砕氷のアンカー、あるいは熱病の抱擁   作:エスカド

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50話:金と銀の姉妹、あるいは平凡の日常

◆◆◇◇◆◆

1. 黄金の毛玉、あるいは甘い侵入者

 

 事件から一週間が経過した。

 スバル・ステーションに差し込む擬似的な朝光が、シルバーアンカー号の主寝室を穏やかに照らしている。

 ベッドの中、レデア・メイスは、お気に入りのオレンジ色をした宇宙生物「ポム」のぬいぐるみを、胸元で愛おしそうに強く抱きしめて眠っていた。――はずだった。

 

「ん……む……」

 

 深い眠りの底から、レデアはゆっくりと意識を浮上させた。

 まぶたを開くと、目の前にはなぜか、見慣れたオレンジ色のフカフカした毛並みではなく、目も眩むような鮮やかな「金色の毛玉」が広がっていた。視線を少し横にずらせば、彼女が抱きしめていたはずのポムのぬいぐるみは、綺麗に、そして哀れなほど整然と枕の隣に直立不動で置かれている。

 

 レデアの機能停止した脳が、数秒の処理時間を経て事態を正確に把握した。

 金色の毛玉の正体は――彼女のお気に入りのシルクのパジャマに、無防備な顔ですりすりと頬を寄せ、不届き極まりない「よだれ」の染みを作りながら熟睡している実の妹、シュティア・メイスの頭頂部であった。

 

「…………シュティア」

 

 地を這うような声が、静かな寝室に響く。

 

「……う、ん……お姉ちゃん、の……パジャマ、すっごく……いい匂い……むにゃ……」

「起きなさい。この不法侵入電子ロック破り常習犯」

「わひゃんっ!?」

 

 レデアが空いている左手で、妹の柔らかい頬肉を寸分の容赦もなくギチギチとつねり上げると、シュティアは情けない悲鳴を上げて跳び起きた。

 

「痛い、痛いよお姉ちゃん! 朝からなんて破壊力のある目覚まし時計なの!?」

「それはこちらのセリフです! 最悪、百歩譲って抱き着いてくるのは認めましょう。ですが、私の特製シルクパジャマによだれを垂らすのは万死に値します。今すぐ洗濯機に飛び込みなさい!」

「お、お姉ちゃんのパジャマが気持ちよすぎるのが悪いんだよぅ……!」

 

 頬を押さえて涙目で弁解するシュティアの姿は、一週間前にあの血生臭い戦場で軍用機を相手に立ち回っていたメイル・ノアの面影など、文字通り塵一つすら残っていなかった。

 

◆◆◇◇◆◆

2. 双星の航跡、あるいは日常の歯車

 

「――ですから、よだれは絶対に不可です。何でも屋としての規律以前に、一人の淑女としての尊厳に関わります」

 

 場面は変わり、シルバーアンカー号のコックピット。

 パイロットシートに座るレデアは、コンソールのチェックを進めながら、未だに不満げに口を尖らせていた。その隣のコックピットで、シュティアは「ごめんなさい……」と小さくなって手を合わせながらも、どこか嬉しそうににこにこと笑っている。

 激しい死線の潜り抜けで負った額や腕の傷は、カトリーヌ専属医療チームのおかげで、今や跡形もなく完全に癒え、元の滑らかな白い肌に戻っていた。

 

「もう、反省しているなら結構です。さあ、仕事に行きますよ、シュティア。……彼らも待っていますしね」

 

 レデアたちの目線の横にもう一隻のくすんだ銀色の機影が鎮座していた。

 月光の亡霊――『ルナ・ガイスト』。

 あの激戦で満身創痍となり、一時は大破寸前まで追い込まれた艦だったが、今はシルバーアンカーの貨物ドックの傍らで、無数の自律メンテナンス・ボットたちが火花を散らしながら、一生懸命に外壁の修繕と再塗装を行っている最中だった。二度と隠す必要のなくなったその機体は、今やメイス姉妹の「第二の翼」として復活を遂げようとしていた。

 

 シルバーアンカー号はスバル・ステーションの重力圏を離脱し、輝ける星海へと滑り出した。

 本日の仕事は、命を救ったアルニラム重工からの直々の依頼――ステーション外縁部に新設される、巨大な商業用ホログラム広告塔の建造補助任務である。

 

