ディストピアのネット友達が優秀すぎる   作:名無しのペロリスト

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物売るっていうレベルじゃねえぞ!

 ジョンさんたちと行動を共にすることになった私だが、別にオタサーの姫になったつもりはない。

 

 自分も含めて全員が、本当にただパンを買いに行くだけなのだ。

 それ以外の理由など、微塵もありはしない。

 

 ただし、屈強な成人男性に囲まれる少女の図ではあった。

 幸いなのは、大人の女性も一人だけ混じっていることだ。

 

 けれど私は別に、上級市民の令嬢ではない。

 格安マンション暮らしの、引き篭もり下級市民だ。

 

 遺伝子的に優秀なので、多少は見られる容姿ではある。

 カラフルで美形が多いディストピアの中では、地味な日本人女子だ。

 別の意味で目立っているかも知れない。

 

 

 

 けどジョンさんたちが車を持っていたので、バス代が浮いた。

 中流層以上になると自家用車を持っている人も居るが、下級はその日の食い扶持を稼ぐので精一杯なので、高価な買い物はできない。

 ただしレンタルや中古車、自分で修理して乗っている人も、居るとは聞いた。

 

 彼がどうかは知らないし興味もないけど、私としてはありがたく乗せてもらうだけだ。

 

 とにかくマンションの地下駐車場に停めてあった車を、遠隔操作で起動して表に持ってくる。

 ワゴンタイプのタイヤのない車だ。

 

 全員が乗り込んだあと、運転席に座ったジョンさんが発進させた。

 

 

 

 私は特に話すネタもないので、窓から外を眺める。

 すると暇だったのか、すぐ隣にいたチャラい感じの人が話しかけてきた。

 

「アリサちゃんって、かなり若いッスね。

 なのに一人暮らししてるし、親御さんは心配しないんスか?」

 

 他の都市がそうかは知らないが、アバシリシティでは下級市民は父母が居るのが当たり前だ。

 

 中級から試験管ベビーが増えてくるが、上級は血筋を重んじたり母親が育児をしたりと、家によって方針は変わる。

 

 それに優秀な子供を、養子として迎え入れたりもするらしい。

 あとは育児はアンドロイドに任せるなど、結構ばらつきがある。

 

 ディストピアではあるが、家族関係が完全に失われたわけではない。

 

 だから子供でありながら、外周区画に一人で暮らしている私が気になったのだろう。

 それに関しては隠すようなことでもないし、正直に答える。

 

「私は試験管ベビーで、親は居ません。

 スクールに通っていましたが、中等部の入学試験に不合格になりまして」

 

 本日は外行きモードなので、服装もちゃんとしている。

 さらに大人が相手のため、普段のちょっと抜けた感じではなく、丁寧に対応していた。

 

 中等部への進学試験に落ちたのは、私が初めてらしい。

 でも恥を広める気はないから、ただの試験管ベビーということにしておく。

 

 しかし有名人ではないが、公式情報は残っているはずだ。

 スクールの恥として抹消されていない限り、調べればすぐに出てくる。

 

 だが私が正直に答えると、車内の空気が重くなった。

 

「でも一人暮らしは案外気楽なので、何の問題もありませんよ」

「そっ、そう? それは良かったッスね」

 

 誰かの養子になっても、馬車馬のように働かされるのは目に見えている。

 今のように、格安マンションで一人暮らして引き篭もり、仮想空間で実験しているほうが気楽でいい。

 

「ごめんね。アリサちゃん。コイツ、デリカシーがないからさ」

「気にしてないので大丈夫ですよ」

 

 少し離れた場所に座っている唯一の成人女性が、チャラ男を注意している。

 しかし、緊張はしても本当に気にしていないのだが、それっきり会話が途切れてしまう。

 

 だが何も喋らなくて、車は進み続ける。

 目的地に向かってくれるはありがたい。

 

 基本的に自動操縦なので、ハンドルに触る必要はない。

 でも運転手は万が一に備えておかないといけないから、油断はしないのだった。

 

 

 

 それはそれとしてアリサベーカリーを目指していたが、中流層に入った辺りで人や車が多くなってくる。

 道路が混み始めて、やがて渋滞に巻き込まれたのか、全然進まなくなった。

 

 運転をしていたジョンさんが、大きく溜息を吐く。

 

「ここから先は、歩いたほうが良さそうだな」

 

