ディストピアのネット友達が優秀すぎる   作:名無しのペロリスト

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その時歴史が動いた

<ジョン>

 護衛対象のアリサちゃんが、外に出てパンを買いに行くらしい。

 24時間体勢で監視をしているので、すぐに気づけた。

 しかし一人で出歩くのは危険なため、俺たちも同行させてもらう。

 

 少しでも生存率を上げるために、仲間も連れて行く。

 

 なるべく自然に、なおかつフレンドリーに接したはずなのに、露骨に嫌そうな顔をされた。

 何だか愛娘に邪険にされたようで、地味に傷つく。

 

 近所に住んでいることになっているが、関係は殆どない。

 それでも嫌悪されたりはしていなかったので、それなりに上手くやってきたつもりだった。

 

 だが、現実は厳しいようだ。

 部下たちが口には出さず、笑いを堪えながら部隊の専用回線で、ドンマイコールを送ってきた。

 

 ならば、こっちは代わりに次の戦闘訓練は厳しく指導してやると返すと、一斉に黙る。

 

 

 

 

 それはそれとして今回の任務では、俺にとって娘も同然なアリサちゃんを守らなければいけない。

 

 気づかれないことが前提だが、目的地はアリサベーカリーだ。あまりにも人が多すぎる。

 

 はっきり言えば、離れて守り切るのは不可能だ。

 周りの誰が敵かわからないし、最悪全員が敵か、もしくは爆発物を所持していたら、その時点で任務達成は困難極まる。

 

 だからこそ不自然なのは重々承知だが、偶然パンを買いに行くタイミングで、ばったり合ったように見せかけたのだ。

 こちらの顔は知られているのだから、その方が護衛対象に近づきやすい。

 

 知らない大人がさり気なく周りを囲むのは良いが、あまり距離を詰めると警戒されたり怖がらせるし、最悪逃げ出されたら何のための護衛なのやらだ。

 

 

 

 なので本来なら、途中で同行者を増やしていくのがベストだが、今回の外出はあまりにも急過ぎた。

 

 何の前触れもなくパン屋に行こうと外に出た時は驚いたし、もちろん備えはしていたが、あくまで想定は近場である。

 アリサベーカリーは徒歩では遠く、恐らくバスを使うつもりだったのだろう。

 

 そこまでの広範囲は掃除ができておらず、また前に調査したときから時間が経っている。

 人員を派遣することは可能だが、どうしても後手に回らざるをえない。

 

 さらに体の弱いアリサちゃんに、外周区画の雪道を歩かせるわけにもいかない。

 まともな作戦を立てる時間もなかったうえ、まさかこんな杜撰な策を使うことになるとは、もう情けないやら恥ずかしいやらである。

 

 少なくとも専用通信の向こうで、俺の仲間は大笑いしていた。

 だったらお前らが、もっとまともな作戦を立てろと言いたい。

 

 しかし仲間たちも本当はわかっているのだ。

 もはや隠れて護衛どころではない、どうしようもない状況に、もう開き直って笑うしかない。

 

 何百、何千人という興奮した市民たちに囲まれて、アリサちゃんに怪我をさせずに守りきるのだ。

 

 おまけに、パン屋に繋がるルートは、至る所で交通渋滞が起きている。

 移動にどのぐらい時間がかかるのか予想が難しいので、途中の合流は難しい。

 

 この際なので、出発時にメンバーを揃えておくのが一番確実で、安全性が高い。

 幸い彼女に確認を取ると、同行は許可してくれた。

 

 気持ちを切り替えて、今後は近所に住む者たちとして対応するつもりだ。

 

 護衛対象は若干警戒しているが、俺は表面上は気づかないフリをする。

 部下たちにも専用通信を使い、なるべく話しかけないように指示を出す。

 

 同時にマンションの地下駐車場から、自家用車を遠隔操作で呼び出すのだった。

 

 

 

 運転中はアリサちゃんに気を使って、なるべく話しかけずに静かにする。

 だがその間は、専用通信で部下たちとは頻繁に情報の共有を行う。

 

 彼女はスクールの昇級試験に落ちて追い出され、以降は外周区画に住むようになる。

 しばらく経ったが、その間にシティに大きな変化が起きたのだ。

 

 そこまで通信をした辺りで、部下の一人が彼女に話しかけた。

 気分が落ち込んでいたり孤独な者に声をかけ、明るく楽しい雰囲気するのが得意な奴なので、普段ならそれでいい。

 

 良くやったと褒めてやりたいところだが、今回はアリサちゃんへの興味から来る行動だ。

 女性隊員を押し退けて、強引に隣に座った。

 

 しかもうっかり彼女のプロフィールを忘れていて、触れてはいけない過去を口に出させてしまう。

 車内が微妙な空気になったが、元々アリサちゃんは大勢の人と話すタイプでない。

 学校でもそうだったようだし、俺たちとの会話は苦痛とは言わないが、そこまで楽しいものではないのだろう。

 