 宇宙空間に浮かぶ巨大な金属の骨組みの間を、シルバーアンカー号は縦横無尽に飛び回った。レデアの正確無比な操舵によって船体はピタリと位置を固定され、シュティアが絶妙なコントロールで操作する万能なアンカーが、巨大な外装パネルを寸分の狂いもなくボルト穴へと嵌め込んでいく。

 

『おいおい、見ろよ、さすがメイス姉妹だ。あんな大型パネルを、手作業の半分以下の時間で設置しやがった』

『何でも屋に任せるには勿体ねえ操舵技術だな。おい、姉妹さんよ! 今日も助かるぜ!』

 

 外部回線から流れる現場作業員たちの威勢の良い褒め言葉に、レデアは通信のミュートを切り、凛とした声で返した。

 

「お褒め預かり光栄です。私たちは何でも屋ですから、どのような現場であっても完璧を尽くすのが信条ですので」

 

 テキパキと午前中の作業を終え、広告塔の影で短い休憩時間に入った。

 二人がコックピットで冷たい宇宙茶を飲みながらゆったりと寛いでいると、不意にコンソールがピピッ、と軽快な電子音を鳴らして通信の着信を告げた。

 レデアが画面をONにすると、メインモニターに、いつもの作業用ゴーグルを頭に引っ掛けたサティの姿が映し出された。彼女は自慢の茶色のポニーテールを嬉しそうに揺らしながら、画面の向こうで満面の笑顔を咲かせる。

 

『こんにちはレデアさん、シュティアさん! 休憩中ですか? 実はさ、すっごく状態の良い最新型の高出力軍用エネルギーコアが、闇ルート……じゃなくて、正規のジャンクギルドから格安で手に入ったんだよね! もしよかったら、シルバーアンカーのコア、これに交換してみない?』

 

「おや、エネルギーコアですか」

 レデアはカップを置き、少し顎に手を当てて考え込んだ。

「確かに、今の私たちのコアは少し型が古くなってきていましたね。先日の戦闘で、エネルギーフィールドを最大出力で無理やり展開した際にも、かなりコアに負荷がかかって消耗していましたし……」

 

『でしょでしょ? だからさ、アタシのイチオシ! 二人のためなら、超特別価格で交換工賃もタダにしちゃうよ!』

 

「それはありがたいお話ですが……本当に良いのですか? 他のお客さんより優先して、そんな破格で回していただいては申し訳ありません」

 

 レデアが少し恐縮したように言うと、サティは画面の向こうで悪戯っぽくウインクをして、いきなりシュティアの方へと視線を向けた。

 

『もっちろん、良いに決まってるって! いつも贔屓にしてもらってるし、何より――シュティアさんがさ、“そのうちサティさんを私の公式な妹にしてあげる”って、約束してくれたから』

 

「ぶっふーーーーっ!?」

 

 お茶を飲んでいたシュティアが、盛大にコックピットの床に中身を吹き出した。

 

「し、してない! してないから!! サティさん、何を言ってるの!? 適当な嘘を吹き込まないでよ、お姉ちゃんの目が、お姉ちゃんの目が怖いことになってるからーーーっ!」

『あはは! じゃあ、ドックで待ってるからねー!』

 

 プツリ、と笑い声と共に通信が切れる。

 焦りまくるシュティアの様子を見て、レデアはふっと、呆れたように、けれど心底愛おしそうに微笑んだ。サティが時折こうしてシュティアをからかい、シュティアが全力で狼狽する。そんな些細なやり取りさえも、今のレデアにとっては、何にも代えがたい大切な「日常の光景」そのものだった。

 

 

◆◆◇◇◆◆

3. 星々の喧騒、あるいは騒がしい隣人

 

「さあ、いつまでも騒いでいないで、午後の作業に戻りますよ」

「うう、サティさんの意地悪……。あ、でも、お姉ちゃんが笑ってくれてよかった……」

 

 シュティアが胸を撫で下ろし、再びクレーンアームの制御システムを起動した、その時だった。

 全作業区画に開放されている広域パブリック通信回線から、これ以上ないほどに高飛車で、鼓膜をキリキリと刺激するような声が響き渡ってきた。

 