 そう言って、路肩に寄せて扉を開ける。

 

 私がお礼を言って車を降りると、ジョンさんは自動操縦に切り替えて、近くの駐車場に向かわせた。

 

 

 

 またもや屈強な成人男性や女性たちに囲まれる、オタサーの姫状態になる。

 我々は、インペリアルクロスという陣形で戦う感じだ。

 

 ただし後方ではなく、自分が中央である。

 それでも一人でパンを買いに行くよりは、凄く心強かった。

 

 ちなみに、財布を持ち歩く必要はない。

 購入する場合は日本円ではなく、全都市共通の通貨であるクレジットを支払う。

 脳内チップに登録されているので、自動で引き落とされるオンライン決済である。

 

(しかし、中央に近づいたからか、暖かいね。

 住みやすいから人が多くて、散歩日和だから混雑してるのかな)

 

 外周区画は、連日凍えるような寒さだ。

 しかし中層は比較的暖かく、防寒具もいらないようだ。

 

 取りあえず私は、上着を脱いでリュックサックの中に入れておく。

 人が生活しやすい環境なので、きっと誰もがここに住みたいはずだ。

 

 中央は特に居心地が良さそうだと思いながら、収納を完了する。

 

「荷物が重そうだな。良ければ持とうか?」

「ありがとうございます。でも、これくらい大丈夫です」

 

 確かに子供が背負うには、大きめなリュックサックではある。

 でもそんなに重い荷物は入っていないし、問題はないので丁寧に断った。

 

 そして周囲の人は、屈強な男性の集団には近寄りたくないらしい。

 私たちが前に進むと、モーゼのように二つに分かれていく。

 

 身長的には前が良く見えないが、ジョンさんや他の人の隙間からちょこちょこ顔を出しては、周囲の様子を観察する。

 

 外周付近よりも治安も良いこともあって、人が多くてとても賑わっていた。

 建物も道路も古くてボロボロではなく、しっかりした作りだ。

 それに、規則正しく整えられている。

 

 地区全体が清潔に保たれていて、裕福な人々が暮らしていることがわかった。

 

 自分も昔は中央のスクールで、寮生活を送っていた。

 だが今は、外周で暮らしている。

 

 今さら引っ越す予算もないし、多分あのマンションでずっと生活することになるだろう。

 

(まあ、引き籠もってネットサーフィンするぐらいしか、やることないし。別にいいんだけど)

 

 ぶっちゃけ外は寒いし、引き籠もってぬくぬく過ごしたい。

 低賃金でも、仮想空間で仕事も見つかったのだ。

 

 たまに気まぐれで外出するぐらいだし、ずっとマンション暮らしでも別に困らない。

 そんなことを考えながら、大通りを進んでいく。

 

 しかし段々と速度が落ちてきた。

 そんな中で、遠くにアリサベーカリーの建物が見えてくる。

 

 何とか目的地周辺まで辿り着けて安堵した。

 だが周囲をキョロキョロを見回した私は、若干表情が引きつってくる。

 

「ニュースよりも人が多い?」

 

 ここまでは、モーゼのように道を開けてくれた。

 しかしパン屋に集まっている人たちは、前しか見ていない。

 通してくれなさそうだし、そもそも避けようとしても、鮨詰め状態で身動きが取れないのだ。

 

「パンを求める客は、連日増え続けているらしいからな」

「しかし、困ったッスね。これじゃ、先に進めないッスよ」

 

 ジョンさんが人が多い原因を教えてくれた。

 それにチャラい人が、苦笑気味に肩をすくめる。

 

 私もニュース映像は何度か見ているが、今日は特に混雑していた。

 店の外に人が溢れているのは当たり前で、大通りも殆どが埋まっている。

 

 車を降りて徒歩に切り替えても、これ以上は先に進めそうにない。

 

 警備ロボットも動員され、暴動が起きないように見張ったり、交通整理を行っていた。

 

「アリサちゃん、どうする?」

「どっ、どうするって言われても」

 

 これ以上は前に行けないなら、後ろに下がるしかない。

 だが私たちは、パンを求める人々の流れに逆らわずにここまで来た。

 

 つまり自分の背後には、多くの人が控えている。

 時間が経つごとに後ろも埋まっていくという、ヤバい状況だ。

 

 最悪、このままでは帰宅するのも簡単にはいかなくなる。

 なので、パンを買うのを諦めるなら今のうちだ。

 

