砕氷のアンカー、あるいは熱病の抱擁   作:エスカド

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54話:プラネタリウムハンマー投げ、あるいは双子星の揺るぎなき日常

 ◆◆◇◇◆◆

 1. 星屑のキャッチボール

 

 今回の依頼は、メイス姉妹にとって本当に久しぶりとなる、極めてオーソドックスな「宇宙鉱石の採掘・調査」であった。

 ギルドからの情報によると、遥か遠方の未探査宙域から、凄まじい高速でこちらの小惑星帯へと向かって飛来してくる特殊な単独小惑星が観測されたという。その質量自体はさほど大きくないものの、事前スキャンによって、内部に極めて高純度のレアメタルが大量に含まれている可能性が浮上したのだ。

 しかし、その移動速度があまりにも速すぎるため、通常の採掘船では接近してスキャンすることすら困難だった。そこで、辺境のデブリ帯を我が庭のように飛び回るシルバーアンカーに、「対象の小惑星の慣性運動を物理的に停止させ、内部構造の初期調査を行ってほしい」という白羽の矢が立ったのである。

 

「前方宙域、まもなく目標の小惑星が本セクターに進入します。……来ますよ、シュティア!」

 

 レデアの鋭い声と共に、メインモニターのレーダーに赤く点滅する光点が現れた。それは周囲のデブリを文字通り弾き飛ばしながら、弾丸のような速度で迫りくる、直径数十メートルほどの歪な形をした岩塊だった。

 現在のシルバーアンカーの船内は、無駄な装飾のない機能美に満ちており、コンソールには無数の計器が整然と並んでいる。

 

「すごいスピードだね、お姉ちゃん。普通にぶつかったらシルバーアンカーの装甲なんて一発で消し飛んじゃうよ」

「分かっています。ですから、正面から受け止めるような愚は犯しません。……シュティア、『牽引アンカー』の最大出力固定、および衝撃吸収バッファの同期を開始してください」

「了解。いつでもいけるよ、お姉ちゃん」

 

 シュティアの指先が、戦闘時とはまた違う、職人のような正確さで管制レバーを固定していく。

 シルバーアンカーがその場に静止したまま小惑星を待つのではない。レデアは絶妙なスラスター制御によって、迫りくる小惑星の軌道とほぼ並行になるように船体を加速させ、その「隣」へとピタリと並走する形を作り出した。相対速度をゼロに近づける――レデアの真骨頂である精密操舵だ。

 

「今です! 放ちなさい!」

「えいっ」

 

 シュティアが射撃トリガーを引くと、シルバーアンカーの船首から、極太の分子織高張力ワイヤーを備えた『牽引アンカー』が凄まじい勢いで射出された。アンカーの鋭い超硬合金の爪が、高速回転する小惑星の岩肌へとガッチリと喰い込む。

 

 ズ、ズン……ッ!!

 

 直後、船体へと凄まじい慣性エネルギーの逆流が襲いかかった。安全弁の警報がコックピット内にけたたましく鳴り響き、船全体がミシミシと軋み声を上げる。

 だが、レデアは冷静だった。140センチの小さな体をシートに深く沈め、操縦桿をミリ単位で操作しながら、船体各所の逆噴射スラスターをパルス状に点火させていく。ワイヤーをじわじわと巻き取りながら、小惑星の持つ運動エネルギーを、シルバーアンカーの質量と推力を使って段階的に殺していくのだ。

 

「エネルギーの相殺、残り15パーセント……10……5……システム安定。小惑星、完全停止しました!」

「さすがはお姉ちゃん! 宇宙一のパイロットだね!」

「まだ安心できません、すぐに調査に入ります。シュティア、採掘用レーザーを照射して、表面の不要な岩殻を剥離(パージ)してください。内部のコアを露出させます」

「了解、お仕事開始!」

 

