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1.銀河の辺境に浮かぶ、無骨な岩塊を削り出したような中継ステーション。
その一角にある、オイルと金属の匂いが染み付いた一画に、二人の姿はあった。
「……シュティア、やはり右舷のスラスター、先日のデブリ投げの負荷で軸が歪んでいます」
レデアが手元のタブレットを確認しながら、淡々とした、けれどどこか困ったような声を出す。
「ごめんね、お姉ちゃん。ちょっと張り切りすぎちゃったかな」
シュティアは殊勝な顔で応えるが、その実、内心では
「お姉ちゃんとの共同作業の結果」という事実に少しだけ悦悦としていた。
「このままでは次の採掘に支障が出ます。馴染みの店で部品を調達しましょう」
レデアが歩き出す。
その後ろを、大型犬のような歩調で、けれどその眼差しは蛇のように執拗に姉の背中を追いながら、シュティアが続く。
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2. 再会と「外の世界」
「いらっしゃいませ――あ、レデアさん。ひさしぶり!」
ジャンクパーツが所狭しと並ぶ『ハル・メンテナンス』の店内に、快活な声が響いた。
カウンターの奥から顔を出したのは、茶髪を高い位置でポニーテールに結った少女、サティだ。
彼女は作業着の袖で額の汗を拭うと、パッと花が咲くような笑顔でレデアに駆け寄った。
「サティさん、ご無沙汰しています。船のパーツを見繕いに来ました」
「もう、レデアさんったら相変わらず丁寧なんだから。ちょっと痩せた? ちゃんと食べてる?」
サティはごく自然な動作で、レデアの細い肩に手を置いた。
140センチの華奢なレデアと、それより一回り大きいサティ。
「いえ、摂取カロリーは計算通りです」
「またそんな可愛くないこと言って! ほら、顔見せて」
サティがレデアの頬を覗き込むようにして距離を詰める。
レデアはそれを嫌がる風もなく、淡々と、けれどどこか安心したような表情で受け入れている。
後ろに立つシュティアの視界に、その「接触」が焼き付く。
(……触ってる。お姉ちゃんの肩に。お姉ちゃんのパーソナルスペースに、あんなに簡単に)
「あ、後ろにいるのは……妹さんのシュティアさんですよね? 初めまして、かな」
サティが屈託のない笑みをシュティアに向ける。
「ええ、初めまして。いつも姉がお世話になっています、サティさん」
シュティアは完璧な微笑みを返した。声音は柔らかく、甘い。
姉以外に向ける「有能で安定した」自分を、一分の隙もなく演じてみせる。
「レデアさんの言う通り、凄い美人さんですね……シュティアさんの方がお姉さんに見えます」
サティはシュティアに対する純粋な感想を述べた。
本来なら喜ぶ場面だ。
しかし、自分の知らない所で姉と会話を交わしている事実にシュティアは焦燥を覚えた。
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3. 侵食する日常
「スラスターの軸ね、了解。レデアさん、こっち来て。代替品があるか在庫見てあげる」
サティがレデアの手を引き、店の奥へと誘う。
「助かります。あまり予算がないので、中古の良品があれば……」
「任せといて! 私たちが『何でも屋』を支えなくてどうするのさ」
二人の会話は弾んでいた。
レデアは必要最低限のことしか喋らないが、サティの軽妙な語り口に時折、わずかに口角を緩めている。
それは、シュティアの前で見せる「受け流す顔」とは違う、一人の少女としての、ごく普通の社交の顔だった。
シュティアは二人の数歩後ろを、音もなくついていく。
サティは良い子だ。
悪意など微塵もない。
ただ純粋にレデアを慕い、力になりたいと思っている善意の塊。
だからこそ、タチが悪い。
「ほら、これ。レデアさんの船に合うはず。ちょっと重いから、私が持ってあげる」
「いえ、自分で持てま――」
「いいのいいの、レデアさんはそんな細い腕で無理しちゃダメ!」
サティがレデアの手から重い金属パーツを奪い取るように持ち上げる。
その際、指先がレデアの指に触れた 。
シュティアの脳内で、何かが静かに、けれど確実に冷えていく。
(お姉ちゃんが笑ってる。お姉ちゃんが、私以外の人間と、あんなに自然に“外の世界”を共有している)
それは、シュティアが最も恐れ、同時に最も憎む光景だった。
レデアをショーケースに入れて飾っておきたい。
自分だけの、誰の手にも触れられない「黄金」として保護したい。
その願いを、サティの善意が土足で踏み荒らしていく。
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4. 静かなる澱
「今日はありがとう、サティさん。助かりました」
「いいってことよ! また何かあったらすぐ来なよ? おまけしちゃうからさ」
サティは最後まで元気いっぱいに手を振り、二人を見送った。
ステーションの閑散とした通路を、姉妹が歩く。
「いい人ですね、サティさんは。仕事も早いですし、頼りになります」
レデアが前を見据えたまま、ボソリと呟く。
「……そうだね、お姉ちゃん」シュティアが後ろから、そっとレデアの腰に手を回した。
そのまま、歩きにくいのも構わずに、レデアの背中に自分の体を密着させる。
「シュティア、またですか。歩きにくいと言っているでしょう」
「だって、お姉ちゃんが他の子と仲良くしてたから。寂しくなっちゃったんだもん」
いつもの「甘え」のトーン。レデアは「やれやれ」という風に肩をすくめ、そのままシュティアの重さを引きずるようにして歩き続ける。
だが、シュティアの瞳に宿る熱は、いつになく暗く、濁っていた。
(サティさんは、いい子。本当にいい子。……だから、あの子がそのままでいられるように、してあげなきゃ)
シュティアはレデアの首筋に鼻を寄せ、深く、その匂いを吸い込んだ。
(お姉ちゃんに、あの子の匂いがついてる。嫌だな。……今すぐ、私の匂いだけで塗り替えなきゃ)
「お姉ちゃん。今日のご飯、私が作るね。お姉ちゃんの好きなもの、たくさん用意するから。
……私の作った料理、沢山食べてね」
「その気持ちは嬉しいけれど、多すぎるのは困りますよ……」
レデアは気づかない。
シュティアの抱擁が、以前よりもわずかに強く、逃がさないという意志を孕んで、その体を縛り上げていることに。
「……大好きだよ、お姉ちゃん、ずっと私の腕の中にいてね」
シュティアの囁きは、排気音にかき消されてレデアの耳には届かなかった。