砕氷のアンカー、あるいは熱病の抱擁   作:エスカド

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7話:不器用なアンカー、不純な涙の飛沫

 ◆◆◇◇◆◆

 1. 唐突な提案と「人間椅子」のオファー

 

 

 作業船の共有スペース。レデアが紅茶を置き、淡々とした、しかし決意を秘めた声で切り出した。

 

「シュティア。今日の回収作業、私がアンカーの操作をしてもいいですか?」

 

 その瞬間、シュティアの手からタブレットが滑り落ちた。

「えっ……お、お姉ちゃん? ど、どうして? 私のアンカー捌きに不満が? それとも、私の射撃が荒っぽくてお姉ちゃんの操舵を乱してしまったの……!?」

 

「いえ、そうではありません」

 

「なら大丈夫! お姉ちゃんはそこに座っているだけでいいの。何なら私が椅子になる。腕でも足でも、好きな部位をコンソール代わりにして! はい、どうぞ!」

 

 膝を突き、文字通り「人間椅子」になろうとするシュティアを、レデアは半拍おいてから、いつものようにスルーした。

 

「私も射撃やアンカーを覚えて、シュティアの役に立ちたいんです。いつまでも甘えてはいられませんから」

 

 シュティアの動きが止まる。数秒の沈黙。

 

「……役に立ちたい? 私の……?」

 

 みるみるうちにシュティアの瞳に大粒の涙が溜まり、次の瞬間、滝のような勢いで溢れ出した。

 

「お姉ちゃん……! なんて健気で、尊くて、破壊的な愛……! わかりました、今日はお姉ちゃんの好きにして!

 私が責任を持って、お姉ちゃんの指先一つまでバックアップするね!」

 

 ◆◆◇◇◆◆

 2. 慣れない作業と、熱すぎる視線

 

 

 現場は放棄された貨物船のデブリ帯。

 レデアがアンカーのトリガーを握る。普段の精密な操舵とは勝手が違うのか、射出されたアンカーはあらぬ方向へ飛び、宇宙空間を虚しく泳いだ。

 

「あ……」

「いいわお姉ちゃん! 今の軌道、まるで新種の星座のようだった! 宇宙の深淵をなぞるような素晴らしいミスショットです!」

 

 シュティアは操舵席で身を乗り出し、一生懸命にコンソールと格闘するレデアの横顔を、鼻血が出そうな勢いで見守っている。

 

「シュティア、操舵が完璧すぎて、船体が微塵も揺れませんね。おかげで……少しだけ、操作しやすいです」

 

 レデアが少し頬を染めて(操作に苦戦しているだけかもしれないが)褒めると、シュティアは「デレデレ」という擬音が物理的に聞こえそうなほど顔を崩した。

 

「ふふ、ふふふ……お姉ちゃんに褒められた……今日のこのログ、1テラバイトの最高画質で保存して家宝に……」

 

 

 ◆◆◇◇◆◆

 3. 迫る危機と「偶然」の神技

 

 

 その時、貨物船の奥から巨大な装甲板の残骸が、ガス爆発の余波で猛スピードで射出された。

 

「レデアさん! 直撃コースです!」と通信パネル越しに依頼主の悲鳴が上がる。

 

 回避すれば、せっかくレデアが苦労して詰め込んだ納品用コンテナが粉砕される。

 

「……っ!」

 

 レデアが固まった瞬間、シュティアの目が「仕事モード」の鋭い光を放った。

 

「このっ」

 

 シュティアはレデアの手を汚させないと言わんばかりに、マニュアル操舵に切り替えると、船体をコマのように急速反転させた。

 遠心力を乗せ、射出されたまま漂っていたアンカーのワイヤーを、「ラケット」にするようにして振り抜く。

 

 ガギィィィィィン!!

 

 金属音なき宇宙で、衝撃だけが伝わる。アンカーのヘッドが野球のバットのように装甲板を捉え、遥か彼方へと打ち返した。

 

「な……船体操作だけでアンカーを打ち返したのか!? なんて技術だ!」

 通信越しに驚愕する依頼主。

 

 シュティアは乱れた髪を優雅に整え、何事もなかったかのように微笑んだ。

「……偶然ですわ。お姉ちゃんのアンカーが、あそこに『あった』おかげですもの」

 

 その横で、レデアは自分の出番が結局なかったことに、ほんの少しだけ口を尖らせていた。

 

 ◆◆◇◇◆◆

 4. 帰還と、拗ねたアンカー

 

 

 作業船がドックに静かに接続されると、船内にようやく日常の空気が戻ってきた。

 

 ハッチが閉まり、無重力制御が解除される。

 床に足がついた瞬間、レデアは小さく息を吐いた。

 

「……お疲れ様です、シュティア」

 

「お姉ちゃんもお疲れ様! 今日のログは既に三重バックアップ済みだよ!」

 

 満面の笑みでサムズアップするシュティアに、レデアは一瞬だけ視線を逸らし、それからゆっくりと頷いた。

 

「……操舵、とても見事でした。あの反転とワイヤーの使い方……正直、私には真似できません」

 

「……っ!」

 

 シュティアの頬が一瞬で緩み切る。

 だがその直後、レデアはほんの少しだけ、唇を尖らせた。

 

「ただ……今日は、私の出番があまりなかったのは……少しだけ、残念でした」

 

 ぽつりと零れた本音。

 

 それは責めるでもなく、拗ねるでもなく――ただ、ほんの少しの寂しさ。

 

 シュティアの動きがぴたりと止まる。

 

「……お姉ちゃんが……残念……?」

 

 その言葉を噛みしめるように繰り返したあと、次の瞬間――

 

「なら次は! 次は絶対にお姉ちゃんが主役です!! 私、補助に徹します!! 操舵も最小限、いえむしろ船体そのものに!!」

 

「船体にはならなくて結構です」

 

 即答だった。

 

「じゃあ椅子に――」

 

「椅子ももういいです」

 

 食い気味だった。

 

 しかしそのやり取りの中でも、レデアは一歩近づき、そっとシュティアの袖を引いた。

 

「……でも、今日助けてくれたのは事実です。ありがとうございます、シュティア」

 

 その一言に、シュティアの思考は完全に停止した。

 

 数秒後。

 

「……ふ、ふふ……ふふふふふ……」

 

「シュティア?」

 

「お姉ちゃんに……感謝された……」

 

 顔が崩壊する、という表現がこれほど似合うことはない。

 

「もう今日の私は何でもできるよ……。操舵? 可能。整備? 可能。戦闘? 可能。お姉ちゃんのためなら宇宙の法則すら書き換えます」

 

「それはやめてください」

 

「あと椅子にもなれます」

 

「それはもう聞きました」

 

 ぴたり。

 

 シュティアはそこで一瞬だけ真顔になり、そして何かを思いついたように指を立てた。

 

「……では、こういうのはどうでしょう」

 

 嫌な予感がした。

 

「“お姉ちゃん専用・多機能生活支援ユニット(私)”として、四六時中サポートするプラン。起床から就寝まで完全密着型で――」

 

「シュティア」

 

「はい♡」

 

 レデアは一拍置いて、深くため息をついた。

 

 そして、ほんの少しだけ――困ったように、しかしどこか柔らかく。

 今日のシュティアはいつもより、なんだかテンションが高い

 

「……やれやれ、ですね」

 

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