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5. 完璧な騎士、あるいは防戦一方のエスコート
スバル・ステーションの上層、一般人立ち入り禁止、会員制の高級展望レストラン「アルニラム・ビュー」。
ガラス越しに煌めく美しい星々を背景に、シュティアは内心で冷や汗を流しながら、彫刻のように端正な顔で佇んでいた。
「……シュティアさん。そのお姿、本当に、本当に素敵です……っ! まるで古い電子絵本に出てくる、お姫様を守る本物の騎士様みたいで……。深紺のスーツが、シュティアさんの綺麗な黄金色の髪にもの凄く映えていますわ!」
対面に座るルミエ・アルニラムは、頬を薔薇色に染め、弾んだ声でシュティアをこれでもかと褒めちぎる。レデアに仕込まれたフォーマルスーツ姿のシュティアは、ビジュアルだけなら銀河一の騎士だった。
「あ、ありがとうございます、ルミエさん。……ですが、私などはただの何でも屋でして、騎士だなんてそんな……」
「いいえ! 少なくとも今日の私は、世界で一番贅沢なエスコートを受けさせて頂いている自信がありますわ」
嬉しそうに、けれどお嬢様らしく上品に微笑むルミエ。シュティアは普段、ステーションの女性たちを無自覚に誑かしている側だが、ここまで真っ直ぐに、かつ純粋な好意をぶつけられると、完全にペースを握られて防戦一方になるしかなかった。
「さあ、シュティアさん。今日はお仕事の『打ち合わせ』ですけれど……まずはこの、アルニラム重工特製のデザートをいただきましょう? はい、シュティアさんもどうぞ」
楽しそうに笑うルミエに、シュティアは「あ、ありがとうございます……」と返すのが精一杯だった。
(お姉ちゃん助けて! 純粋に眩しすぎるよぉ……!)
シュティアは心の中で愛しの姉の名を叫びながら、完璧な微笑みの仮面の下でガタガタと震えていた。
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6. 遠距離監視、あるいは外野のやきもき
一方その頃、レストランから少し離れたモールの一角。
物陰から、ハンバーガーショップの紙パックを不自然に掲げ、ホログラムメニューで顔を隠している二人組の姿があった。レデアとカトリーヌである。
妹がうまくやっているのかという姉としての僅かな心配と好奇心、そして何より「重すぎる愛の監視役」から解放されたレデアがカトリーヌを誘って尾行に赴いたのだ。
『ちょっとレデアさん! なんですのあの状況は!?』
カトリーヌが自身の縦ロールを小刻みに揺らし、声を潜めながら焦ったように言った。
『ルミエさんのあの嬉しそうな顔! なのにあの変質妹は、ただ気まずそうに微笑むだけ! あの朴念仁!』
「カトリーヌさん、声が大きいです。……それにシュティアは、相手の好意を『親愛』だと勘違いしたまま、完璧なエスコートをしてしまう。致命的に乙女心に鈍感なのです」
レデアは冷静に分析しつつも、ルミエが落としたナプキンを、信じられないほど滑らかなモーションで拾い上げて手渡している妹を見た。ルミエがさらに顔を赤らめて嬉しそうにしている。
『う、うう……! 見ていてこっちがやきもきしますわ! ほらシュティアさん、そこはもっと女の子が喜びそうなセリフを言えないのですの!?』
カトリーヌは文句を言いながらも、ルミエの可愛らしいリアクションとシュティアのポンコツっぷりに完全に釘付けになり、レデアと一緒に身を乗り出していた。
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7. 氷上のハプニングと、忍び寄る視線
デートの後半、二人はレストラン併設の「低重力ホログラム・アイスリンク」へと移動していた。
きらびやかな光が舞う中、シュティアはルミエの手を優しく引き、完璧なバランス感覚で氷の上を滑っていた。
「ふふ、本当に楽しいです、シュティアさん……!」
「それは良かったです、ルミエさん。おっと、足元が滑りやすいので気をつけて」
その時だった。近くを滑っていた一般客の子供がバランスを崩し、ルミエの方へと猛スピードで突っ込んできた。
「あっ――!?」
ルミエが短い悲鳴を上げる。常人であれば衝突を避けられないタイミング。
だが、シュティアの肉体はいち早く反応した。
「――しまっ」
シュティアは反射的にルミエの細い腰をガッチリと抱き寄せると、自身の長身を滑らかに回転させた。低重力を利用し、突っ込んできた子供を片手でふわりと受け止め、怪我のないように氷上へ着地させる。
そして自身は、ルミエを抱きとめたまま、まるでフィギュアスケートのペアダンスのような美しい姿勢でピタリと静止した。