 シュティアがコンソールを切り替えると、シルバーアンカーの主砲口から、青白い高出力の採掘用レーザーが細く鋭く照射された。

 ジ、ジジジ……と真空の宇宙空間に無音の熱線が走り、小惑星の表面を覆っていた黒ずんだ宇宙塵や不純物を含んだ岩石が、一瞬にして蒸発し、あるいは光の塵となって周囲へと吹き飛んでいく。シュティアのレーザー照射技術は極めて正確で、内部のレアメタル層を一切傷つけることなく、まるで果物の皮を剥くかのように、外壁だけを美しく削り落としていった。

 

 やがて、レーザーによって剥かれた小惑星の中心部から、人工の星光を反射して怪しく、そして美しく輝く、純度100パーセントに近い虹色のレアメタル結晶体が姿を現した。

 

「……素晴らしいですね。これはギルドの予想以上の埋蔵量です。これだけのデータがあれば、今回の報酬はかなりの額に――」

 

 レデアが満足そうにモニターを見つめた、まさにその時。

 コックピットのアラートコンソールが、突如として別の、不穏な重低音の警報を鳴らし始めた。

 

『警告。接近する未識別艦、3隻。武装を展開しています』

 

「……あー、お客様が着ちゃったね」

 

 シュティアはのんびりと告げた。

 メインモニターに映し出されたのは、あちこちに不恰好な装甲板を貼り付けた、いかにも悪趣味な武装採掘船――この宙域を根城にするレイダー(宇宙海賊)どもの船だった。

 

『ヒャッハー! 運がいいぜ! 何でも屋の小船が、極上の獲物を綺麗に剥いて待っていてくれたらしいなぁ!』

『おい、ガキども! その小惑星と船の全財産を置いて、今すぐ命乞いをしな! さもなきゃそのボロ船ごと宇宙の塵にしてやるぜ!』

 

 公共帯域の通信回線から、品性の欠片もない男たちの罵声と下品な笑い声が響き渡る。

 レデアは「はぁ……」と、心底不愉快そうに、そして深い、深い溜息をついた。

 

「どうして辺境の荒くれ者という生き物は、こうも学習能力が皆無なのでしょうか。人の仕事を横取りしようだなんて、恥を知りなさい」

「お姉ちゃん、どうする?アンカーでコックピットブロック叩き割っても良いけど」

 おっとりとした声で、とんでもなく物騒な提案をする妹。

 

「いえ、過剰防衛でギルドから罰金や活動停止処分を食らうのは御免です。……幸い、私たちの手元には、ちょうどいい『質量兵器』があるではありませんか」

 

 レデアの言葉に、シュティアはニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべた。二人の呼吸は、説明するまでもなく完璧に同期している。

 

「シュティア、アンカーのロックはそのまま! 船体、最大出力で旋回(ロール)します!」

「了解! いつでも投げられるよ、お姉ちゃん!」

 

 レデアが操縦桿を限界まで引き絞り、シルバーアンカーのメインスラスターが爆発的な光を放った。船体は、ワイヤーで繋がれたままの「レアメタルてんこ盛りの超高質量小惑星」を引きずりながら、宙域で大きく円を描くように猛烈な勢いで回転を始めた。

 それはまるで、宇宙を舞台にした前代未聞のハンマー投げのようだった。遠心力によって、小惑星の持つ質量エネルギーが爆発的に膨れ上がっていく。

 

『な、なんだぁ!? あのボロ船、小惑星を振り回して――』

『おい、嘘だろ!? こっちに来るぞ! 回避、回避ィーー!!』

 

「不法略奪未遂の罰です。……喰らいなさい!!」

 

 レデアの叫びと同時に、シュティアがアンカーのパージスイッチを叩いた。

 最高速に達した瞬間、ワイヤーのロックが解除され、解放された超高質量の小惑星が、凄まじい弾道を描いてレイダーたちの旗艦へと向かってカッ飛んでいった。

 

