砕氷のアンカー、あるいは熱病の抱擁   作:エスカド

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48話:銀鎖の誓い、集う星々

◆◆◇◇◆◆

1. 守護の証明、あるいは銀光の機動

 

「お姉ちゃん、それにあれは……シルバーアンカー……!? どうして……っ!」

 

 通信回線から響くレデアの凛とした声に、シュティアは驚愕のあまり銀色の瞳を大きく見開いた。なぜ居場所が分かったのか、なぜ追ってこられたのか。頭の中に無数の疑問が駆け巡る。

 しかし――シュティアの肉体に染み付いた戦士としての本能は、一瞬たりともその操作を止めなかった。

 

「ルミエさん、しっかり掴まっていて……! 合わせます!」

「は、はい……っ!」

 

 シュティアは操縦桿を激しく押し込み、ルナ・ガイストの推進力を最大まで引き上げた。

 ターゲットは、シルバーアンカーが放った巨大な重力鎖(グラビティ・チェイン)によって姿勢を完全に崩し、宇宙空間で無防備に回転しているヴァルハイトの一機。

 ルナ・ガイストは漆黒の残光を引きずりながら急加速し、両翼に展開された純白のプラズマ・カッターの刃を煌めかせた。すれ違いざまの一閃。眩い閃光が暗黒の宙域を照らし、プラズマの牙に切り裂かれた敵機は、大爆発を起こして完全に沈黙した。

 

 残された二機のヴァルハイトは、一瞬にして形勢を覆されたことに焦りを見せながらも、即座に標的を満身創痍のルナ・ガイストから、突如乱入してきたシルバーアンカー号へと切り替えた。

 二機の軍用迎撃機が並列陣形を組み、今度はシルバーアンカーへ向けて容赦のない光の雨を斉射する。

 

『――私は、シュティアみたいにアンカーを器用に振り回すことはできません』

 

 激しいレーザーの咆哮が響く通信回線の中、レデアの声は驚くほど冷静に、そしてどこか誇らしげに紡がれていた。

 

『そして……私が一番自信を持っている操舵の技術だって、本当はあなたの技量にも天才的な反射神経にも適わないことくらい、最初から分かっていました』

 

 シルバーアンカー号は、レデアの繊細な指先によって導かれ、宇宙の海を滑るように踊った。迫り来る熱線の網、そのわずか数センチメートルの隙間を縫うようにして、船体を美しく傾けながら光の雨をことごとくかいくぐっていく。

 

『ですが……私はあなたの姉です。私はこれからももっと成長して、何でも屋としても、操舵士としても――いつかあなたを完全に上回ってみせます!』

 

◆◆◇◇◆◆

2. 姉の矜持、あるいは絶対の拒絶

 

 その言葉と同時に、ヴァルハイトの生き残りである一機の主砲が、極大のエネルギーを湛えて放たれた。空間を歪ませるほどの太い光条が、真っ直ぐにシルバーアンカーを貫くコースで殺到する。

 

「お姉ちゃんっ!!!!」

 

 遮るもののない直撃の軌道に、シュティアの悲痛な叫びがコックピットに響き渡った。

 しかし、その絶望的な叫びとは対照的に――放たれた主砲の熱線は、シルバーアンカーの機首のわずか数メートル手前で、まるで目に見えない壁に叩きつけられたかのように、激しく火花を散らして弾け、消滅した。

 

「え……?」

 

 シュティアの、そして敵機パイロットの視線の先。

 シルバーアンカーの船体前面に展開されていたのは、緻密で美しい、幾何学的な模様を描く青白い光の障壁だった。

 

「あれは……エネルギーフィールド……!?」

 

 ――【対消滅型エネルギーフィールド】

 

 シュティアは呆然と呟いた。

 それは、彼女が「もしもの時」のために、大好きな姉をあらゆる脅威から絶対に守るために、シルバーアンカーの最深部に極秘裏に搭載しておいた、規格外の特機エネルギーフィールドだった。

 

『お姉ちゃんは何でもお見通しですよ、シュティア。……あなたが私のために、この子に内緒でこんな凄いものを積んでくれたのでしょう?』

 

