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1. 蒼い静寂の予兆
「……お姉ちゃん、前方に高エネルギー反応。磁気嵐の初動です。規模は『極大』。あと三分でこの宙域を飲み込みます」
宇宙船のブリッジに、無機質なアラートが鳴り響く。
レデアは即座に計器を睨みつけた。
「シュティア、すぐにメイン電源を遮断、外部センサーを格納してください。推進剤への引火を防ぐために、予備回路に切り替えます」
「了解、お姉ちゃん! でも、この規模だと……」
「ええ。生命維持装置を最小限にしてください」
二人は慣れた手つきでチェックリストを消化していく。しかし、今回の磁気嵐は予想を遥かに超えていた。船体を叩く不可視の波が、装甲をきしませる。
「……シールドが持たないわ! お姉ちゃん、一番防護の厚い『緊急避難用シェルター』へ!」
シュティアがレデアの手を掴み、狭い通路を駆ける。
背後で、重厚な隔壁が次々と閉鎖される「ガコン!」という硬質な音が響いた。
二人がシェルターに滑り込んだ瞬間、船内すべての明かりが消え、完全な暗闇が訪れた。
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2. 足が届く宇宙
シェルターとは名ばかりの、わずか数畳ほどの極小空間。
そこには予備のコックピットと、一人用の簡易的な寝台があるだけだった。
本来は一人が救助を待つための場所だ。そこに成長した二人の女性が収まるのは、あまりに「密」だった。
「……シュティア、いますか?」
「はい、お姉ちゃん。ここだよ。お姉ちゃんのすぐ右側、三センチの距離に……ふふ、ふふふ……」
暗闇の中で、シュティアの声だけが妙に艶っぽく響く。
レデアは小さく溜息をついた。
「笑い事ではありません。磁気嵐が通り過ぎるまで、あと三時間は出られませんよ。酸素消費を抑えるために、なるべく安静に」
「わかってる、わかってるよお姉ちゃん。でも、見て。この非常用ライトの淡い光……二人きりの密室……外は荒れ狂う嵐……。何かが起きるかもしれないね」
「起きません。何も」
レデアは冷たくあしらいながらも、手探りで自身の心拍数を測った。
(……落ち着きなさい、レデア。あなたは姉なのよ。妹が不安にならないよう、毅然としていなければ)
だが、暗闇は視覚を奪う代わりに、他の感覚を鋭敏にさせる。
隣に座るシュティアの体温。衣類が擦れる微かな音。そして――。
「……ねえ、お姉ちゃん」
「な、なんですか?」
「お姉ちゃんの心臓、さっきから激しいね。私が、落ち着かせてあげるね」
シュティアの顔が近づいた気配がした。吐息が耳元をかすめる。
「ち、違います! これは、急に走ったからで……! それよりシュティアこそ、呼吸が荒いのではありませんか?」
「私は正常だよ。お姉ちゃんの存在を全身の毛穴で摂取してるだけだから」
「それが異常だと言っているんです」
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3. 姉としての「職務」
一時間後。
シェルター内の温度が少しずつ上がり始めていた。
磁気嵐の影響で、空調の循環効率も落ちている。
レデアは、自分の膝の上で「お姉ちゃんの膝の感触を確認する作業」に没頭しているシュティアの頭を、そっと押し返した。
「シュティア、少し静かに。……怖くないのですか? もしこのまま予備電源が尽きたら、私たちは……」
「お姉ちゃんだけは何があっても守るよ、大丈夫」
「それは……私も一緒です」
レデアは努めて冷静に言った。しかし、船体が大きく揺れた瞬間、思わずシュティアの肩を強く掴んでしまった。
「……っ」
「……お姉ちゃん?」
シュティアの声から、いつもの茶化すような響きが消えた。
レデアは、自分の指先が微かに震えていることに気づく。
エンジニアとして、船の構造を知っているからこそ、この「闇」の中に放り出される恐怖が、論理的に理解できてしまうのだ。