 しかし、遠くにアリサベーカリーが見える距離まで来るのでさえ、とても大変だった。

 

 ジョンさんたちと一緒じゃなければ、きっとここまで来られなかっただろう。

 なのに目的も果たせずに、諦めて帰宅して良いものかと考える。

 

 

 

 そもそも、彼らもパンを買いに来たはずだ。

 私に意見を仰ぐ必要はないが、まあレディファーストや相手が子供だからだろう。

 

 流石は大人だけあって紳士的だと思いつつ、難しい顔で悩みながら、周囲を注意深く観察する。

 

 パン屋に近づくほど人の密度が高くなるので、迂闊に近寄るは危険だ。

 最悪集団で玉突き転倒して、大怪我をしてしまう。

 

 私がどうにも困っていると、店の前からお客さんたちの大声が聞こえてきた。

 

「コッペパンだ! コッペパンを所望する!」

「物売るっていうレベルじゃねえぞ!」

 

 まるで年の一度の特売セールのようだ。

 誰も彼も、目が血走っている。

 でも下手に暴れたら逮捕されるので、店員や周りの人に危害を加えたりはしないのが救いだ。

 

 しかし、暴言飛び交う混沌とした現場を目の当たりにする。

 あのニュース映像はやっぱり、行政府に都合が良いように編集されていたことを知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 とにかく暴徒一歩手前の市民たちを見て、私内心でドン引きしてしまう。

 

 だが中には数体の護衛ロボットに周囲を守らせ、悠々とパンを大量購入して去っていく人も居ることに気づく。

 

「上級市民の奴ら! また買い占めるつもりかよ!」

「汚えぞ! こういう時だけ特権を行使しやがって!」

 

 護衛のロボットを雇うのもお金がかかる。

 それに、やけに豪華な身なりをしていた。

 

 つまり、ああいう人たちが都市の最上位に位置する、上級市民なのだと理解する。

 

 私はと言うと、しがない下級市民だ。

 彼らとは違い、その他大勢のカースト最下位である。

 

 今は後ろが塞がれたので大人しく順番を待っているが、外から見ている限り、まともにパンが買えるか怪しい。

 

「買えそうにないし、帰ったほうが良い気がしてきました」

「まあ、それが無難だな」

「賛成ッス。あの人混みに突っ込みたくはないッスからね」

 

 今回はパンを諦めることに、賛成多数のようだ。

 群衆に揉まれて怪我をする危険があるし、店内に入れても売り切れていては意味がない。

 

 工場をフル稼働させているらしいが、それでも何時間待たされるやらだ。

 

 上級市民の大量購入も考えると、中級のお金持ちも乗り出してきそうだし、パン争奪戦は苛烈である。

 

 ゆえに私たちはアリサベーカリーに背を向けて、来た道を帰ろうとする。

 だがここで、一時間待ちと書かれた大きなカードを持った店員が、こちらに気づいた。

 

 何故か、ジョンさんたちはすぐに警戒態勢に入る。

 私は全く動けないどころか、そのことに気づいてもいなかった。

 

 その間にアンドロイドの店員は、メイド服をなびかせて、とんでもない跳躍力で一気に距離を詰めてくる。

 

 あろうことか私のすぐ目の前に着地したのだ。

 この混雑具合で人が居ない場所に降り立つとは、無駄に器用で驚いて固まってしまう。

 

「お尋ねさせていただきますが、アリサ様でございますか?」

 

 あまりの急展開に、私だけでなく周りの人たちも困惑している。

 ジョンさんたちは警戒を解かずに、自分を守るように前に立つ。

 

 しかし、黙ったままでは話が進まない。

 空気が悪くなるばかりだし、わけがわからずに恐怖を感じる。

 

 それでも勇気を振り絞って、口を開く。

 

「たっ、確かに私はアリサだけど」

 

 アリサという名前は、別に珍しくはない。

 アバシリシティーでも、探せば大勢居るだろう。

 

 店名も偶然の一致で済むし、ジョンさんたちにも不審には思われていなかった。

 それに下級市民が新事業に関わるはずがないので、殆どの人が中級か上級の案が採用されたと考えるだろう。

 

 

 

 それはそれとして、何故このタイミングで話しかけて来たのかが、まるでわからない。

 私が困惑していると、店員さんがにっこり微笑みかけてくる。

 