『ちょっと! そこの右側の建付け、全くもってエレガントではありませんわよ! もっとこう、角度を十五度、いえ、三十度ほど傾けて、宇宙の美を表現しなさいな!』

 

 視線を遮蔽板の向こうに向ければ、いつの間にか現場の反対側に、眩いばかりの純金塗装を施された成金船――『ゴールデン・スター号』からカトリーヌが優雅に浮かんでいた。

 

「……また、あのおばさんが来た」

 シュティアが骨の髄からウンザリしたように呟く。

 

『――聞こえてますわよ、そこを歩く変質ストーカー駄妹!!』

 カトリーヌの通信が、凄まじい精度でシルバーアンカーへと割り込んできた。モニターの中の彼女は、今日も今日とてド派手な扇子をバサリと広げ、こちらを指差している。

『このわたくしの、銀河一素晴らしい芸術的センスに、あなたたち何でも屋では到底及びませんわ! どうです? どちらの仕事がより洗練されているか、今日こそこのスバルの星海で決着をつけようじゃありませんか!?』

 

 レデアとシュティアが呆れ果てて顔を見合わせていると、即座に、別の冷ややかな少女の声がカトリーヌの通信の背後から被さるように響いた。

 

『……金ぴかお姉さん。こっちのブロックの溶接、まだ終わってない。うるさいから、早く手を動かして』

 

「あ、カノアさん」

 レデアがモニターの端に映り込んだ紺色の船体を見て呟く。

 

『そうだぜ、お嬢! 講釈はいいから早くクレーンを動かしてくれ! 納期が遅れちまう!』

 周囲の現場作業員たちからも容赦のないヤジが飛び、カトリーヌは「な、なんですって!? わたくしに向かって納期などという世俗的な言葉を――!」と顔を真っ赤にしている。

 

『カトリーヌさん。お仕事の邪魔をしちゃ駄目ですよぉ~。さあ、後にしましょうね~』

 おっとりとしたアスフィの声と共に、カノアたちの操る『アクア・イグニッション』号が、船体下部から巨大な作業用マニピュレーターアームを展開。ゴールデン・スター号の装甲をガッシリと掴んだ。

 

『ちょっと!? 引っ張らなくても、引っ張らなくても行きますわよーっおっほっほっほ……!』

 カトリーヌの悲鳴のような高笑いを残し、金の船はアクア・イグニッションによってズルズルと強引に別の作業区画へと引きずられていく。

 

 去り際、カノアが通信回線に向けて、ふんと鼻を鳴らして挑発的な視線をレデアへと投げかけた。

『……ちっちゃいお姉さん(レデア)。今度、私が『ゲーミングギャラクシー』の対戦で、完璧に決着をつけてあげる。シュティアお姉さんに愛想を尽かされないように、せいぜい腕を磨いておくことね』

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 レデアは、完璧で、極めて美しい笑顔を浮かべた。――が、その額には、ピキピキと明確な青筋がこれでもかと立ち上っていた。

 

「それはこちらのセリフです、カノアさん。あなたをゲームで木っ端微塵に返り討ちにした後は、アスフィさんをお誘いして、大人同士の高尚で淑やかなお茶会を開催したいと思っています」

 

「わたくしも参りますわよ!」

 誰にも反応されないカトリーヌのセリフ。

 

「ええっ!? ダメだよお姉ちゃん、アスフィさんをお茶会に誘っちゃダメ! あの人はすっごく良い人で優しそうに見えるけど、だからこそ底が知れなくて一番危険なんだから! お姉ちゃんが丸め込まれちゃう!」

 

 シュティアが横から必死になってレデアの袖を引っ張る。そんな姉妹の喧騒を、通信画面の隅で見ていたアスフィは、「あらあら、うふふ」と、やはりどこまでも温和に、しかしすべてを見透かしたような大人の笑みを浮かべて見守っているのだった。

 

 そんな騒がしい仲間たちの介入もありながら、作業は極めてスムーズに、そしてつつがなく終了の時間を迎えた。

 

◆◆◇◇◆◆

4. 騎士の誘惑、あるいは妹の流儀

 