「……ごめんなさい。少し、心細かっただけです」
「お姉ちゃん……」
その時、レデアの視界が反転した。
シュティアが、レデアを包み込むように抱きしめたのだ。
簡易寝台の狭いスペースで、二人の体は完全に密着した。
「シュ、シュティア!? 何を……」
「シーッ。酸素を節約するんでしょ? 喋っちゃダメ。……私の心音、聞いて。お姉ちゃんより、ずっと図太く鳴ってるから」
レデアの耳が、シュティアの胸元に押し当てられる。
ドクン、ドクン、と。
確かに、それは重機のように力強く、揺るぎないリズムを刻んでいた。
「……暖かい」
「でしょ? 私はお姉ちゃんの『人間ヒーター』兼『人間精神安定剤』だよ。だから、何も心配いらない。磁気嵐なんて、私の愛のエネルギーに比べれば、そよ風みたいなものだもん」
シュティアの腕に力がこもる。
いつもは「重すぎる」と感じるその執着が、今は不思議と、絶対的な安全保障のように感じられた。
レデアは観念したように、シュティアの背中に手を回した。
「……今回だけですよ。今回だけ、こうしていてもいいことにします」
「……うん。最高。このまま時間が止まればいいのに。そうしたら私がこうやってずっとお姉ちゃんを独り占めできる」
「もう……この子は」
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4. 暴かれた「聖域」
二時間後。
磁気嵐のピークが去り、船内にパッと明かりが戻った。
「メインシステム、復旧。各部隔壁、開放します」というAIのアナウンスが流れる。
「……あ、戻っちゃった」
シュティアが名残惜しそうに腕を解く。
レデアは赤くなった顔を隠すように、素早く立ち上がって服の乱れを整えた。
「さあ、作業に戻りますよ! 回収物のダメージチェックもしなければなりませんし、ログの確認も……」
レデアはブリッジへ戻り、コンソールを叩いた。
「……ん? 予備電源稼働中の……音声ログ……?」
そこには、暗闇の中での二人の会話が、ノイズ一つないクリアな音質で保存されていた。
しかも。
「……シュティア。これ、何ですか?」
「え? 何が?」
「この、私の心音データだけを抽出して、BPMごとにグラフ化し、『お姉ちゃんの動揺指数:Sランク(最高のご馳走)』というタイトルで保存されているファイルは……!」
シュティアは一瞬で「しまった」という顔をしたが、すぐに開き直って満面の笑みを浮かべた。
「うふふ、磁気嵐のノイズを逆利用して、お姉ちゃんの生体反応だけをスキャンしてたんだ。『お姉ちゃん心音ASMR・磁気嵐エディション』として、私のプライベートサーバーに……」
「削除。今すぐ削除しなさい!!」
「えーっ! お姉ちゃん、あんなに大人しく抱きしめられてたのに! 『暖かい』って言った証拠、バッチリ残ってるんだからね!」
「それはそれ、これはこれです!」
静寂が戻ったはずの船内に、再び賑やかな(そしてレデアにとっては屈辱的な)喧騒が響き渡る。
レデアは真っ赤な顔でコンソールを操作しながら、心の中で密かに思った。
(……確かに、暖かかったのは……事実ですけれど)
その本音だけは、どんな高精度なスキャナーにも読み取られないよう、彼女は深く、深く心の奥底に隠すのだった。
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5. 独白:消えない熱
その夜。
自分の個室に戻ったシュティアは、削除を命じられたはずのファイルを、こっそりと再生していた。
『……暖かい』
スピーカーから漏れる、レデアの震えるような、けれど安らぎを含んだ声。
「ふふ……ふふふふ……。削除するわけないじゃん。これ、私の魂の栄養源だもん。三重バックアップどころか、外部のコールドストレージにまで飛ばしちゃったもんね」
シュティアは寝台に倒れ込み、暗闇のシェルターで感じたレデアの体温を思い出す。
彼女にとって、磁気嵐は災厄ではなく、神が与えた「最高のボーナスタイム」だったのだ。