 逃げ遅れたレイダーの先頭艦の右舷装甲に小惑星が直撃し、その強烈な質量の一撃によって、船体はコマのように激しく回転しながら遥か彼方のデブリの山へと弾き飛ばされていった。

 残りの2隻は、自分たちの何倍もある巨体が文字通り「ゴミのように一撃で吹っ飛んだ」光景を目の当たりにし、完全に戦意を喪失した。

 

『ヒ、ヒィィィ!? 化け物かよあいつら! 逃げろ、巻き込まれるぞ!!』

 

 捨て台詞を残す余裕すらなく、レイダーの残党船は蜘蛛の子を散らすように急反転し、猛スピードで宙域から逃げ去っていった。

 

 ◆◆◇◇◆◆

 2. 日常の包囲網

 

「……ふぅ。やれやれ、お掃除完了ですね。調査データは全て保存してありますし、ギルドへの報告書には『正当防衛によるデブリ排除行為』と記載しておきましょう」

 

 コックピットのコンソールをパチパチと叩きながら、レデアはふぅと一息ついた。久しぶりの本格的な宇宙作業と、いつもの突発的なドタバタ劇を終え、心地よい達成感が船内を包み込む。

 

「さすがはお姉ちゃん、今日も完璧な操舵だったよ! レイダーをハンマー投げで一網打尽にするなんて、やっぱりお姉ちゃんは宇宙一過激で可愛いなぁ!」

「過激は余計です。……さあ、スバル・ステーションに帰還しますよ。帰ったら、今回の報酬でシルバーアンカーの新しいセンサーモジュールを注文しなければ――」

 

 レデアが帰還ルートをセットしようとした、その時。

 シュティアが射撃席から音もなく立ち上がり、気がつけばレデアの椅子の真後ろ、逃げ場のない至近距離にまで音もなく忍び寄っていた。その鋭くも美しい美貌には、底知れない、けれど最高に楽しそうな悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

 

「ねぇ、お姉ちゃん? お仕事、終わったよね?」

 

「……はい? 終わりましたが、何か」

 

「じゃあ、さっきシミュレーターの前で言ってたこと、忘れてないよね?」

 

 シュティアの長い腕が、レデアの小さな肩を後ろからガシッと、けれど優しく包み込むようにホールドした。

 

「え? さっき、と言いますと……」

 

「お姉ちゃん言ってたよね? 『私はシュティアを超えるために、私も強化です!』って! お姉ちゃんがそこまで向上心に燃えてるなら、妹として、専属トレーナーとして、全力で全身を『強化』してあげなきゃ!」

 

「なっ、何を言って――」

 

「まずは肉体の柔軟性と精神の緩和を高めるための、超濃厚すりすりもみもみハグ&なでなで充電タイム、1時間コースの開始でーす!」

 

「きゃあっ!? ちょっと、どこを触っているのですかシュティア! もみもみするのをやめなさい! こら、脇腹はくすぐったいです……っ、ひゃははっ、操縦桿に手が届かないでしょう、離しなさい!」

 

「ダメー! これもお姉ちゃんがさらに強くなるための『強化特訓』だからね! ほらほら、お姉ちゃんの銀髪、今日もすっごく良い匂いがする~! すりすり、もみもみ~!」

 

「全く意味が分かりません! あなたのこれはただの職権乱用……いえ、シスコンの暴走です! 離しなさい、この大型犬……っ、ひゃはははっ、やめっ……!」

 

 自動操縦へと切り替わったシルバーアンカーのコックピットの中で、たじたじになりながら真っ赤になってジタバタと暴れる15歳の姉と、完全にへそを曲げていたのを取り戻すかのようにおもちゃを手に入れた大型犬のようにいじくりまわす24歳の妹。

 

 窓の外では、スバル・ステーションの擬似的な光が優しく輝いている。

 シルバーアンカーの船内には、いつも通りの姉妹の賑やかなやりとりがノンストップで吹き荒れるのだった。

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