 広大な宇宙空間に、新設されたホログラム広告塔が鮮やかな光を放ち始めるのを確認し、メイス姉妹の船は帰路についた。

 シルバーアンカー号のコックピットに、再び一本の通信が入る。今度の発信元は、公共の回線でも、ギルドのルートでもなかった。画面に映し出されたのは、アルニラム重工の令嬢――ルミエ・アルニラムその人であった。

 

『お疲れ様でした、メイス姉妹。本日も、素晴らしい仕事ぶりだったと現場の者から報告を受けておりますわ』

 

「これはルミエさん。わざわざご連絡ありがとうございます」

 レデアは丁寧に応じたが、ふと、コンソールの暗号化インジケーターが妙な光り方をしていることに気づき、微かに眉をひそめた。

「……おや。ルミエさん、失礼ですが……この回線、ギルドの公式ラインではなく、完全な『暗号化個人回線』ですか?」

 

 指摘されたルミエは、画面の向こうで一瞬だけ気まずそうに視線を彷徨わせ、それから頬をポッと林檎のように赤く染めて小さく頷いた。

 

『は、はい……。どうしても、ギルドや管理局を通さずに、お二人と直接……その、連絡を取りたくて。お父様に少しだけ、無理を言わせていただきました……』

 

「……トップの職権乱用です」

 レデアは、大企業の財力と権力による強引なアプローチに、本気で少し青ざめた。

 

 しかし、ルミエはそんなレデアの反応を気にする様子もなく、画面の向こうで身を乗り出すようにして、助手席に座る金髪の妹へと熱い視線を送った。

 

『それで、どうでしょうか、シュティアさん? 先日お話しいたしました、わたくしの『騎士』になっていただくというお話は……。もちろん、レデアさんも同様に、我が家の最高待遇の専属として、共に温かく迎え入れたく思っておりますのよ?』

 

「う、うぐっ……」

 直球すぎるスカウト(求婚に近い熱量)を受け、シュティアは腕を縮こまらせながら、タジタジになって視線を泳がせた。

「そ、それは大変光栄なお話なんですけど……私は、その~、お姉ちゃんと一緒に何でも屋をやるのが、その、人生の目的というか……ですから、その~……」

 

 はっきりと断りきれずに、しどろもどろになるシュティア。

 その煮え切らない、けれどどこか優しい反応を見たルミエは、さらに頬の赤みを深め、胸の前で両手をギュッと握り締めた。

 

『……まあ。そこまで頑なに拒まれるということは、やはり、順序が違っていたのですね? でしたら――わたくしも、あなた様の『妹』になれば良いのでしょうか?』

 

「……はい?」

 シュティアの口から、間抜けな声が漏れた。

 

『お聞きしましたわ。まずは“妹(公式)”から関係を始めるのが、シュティアさんの、何でも屋としての『流儀(スタイル)』なのだと! まずは妹から始めて、それから信頼を深め、最終的に騎士となる……! 素晴らしい手順ですわ、喜んでその流儀に従います!』

 

「だ、誰ですかそんなデタラメなスタイルを吹き込んだのはーーーっ!?」

 

 シュティアが絶叫した、その瞬間。

 コックピット内の温度が、文字通り絶対零度まで急降下した。

 

「…………へぇ。シュティア。あなた、私の知らない間に、ステーション中の女の子を『妹』にするっていう、そんな不純不届きな流儀(ナンパ術)を確立させていたのですか」

 

 ギチギチギチ、と恐ろしい音を立てて、レデアの首が真横へと回転する。その銀色の瞳には、いかなる光も宿っていなかった。

 

「ち、違う! 違いますお姉ちゃん! そんな不名誉な流儀は我がメイス家には存在しないし、私も作ってないよ! 誰!? サティさん!? それともカトリーヌ!? ねぇ、本当にお姉ちゃん、信じて! 私の魂のお姉ちゃんは、世界で宇宙で歴史上で、レデア・メイスただ一人だけだからーーーーっ!!」

 

 滝のような汗を流しながら、シートの上で必死に五体投地せんばかりに弁明するシュティア。

 そのあまりに必死で情けない様子を見て、画面の向こうのルミエは、ついに堪えきれずに「ふふっ……あははは!」と、年相応の少女らしい、温和で楽しそうな笑い声を上げた。

 釣られるようにして、レデアの瞳にもいつもの温かい光が戻り、ふっと口元を綻ばせる。

 