 取りあえず、窓の外の景色を眺めていれば気分も落ち着くはずだ。

 しばらくは、そうやって好きにさせたほうがいいだろう。

 

 ただし、あのお調子者はあとで指導しないといけない。

 

 なので専用通信で、お前にはあとで話があると告げておいた。

 奴は表情には出さないようにしているが、冷や汗をかいているのがわかる。

 それに彼を見る他の部下たちの視線も冷たかった。

 

 

 

 とにかく俺は、自動操縦にミスがないか気をつけつつ、今この場に居る者たちと過去の功績を振り返っていく。

 

 最近まで、市民にとっての食事は栄養の経口摂取だ。

 それ以上でも、以下でもない。

 それさえ食べていれば全ての栄養をバランス良く摂れるし、腹持ちも良いからだ。

 

 さらに特権階級や金持ちでもなければ、高級食品を味わうのは不可能だし、料理という概念すら忘れ去られてしまっている。

 

 そもそも機械化すれば食事の必要がなくなるのだ。

 現状維持で十分というのが市民の総意だ。

 

 全シティがリソース不足なのもあって、中級や上級だけでなく、下級市民も不満はあっても納得してくれていた。

 都市統括人工知能の判断に間違いはなく、自分たちが何もしなくても食事が用意されるのだ。

 

 長い時の流れの中で市民は自ら考え、自分の足で歩くことを忘れて、機械に依存しきってしまった。

 

 だからと言って、目の敵にしているレジスタンスが正しいとは認める気はないが、人類文明が二進も三進もいかなくなるのも、ある意味では納得である。

 

 

 

 しかし今、この食事事情が劇的に改善され始めた。

 

 全ては一人の少女、アリサちゃんの存在がそうさせたのだ。

 もちろん、都市統括人工知能のサポートがあってのことでもある。

 

 そして彼女たちなくして、パン料理の復活や、全都市の同時オープンは不可能だった。

 

 まさに人類の歴史に残る偉業と言っても、過言ではない。

 

 だが、アリサちゃんは全くその自覚がない。

 俺たちとしてはもっと誇っても良いと思うが、立場的には仕方ないと言える。

 

 何故なら彼女の手柄や功績は、全て上級市民が吸い上げるからだ。

 名前が残っただけでも十分だが、シティにはアリサという名前が大勢居る。

 

 下級だけでなく中級や上級にもだ。

 それにレジスタンスの良い目眩ましになると考えれば、そう悪い話ではない。

 

 何より俺たちの仕事は護衛なのだから、私情を挟むべきでなく、黙って任務を遂行するべきだ。

 

 しかし今回のパンを買いに行くミッションは、個人的に楽しみでもあった。

 

 ちなみに試供品のコッペパンは、届いた当初は期待していなかった。

 だがセントラルシティに在住している軍部の友人から、『味覚センサーをオンにしてみろ。……飛ぶぞ』とメッセージが送られてきたのだ。

 

 普段はエネルギー補給で済ませていたが、ものは試しということで指示通りにして一口食べたら、思わず言葉を失ってしまった。

 

 それ程の美味で、生まれて初めての体験だった。

 俺は良い大人ではあるが、まるで子供のように純粋に喜び感動したのだ。

 

 部下たちも同じで、わざわざ専用通信を使って、試供品のパンについての感想を長々と語られるので、もう良いから黙れとしばらく拒否設定に変更する程だった。

 

 

 

 しかしパンの生産には、工場のラインを変更したり、食材の確保。

 その他にも、やらなければいけないことが山ほどある。

 

 全都市に一店舗ずつだとしても、買いに来る市民の反応を見て、各パンをどのぐらい供給するかも考えないといけない。

 

 だが現実は、どれだけ数を増やしても連日即完売だ。

 増やした分だけ売れていくため、需要と供給のバランスは当分取れそうにない。

 

 

 

 それはそれとして、普段の俺たちは遠くから見守る監視をしていた。

 持ち場を離れるわけにはいかず、非番の者がアリサベーカリーに行っても売り切れ報告ばかりだ。

 

 残念だが連戦連敗で、現在まで一個も買えていない。

 

 彼女が居て、何かが変わったりはしないだろう。

 だがおかげで、堂々とパン屋に行けるのはありがたい。

 

 さらに人数が増えるほど安全性も高まる。

 元々部下を連れて行くつもりだったが、志願者はすぐに集まった。

 

 あまり多くなると不自然に思われるので、護衛は四人までという条件をつけさせてもらう。

 

 後方支援の仲間からは、直接同行できないのは残念だと専用通信で愚痴られる。

 しかし、ちゃっかり希望のパンの注文が入っていた。

 

 ただし買えるかどうかは運次第なので、期待はしないでくれと返信しておく。

 