 通信口の向こうで、レデアがふっと柔らかく微笑む気配がした。

 シュティアが組み込んだそのフィールドの出力は、通常の軍用シールドを遥かに凌駕する。降り注ぐビームエネルギーを対消滅させて無効化するだけでなく、物理的に接触したデブリや装甲すらも、一瞬で分子レベルにまで蒸発させる絶対の盾。

 

『あなたの愛を、無駄にはしません……!』

 

 レデアは鋭く操縦桿を叩いた。シルバーアンカーの右舷から放たれたメインアンカーが、爆風を切り裂いて猛然と突き進み、主砲を撃ち終えたばかりのヴァルハイトの船体中央へと深く突き刺さる。

 

 アンカーを突き刺され、強引にワイヤーを引きずられたヴァルハイトは、激しく姿勢制御を乱した。機首が不自然に跳ね上がり、シルバーアンカーにも、ルナ・ガイストにも照準を合わせることができない。

 レデアはその隙を逃さず、前方に【対消滅型エネルギーフィールド】を最大出力で展開したまま、狂暴な突撃牛のようにその敵機目掛けて真っ直ぐにメインスラスターを噴射した。

 

「これでも喰らいなさいっ!!」

 

 絶対の盾を掲げたシルバーアンカーが、バランスを崩した敵機へと正面から激突する。フィールドの光に触れたヴァルハイトの装甲が融解していく。その戦闘力を完全に失うのに数秒と必要としなかった。

 

◆◆◇◇◆◆

3. 金色の軌跡、あるいは不意の盾

 

「残るは、あと一機……!」

 

 シュティアが操縦桿を握り直し、最後の一機へと照準を定めようとした。

 しかし、生き残った最後のヴァルハイトもまた、軍人としての冷徹な判断を失っていなかった。仲間が文字通り蒸発させられるのを目撃したパイロットは、正面からの激突を避け、シルバーアンカーの死角となる側面へと急速旋回。自らの船体を盾にするようにして、レデアの船の無防備な右舷側面へとすべての砲門を向けた。

 

 側面からのゼロ距離射撃。フィールドの展開が間に合わない、完全な死角。

 敵機の砲口が、眩い光を放ち、引き金が引かれようとした――その、まさに一瞬の刹那だった。

 

 激しいプラズマのスパークと共に、ヴァルハイトとシルバーアンカーの間の狭い空間に、猛烈な速度で割り込んでくる「一筋の金色の機影」があった。

 

 驚愕するかのように動きの止まる敵機。

 

 ヴァルハイトの砲口から放たれた極太のレーザー光線は、その金色の機影の前面に展開された特殊な極光の装甲に接触した瞬間――まるで鏡に反射したかのように、激しい火花を散らせて明後日の方向へと弾かれ、暗黒の彼方へと霧散していった。

 

 金色の装甲、絶体絶命の危機に割り込んできたその機体の姿に、シュティアは息を呑んだ。

 

「あの船……まさか……っ!」

 

◆◆◇◇◆◆

4. 高貴なる盾、あるいは不遜なる道化

 

「おーっほっほっほ! このわたくしの『ゴールデン・スター』に、そのような無粋な兵器、効きませんわよ!」

 

 通信回線を無理やりジャックして響き渡ったのは、頭痛がするほどに高飛車で、しかしこれ以上ないほどに心強い、あの高笑いだった。

 ヴァルハイトとシルバーアンカーの間に滑り込んだ金色の船体――それこそは、銀河一のお騒がせ令嬢であり、自称・シュティアの永遠の好敵手、カトリーヌ・ド・アルジャンの愛機であった。

 

「――銀河一高貴にして華麗なる何でも屋、カトリーヌ・ド・アルジャン、ここに鮮烈に参上いたしましたわ!」

 

「カトリーヌ……っ!」

 

 シュティアの驚愕の叫びと共に、コックピットのサブモニターにカトリーヌの傲慢なまでの美貌が映し出される。彼女は扇子で口元を隠しながら、ふんと鼻を鳴らした。

 