『うふふ、冗談ですわ、シュティアさん。……でも、これからも、こうして仲良くしてくださいね。メイス姉妹の皆さん』

 

「ええ、喜んで。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします、ルミエさん」

 

 レデアがそう答えると、ルミエは満足そうに微笑み、穏やかに通信は終了した。

 

◆◆◇◇◆◆

5. 虹色の結晶、あるいは姉の眼差し

 

「はぁぁぁ……死ぬかと思った。お姉ちゃんの今の視線は私の生存確率を確実に一桁まで下げてたよ……」

 

 一息ついた船内。シュティアは胸を撫で下ろし、汗で失った水分を補給するために、コンソール脇の冷えた宇宙茶を勢いよく喉へと流し込んだ。

 平穏な日常の空気がコックピットに戻る中、シュティアの脳裏に、あの日からずっと抱いていた「一つの純粋な疑問」が浮かび上がった。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。……今だから聞いてもいい?」

「何ですか、改まって」

「あの時さ…私の船(ルナ・ガイスト)の位置を正確に突き止めて、あんな完璧なタイミングで助けに来られたの?」

 

 シュティアの言葉に、レデアは操縦桿からそっと手を離し、椅子の向きを回転させて妹と真っ正面から向き合った。

 レデアは、至極当然のことを口にするように、淡々と言い放った。

 

「決まっているでしょう。――シュティア、あなたはいつも、私の服や持ち物に内緒で発信機(GPS)を仕掛けていますよね?」

 

「……え」

 シュティアの動きが、完全に、氷結したように固まった。手にしたコップが、微かに震える。

 

「え、えーと……その、あはは、何のことかな……? 付ける……付けた、かなぁ……? あは、あははは……」

「ごまかせると思わないでください。私はあなたの姉ですよ」

 

 レデアは呆れたように息を吐きながらも、その銀色の瞳に、どこまでも深い優しさと慈愛を湛えて妹を見つめた。

 

「あなただけが、私のことを心配しているわけではないのです。挙動不審だった私の可愛い妹が、一人でどこへ向かうのか……姉として心配になるのは当然でしょう?それに――」

 

「あなたが私のために、シルバーアンカーの最深部へ内緒で『対消滅エネルギーフィールド』を組み込んでいた形跡。……あれをドックのシステムで調べていた時に、あなたの残した裏ネットワークの接続経路(プロトコル)が逆探知で分かったのです。お姉ちゃんは何でもお見通しですよ、シュティア」

 

 レデアはシートから立ち上がり、シュティアの前へと歩み寄ると、その包帯の巻かれた額へと、自身の細い指先を優しく、本当に優しく滑らせた。

 

「たとえ……あなたの過去が、私よりずっと過酷で、技術において、あなたの方が私より遥か上でも。あなたが私の『年上の妹』だとしても――今、あなたの『お姉ちゃん』は、私ですから」

 

「…………っ」

 

 シュティアの黄金色の瞳から、今度こそ、熱い涙がポロポロと溢れ出した。

 どんな過去を背負っていようと、どれほど手が汚れていようと、たとえ自身の中にあるどんな仄暗い執着や漆黒の感情があろうとも

 この人は自分の「姉」として、どこまでも真っ直ぐに自分を愛し、守ってくれる。その事実が、彼女の魂のすべてを救っていた。

 

「うん……うん! お姉ちゃん……!」

「はいはい、泣かないの。またパジャマで拭くのは禁止ですからね」

 

 笑い合う二人のコックピットの背後、キャビンの棚の上には、かつてシュティアがレデアを探し求めた時に支えになった「冒険譚の古書」が置かれていた。

 そしてその隣には、二人があの遥かなる小惑星帯の深部で見つけ出した、世界で一番美しい『虹色の結晶』が、シルバーアンカー号の進むべき未来を祝福するように、七色の光を放って静かに、けれど永久に輝き続けていた。




姉妹の物語は一旦ここで一区切りになります。
続きを現在執筆中ですので、応援して下さったら有り難いです!
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