「やはりアリサ様でございましたか。

 我々アリサベーカリーのスタッフ一同、オーナーのご来店をお待ち申し上げておりました」

「ええーっ!?」

 

 相変わらず事態を把握できていない。

 しかしオーナーと聞いて、私は目を白黒させる。

 確かにマザーと一緒に草案を出したが、あくまで企画を立ち上げただけだ。

 

 上層部も、オーナー権限は普通は認めない。

 私は余計に混乱してしまうが、焦りながらも何故自分なのかと率直に尋ねた。

 

「都市統括人工知能様の御命令でございます。

 他に理由はございません」

 

 つまり、詳しいことは何も知らない。

 上がそう言ったからということで、どうにも答えようがないというわけだ。

 

 しかし、さっきから周囲の視線が集まっているので居心地が悪い。

 できることなら、この場から急ぎ立ち去りたい。

 

(でもオーナーも一人だけとは限らないし、お情けの可能性もあるかも?)

 

 前世では一つの果樹園に複数のオーナーが存在し、それぞれがリンゴの木を保有していた。

 

 なのでアリサベーカリーも、株主優待のようなものだと考えれば、一応は納得できる。

 

 それでもとても目立っているので、早いところ事態を収拾しないといけない。

 私はまだ状況を把握しきれてないが、何とか口を動かそうとする。

 

 

 

 だがその時、背後から大きな音が聞こえた。

 派手にクラクションを慣らしながら、大きな乗り物が近づいてくることに気づく。

 

 皆は慌てて避けるが、転んで怪我をする人も大勢でている。

 そのまま強引に店の前まで移動して、アリサベーカリーの入口付近に横付けした。

 

 一体何事かと思っていると、拡声器でも使っているのか、周囲に大きな声が響き渡る。

 

「アリサベーカリーのパンは!

 上級市民であるガーランド様が、全て買い取らせてもらう!」

 

 誰も彼もが突然現れた派手な車に注目して、動きを止めている。

 すると乗り物の扉がスライドして、サイボーグ化した黒服がぞろぞろ降りてきた。

 

 その最後には、立派な服装で着飾った、ぽっちゃり系の中年男性が姿を現す。

 

 彼は自慢のヒゲを弄りながらゆっくり歩き、大勢の前に進み出た。

 そして、再度大声で叫ぶ。

 

「道を開けんか! まさか、儂の命令が聞けぬわけでもあるまい!」

 

 すると集まった市民は、モーゼのように二つに割れる。

 パン屋までの道が開くと、ガーランドは満足そうに頷く。

 

「ふん、最初からそうしておれば良いのだ!」

 

 道を開けた周りの人たちは悔しそうな顔をしている。

 強い権限を持つ上級市民の命令には逆らえない。

 

 最悪、命令違反の犯罪者として逮捕されてしまう。

 警備ロボットも権限を行使され、明らかに犯罪行為なのに黙認している。

 

 そして彼はボティガードを連れて、他者を見下しながら悠々と歩いて行く。

 私はその様子を見ながら、冷や汗をかいてしまう。

 

(パンを買い占められたら、私たちの分がなくなっちゃうじゃん!)

 

 せっかくここまで来たのに、何の成果も得られずに終わるのは嫌だ。

 最初は帰るつもりだったけど、どうしても手に入らないと、前まではそんなに興味がなくても、急に欲しくなる心理かも知れない。

 

 しかし相手は上級市民だ。

 逆らうには分が悪いなんてものではなく、逮捕はまだマシな方で、最悪その場で射殺されてもおかしくはない。

 

 だが、泣き寝入りも腹が立つ。

 

(買い占めや転売に、散々泣かされてきたのを思い出したよ)

 

 それに無理な運転で、大勢の市民が怪我をしているのだ。

 ガーランドは全く気にする様子がないが、目の前で堂々と犯罪行為をしているのを見逃すことはできなかった。

 

 たとえ私が捕まることになっても、きっとここで行動を起こさないと一生後悔する。

 だったらもう、成るように成れだ。

 

 しかし自分の頭はあまり良くなく、いつも行き当たりばったりだった。

 

 彼に逆らうのもその場のノリだし、どうしたものやらと考える。

 そこでふと、店員のメイドの発言を思い出す。

 

(アリサベーカリーだけなら、私の方が強い権限を持ってるんじゃない?)