「……大丈夫ですか、ルミエさん。お怪我は?」
シュティアは通常モードの、慈愛に満ちた聖母のような微笑みを浮かべて覗き込んだ。
あまりにも完璧なヒーロー・ムーブ。
「……は、はい……っ。ありがとうございます、シュティアさん……!」
ルミエは顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「――あ」
その直後、シュティアの鋭い視線が、リンクの陰から顔を出していた「見覚えのある銀髪」と「金ぴかの縦ロール」を捉えた。元プロフェッショナルの索敵能力を舐めてもらっては困る。
その視線に気づいた瞬間、レデアとカトリーヌは「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、脱兎のごとくその場から退散していった。
デートの終わり、エアロックの前。
ルミエは名残惜しそうにしながらも、とても満足そうな笑顔でシュティアを振り返った。
「今日は本当にありがとうございました、シュティアさん。今回のスーツ姿はとても素敵でしたけれど……」
ルミエはいたずらっぽく、くすくすと笑った。
「次はぜひ、可愛らしいワンピースや、美しいドレスを着たシュティアさんも見てみたいですわ。ふふ、それではごきげんよう」
「えっ、あ、ワンピース……!? ドレス……っ!?」
去りゆくお嬢様の背中を見送りながら、鏡の中の騎士は完全にフリーズし、唖然とした表情を残すのみだった。
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8. 騎士の帰還、あるいは姉の誤算
ガコン、プシューッ。
シルバーアンカーのエアロックが開き、シュティアが戻ってきた。
リビングのソファで「ゆっくり休んでいましたよ」という風を装い、お茶を飲んでいたレデアは、努めて淡々と声をかけた。
「おかえりなさい、シュティア。アルニラム重工の令嬢のエスコートはうまく――」
「お姉ちゃん」
低い、地を這うような声だった。
シュティアはフォーマルスーツのジャケットを脱ぎ捨てながら、珍しく本気でぷりぷりと怒った顔をして、レデアの前にずいっと歩み寄ってきた。
「……な、何ですか」
「お姉ちゃん、私のことつけてたよね? しかも、あの金ぴかおばさんと一緒に」
「――っ」
レデアの肩がビクッと跳ねた。いつもなら「お姉ちゃん、ただいまぁぁぁ!」と抱きついてくるはずの妹が、完全に怒りモードで自分を見下ろしている。
「い、いえ、それは何のことでしょう。私はカトリーヌさんとシミュレーターのスコアを競っていただけで――」
「ひどいよお姉ちゃん! 一人で行けって命令したのに! 私がお嬢様にペース握られて泣きそうになってるの、面白がって見てたんだ! しかも、帰ってきたらお姉ちゃんの服から、かすかにカトリーヌの香水の匂いがする……! 私を放り出して、あいつと二人でデートしてたの!? 浮気だよ!!」
「う、浮気ではないです! 人聞きの悪いことを言わないでください……っ!」
レデアの肩がビクッと跳ね、完全に図星を突かれたように視線を泳がせた。しかし、観念したように小さな息をつくと、顔を赤らめながら渋々と白状した。
「……そ、その、あなたのことが心配でつい、お姉ちゃんとして妹がちゃんとやれているのか気になって……。カトリーヌさんを誘ったのも、私一人では首根っこ掴まれて追い出されるかもしれないと思ったからで……! そう、これは姉としての責務です!」
「へぇー、姉としての責務、なんだ?」
シュティアの目が、じろりと怪しく光った。
「じゃあ、お姉ちゃんがそんな可愛い言い訳をして私を裏切ったんだから――私がお姉ちゃんをなでなですりすり、もみもみするのも、妹としての責務だよねっ!?」
「なっ、何を言って――きゃあっ!?」
そう言うや否や、シュティアはレデアを軽々と抱きかかえて自身の膝の上に強引に収めると、凄まじい勢いでその銀髪に顔をすり寄せ、小さな体をいじくりまわり始めた。
「ちょっと、どこを触っているのですかシュティア! もみもみするのをやめなさい! こら、くすぐったいです……っ、ひゃははっ、離しなさい!」
「離さない! お姉ちゃんのいじわる! 今日は明日の朝まで、責務として全身全霊で可愛がってあげるからねー!」
たじたじになりながら真っ赤になってジタバタと暴れる15歳の姉と、完全にへそを曲げておもちゃを手に入れた大型犬のようにいじくりまわす24歳の妹。
シルバーアンカーのリビングには、いつもの倍以上のやかましさと、文字通り物理的に重苦しい「日常の熱量」がノンストップで吹き荒れるのだった。