃぁあああん!! やっぱりこっちが本物のお姉ちゃんだよね! 夢じゃないよね! 妹なんて一人も増えてないよね!?」
「もう、訳の分からないことを言わないでください。……早く顔を洗ってきなさい。せっかくの休日が台無しですよ」
レデアは口では文句を言いながらも、縋り付いてくるシュティアの背中を、仕方なさそうにトントンと叩いてなだめるのだった。