 

 実際にそうかはわからないが、可能性は高い。

 だったら買い占めを止めさせるぐらいは、できるかも知れない。

 

 上級市民に逆らえば都市に住むどころか、明日の朝には路地裏で冷たくなっている可能性が高いのはわかっている。

 

 だが転売や買い占め宣言だけでなく、それ以上に大勢の人に迷惑をかけても全く気にしないうえ、罪に問われないガーランドに腹が立っていた。

 

 完全に後先を考えていないが、残念ながら今の私は冷静ではなかった。

 

 店員のメイドに声をかけて、人混みをかき分けて急ぎ向かう。

 

 そして私は若干息を切らしながら、悠々と歩いていたガーランドの前に飛び出した。

 

「まっ、待ちなさい!」

 

 シティの市民なら誰もやらないような愚かな行動だ。

 上級市民の進路を妨害したのである。

 

 ガーランドは不快そうな顔になり、フンと鼻を鳴らす。

 

「邪魔だ。小娘。今すぐ道を開けろ。

 それとも、警備ロボットに逮捕されたいのか?」

 

 明らかに、こっちを格下だと侮っている。

 それは正しいが、アリサベーカリーとしては別だ。

 

 なので薄い胸を張って、堂々と声を出す。

 

「退きません! それに、警備ロボットに捕まるのは、貴方のほうです!」

「何だと!」

 

 私がビシッと指を差すと、ガーランドは驚いた。

 

 だがすぐに顔を赤くして怒り出し、周りの黒服たちが警戒を強める。

 

「小娘! この儂を愚弄するかぁ!」

 

 一触即発だ。

 このままでは、話し合いの余地なく殺されてしまう。

 なので私は女は度胸とばかりに、堂々と告げる。

 

「愚弄ではありません!

 何故なら私は! アリサベーカリーのオーナーだからです!」

 

 市民はわかりやすく、上中下と並んでいる。

 

 しかし私は、パン屋のオーナーだ。

 買い占めには応じないように圧力をかければ、いくら上級市民でも覆すのは難しいだろう。

 

(まあ、すぐに解除されちゃうだろうけど。少しは時間が稼げるでしょ)

 

 私が言えたことではないが、他人の迷惑を顧みずにやりたい放題で腹が立った。

 少しすれば撤回されるにしても、嫌がらせができれば溜飲が下がる。

 

 何にせよディストピアで、下級市民が上級市民に逆らうのは命がけだ。

 

 非力な少女が啖呵を切るのは過去に前例がなく、ガーランドや周囲の人たちが驚き戸惑っている。

 もっと言えば、パン屋のオーナーって何だよ状態で混乱していた。

 

「おっお前がオーナーだとぉ!? デタラメを言うな!」

 

 私以上に、ガーランドが驚いているのが伝わってくる。

 だがもし自分を敵に回せば、この先パンが買えなくなるとでも思ったのだろう。

 

 迂闊に手を出せないようだ。

 行き当たりばったりで飛び出したが、結果的には上手くいっている。

 

 さらに私の代わりに、メイド型ロボットの店員がはっきりと肯定してくれた。

 

「アリサ様が、アリサベーカリーのオーナーなのは、事実です」

 

 この発言でガーランドは押し黙り、冷や汗をかいて焦り始める。

 もしかしたら、今回は引き下がってくれるかも知れない。

 

 そう思い始めた時、彼は意地の悪い笑みに変わる。

 

「オーナーならば買い占めを防げるだと? 随分と甘いようだな」

「えっ?」

 

 ガーランドは、ボティーガードの黒服に目配せする。

 そして私を囲むように一斉に動き出した。

 

「今調べたが、お前は確かにアリサベーカリーのオーナーだ! それは認めよう!

 だがしかし! たかが下級市民ではないか! 驚かせおって!」

 

 そう言ってガーランドは、勝ち誇った笑みを浮かべて叫ぶ。

 

「捕らえて脅せば、服従するしかあるまい!