「あら、変質ストーカーの妹様。ずいぶんとひどい表情をなさっておりますわね。自慢の金髪も、そのお顔の血のせいで台無しですわよ?」

 

 コチコチに凍りついた軍人であるヴァルハイトのパイロットは、突如現れた金の成金船に激昂し、次なる一射をゴールデン・スターへ向けて放った。しかし、放たれた熱線は、金色に輝く特殊偏向装甲に触れた瞬間、やはり何事もなかったかのように宇宙の彼方へと弾かれていく。

 

「あまりに哀れで見ていられませんわ。わたくしの専属の一流医療チームを紹介してあげてもよくてよ?」

 

 相変わらずの憎まれ口を叩きながらも、カトリーヌの操舵技術は確かだった。ヴァルハイトが放つ執拗な射撃を、ゴールデン・スターの鏡面装甲で完璧に受け流し、いなし続ける。軍用機の猛攻を完全に一機で釘付けにしてみせるその姿は、間違いなく超一流のそれだった。

 

「さあ、レデアさん! そこの駄妹を連れて、即座に離脱なさい!」

 

 カトリーヌの鋭い叱咤に、シルバーアンカーのブリッジでレデアが力強く頷いた。

 

『――感謝します、カトリーヌさん! シュティア、今そちらへ行きます!』

 

 シルバーアンカー号が急速接近し、伸ばされたメインアンカーが、今度は攻撃のためではなく、壊れ物を保護するように優しく、ルナ・ガイストの機首へと接続された。レデアの繊細な手綱捌きにより、満身創痍のルナ・ガイストはシルバーアンカーの懐へと引き込まれ、敵の射線から遮断されるように距離を取っていく。

 

◆◆◇◇◆◆

5. 双炎の挟撃、あるいは戦場の閉幕

 

 最新鋭機でありながら、一介の民間船――それも悪趣味な金色の一隻に完全に攻撃を封殺されたヴァルハイトのパイロットは、これ以上は埒が明かないと悟ったのだろう。推進スラスターを逆噴射させ、強引に軌道を変えてゴールデン・スターの包囲網から脱出しようとした。

 

 ――その、進路を変えた瞬間だった。

 

 暗黒の宇宙空間を、青、そして赤の、相反する二色の鮮烈な閃光が駆け抜けた。

 

 交差した二条の光線は、逃れようとしたヴァルハイトの機体を正確無比に挟撃。最新鋭の重力偏向シールドを強引に焼き切り、その分厚い装甲も、自慢の兵装も、すべてを一瞬にして真っ黒に焦げ付かせた。すべての機能を物理的に融解させられた軍用機は、爆発の余波を散らしながら、完全に沈黙して宇宙の海へと漂流し始める。

 

『……ん。最大出力のレーザーだったのに、すっごくかたい』

 

『うふふ、それでも最新の軍用機を一撃で戦闘不能にできるなら、十分すぎる威力よぉ』

 

 通信回線に割り込んできた、淡々とした少女の声と、おっとりとした大人の女性の声。

 シュティアにとっても、そして救出されたルミエにとっても、それはつい先日聞いたばかりの、ひどく耳馴染みのある声だった。

 

「カノアちゃん……アスフィさん……!」

 

 硝煙と光の塵の向こうから滑り出すように現れたのは、深い紺色の船体に燃えるような赤いラインを刻んだ機体――何でも屋のライバル、カノアたちの操る『アクア・イグニッション』号だった。

 

 カトリーヌのゴールデン・スター、そしてカノアとアスフィのアクア・イグニッション。

 スバル・ステーションが誇る、最高に騒々しくて、最高に強力な仲間たちが、そこには揃い踏みしていた。

 

「み、皆……どうして……っ」

 

 シュティアの目から、今度こそぽろぽろと涙が零れ落ちた。

 過去の亡霊に追われ、一人で全てを終わらせようと飛び出した闇の底。そこに届いたのは、最愛の姉の鎖だけでなく、自分が新しく手に入れた「世界」の、温かい光そのものだった。

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