 一生、儂だけのために、パンを作らせてやるわ!」

 

 今度は私が、コイツやべえと震える番だ。

 グヘヘと笑っているガーランドと、ジリジリと距離を詰めてくる黒服に恐怖を感じる。

 

 周囲の人たちも距離を取って、恐怖の表情で成り行きを見ていた。

 

 ジョンさんたちも、インペリアルクロスの陣形で守ってくれている。

 しかし、彼らがどのぐらい強いかは未知数だ。

 

 盛大にやらかしておいて今さらだけど、自分のせいで怪我をしたら物凄くへこむ。

 

 

 

 そしてもしディストピアの技術で本気で洗脳されたら、きっと幼少期の比ではない。

 今度こそ私という人格は、完全に消去されるだろう。

 

 だが完全に囲まれていて、逃げられそうにない。

 何とか状況を打開するしかなかった。

 

 ちなみに無駄に諦めが悪いので、自分を差し出すことで、皆だけは許してもらおうとは、まだ考えない。

 

(警備ロボットも上級市民の味方だし。助けは期待できそうにないか)

 

 都市で絶大な権限を持っているのが、上級市民だ。

 警備ロボットが加勢することはなくても、今も見て見ぬ振りをしている。

 

 頼りになりそうなのは、ジョンさんたちの四人。

 それに、店員のアンドロイドぐらいだ。

 

 彼女は、オーナーの私を庇うように立ってくれている。

 しかもどういうわけか、やる気満々という感じで不敵な笑みを浮かべていた。

 

(えっ? ちょっと待って? アンドロイドも戦力に数えていいの?)

 

 確か万が一に備えて、暴徒を鎮圧できる戦闘力を有しているはずだ。

 それでも一人だけでは厳しそうだけど、幸いアリサベーカリーは目と鼻の先である。

 

 

 

 そこまで考えたところで、時間切れになってしまったようだ。

 黒服の一人が、腰のスタンバトンを抜いて私に殴りかかってきた。

 

 不意を突かれたのもあるけれど、こっちは生身である。

 身体能力が違いすぎて、反応が間に合わずに見ていることしかできなかった。

 

 しかしそこでジョンさんが、腰に携帯していたスタンバトンを素早く引き抜く。

 間一髪で受け止めて、大声で叫んだ。

 

「反逆者を捕えろ!」

「「「了解!!!」」」

 

 彼の発言で、この場の全員が一斉に戦闘モードに切り替わった。

 ある者はスタンバトンを、またある者は電磁パルス銃を引き抜いたのだ。

 

「アリサちゃんを安全な場所に!」

「そのつもりです! オーナー! こちらにどうぞ!」

「えっ? ……えっ!?」

 

 パン屋のメイドが私をお姫様抱っこする。

 そしてアリサベーカリーに一目散に走っていく。

 

 元々距離が近かったのもあって、すぐに店内に駆け込んだ。

 

「オーナー! ご来店していただき、ありがとうございます!」

 

 すぐに他の店員が集まってくる。

 良くわからないけど歓迎されているようだ。

 

「気持ちは嬉しいけど! 今はそんな場合じゃ!」

 

 外では激しい戦闘が行われているのだ。

 自分が原因で起きたことなので、私だけが呑気しているわけにはいかない。

 

 そしてワタワタしている間に、ジョンさんと黒服がスタンバトンで鍔迫り合いをしながら、意味深な会話をしていた。

 

「あの雪原の狼が、ガキのお守りとはな!」

「何とでも言え! アリサちゃんに手出しはさせん!」

 

 ただし、ここからでは距離が遠くて良く聞こえない。

 何か話してるなーぐらいだ。

 

 その割にはバチバチ火花が散っているし、動きも人間離れしていた。

 

「レジスタンスに殺された娘の代わりか! あのガキも哀れな!」

「違う! アリサちゃんは希望だ! 俺たち人類のな!」

 

 人間離れしたアクロバティックな動きは、とても目で追いきれない。

 それはともかく、私は店員に彼らを助けて欲しいと頼んだ。

 

「その必要はありません。既に勝敗は決しました」

「えっ?」

 

 この中でもっとも弱い人間である私にとっては、どのようにして勝敗が決したのか、さっぱりわからない。

 

「ぐわああぁっ!」

「ぱっ、パワーが! 違いすぎるううっ!」

 

 電磁パルス銃の射撃が当たり、黒服の下っ腹が吹き飛んだ。

 さらにスタンバトンで、相手の武器だけでなく腕も根本から切断した。

 サイボーグ化しているので、行動不能になるだけで即死ではない。だがこれではもう、戦えなくなる。

 

 私はスプラッターな光景を目撃しながら、暴徒鎮圧や護身用の装備なのに過剰火力すぎると、心の中でツッコミを入れた。

 

 しかし結果的に、ジョンさんたちは傷一つなく勝利する。

 自分のせいで怪我をしないで良かったと、心底安堵するのだった。

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