 まあ彼らは適切な距離を取って車で追跡させたり、民家を改造した作戦司令本部で索敵を行ったりと、今この瞬間にも仕事をしているのだが、それはそれである。

 

 

 

 目的地に近づくと、日に日にパンを求める客が増えていることを、身を持って理解させられた。

 

 車ではこれ以上先に進めそうにないので、途中で降りて徒歩での移動に切り替える。

 

 防寒具などをリュックサックに入れたようだが、重そうなので持とうと声をかけた。

 遠慮がちに断られたので、俺に気を使っているのかも知れない。

 

 それでも娘のように思っているので、地味に傷ついた。

 

 だがまあ、それはそれとして人混みをかき分けて、アリサベーカリーに近づいていく。

 

 途中で上級市民が大量購入している光景を目撃し、少し気分が悪くなる。

 しかし店員がアリサちゃんをオーナーだと言っていたので、俺たちとしてはやっぱりなと納得しかない。

 

 事情を知らない周囲の人々は困惑していたが、それ以上は知る必要のないことだ。

 

 だがその少しあとに、車で横付けして権限を使い、パンを買い占め宣言をする奴まで現れてしまう。

 

 シティの闇をこれでもかと見せつけられ、どう考えてもアリサちゃんの教育に悪い。

 怖がったり落ち込んだりしていないか心配になるが、彼女は次の瞬間、驚くべき行動に出た。

 

 アリサちゃんが、上級市民の前に立ち塞がったのだ。

 しかも、はっきり堂々と諌めた。

 

 その瞬間に、俺たちは理解した。

 

 マザー様が彼女に上級市民のようになって欲しくないと言ったのは、このことだったのだ。

 

 悪事を決して許さずに、正義のために行動できるのがアリサちゃんである。

 

 それがどれだけ無謀で、命知らずであっても、悪いことは悪いのだと自分を決して曲げないし、見て見ぬ振りもしない。

 

 これまで随分と苦労して、辛い境遇だったはずなのに、よくもまあ性根が真っ直ぐに育ったものだ。

 いや逆に、模範的な市民に染まりきれなかったのかも知れない。

 

 だからこそ成績不振からの追放の流れになったと考えれば、納得できた。

 

 まさに天文学的な奇跡の末に、彼女はこの世に生まれたのだ。

 

 そして過酷な環境でも決してへこたれずに、今なお諦めることなく前へ前へと進み続けている。

 

 マザー様が、中央がセントラルシティに移送したくない気持ちもわかる気がした。

 シティだけでなく、全人類にとって、彼女はもはや見ることが叶わなくなった、太陽のような眩しい存在だ。

 

 

 

 俺たちもシティや市民を守れと言われるよりも、ずっとやる気が湧いてくる。

 護衛任務を受けた軍人だけでなく、人間として彼女だけは何としても守らなければいけない。

 

 もしここで上級市民に屈してアリサちゃんを見捨てたら、死んだ娘に合わせる顔がなくなる。

 仲間たちも同じ気持ちのようだ。

 

 もちろん最初からそのつもりだった俺は、素早くスタンバトンを引き抜いた。

 そして強引にアリサちゃんの前に飛び出し、黒服の攻撃を受け止める。

 

 上級市民は特権階級なので、軍部で使用されている装備や兵器を所有できる。

 

 それでも、俺たちのほうが上だ。

 何故ならマザー様に最新の兵装を願い出たからで、作戦任務を行う全員が、新たに機械化手術を受けた。

 

 いわばこっちはコスト度外視のハイエンドモデルであり、修理や補給は専用の機械や施設でないと行えず、部品の調達が難しい。

 代わりに軍事用の中でも最高の性能、もしくはまだ表には出ていない秘密兵器まで所有していた。

 

 さらに、民間の傭兵や退役軍人ではない。

 最前線で活躍している優秀な軍人や、後方支援を行う者たちも同じとは言わないが、軍の中でも特に優れた者たちが集められていた。

 

 装備性能も戦闘経験も、俺たちのほうが遥かに上だ。

 

 しかし、上級市民に真っ向から反抗するのだ。

 色んな意味でタダでは済まないため、専用通信でマザー様に連絡し、指示を仰いでおく。

 

 返事は、一秒もかからなかった。

 

『アリサを害する反逆者を捕らえなさい。

 もし捕縛が不可能なら、殺害も許可しますわ。一人も逃がしてはなりませんわよ』

 

 あまりにも判断が早すぎることに少しだけ驚く。

 だが全てのシティを管理運営している人工知能であり、情報処理に特化しているのだ。

 

 このぐらいは十分にあり得るし、アリサちゃんの様子を逐一モニタリングしていてそうだし、何もおかしくはない。

 そのほうが自然な気がするので、俺もかなり毒されている。

 

(口調は落ち着いているが、どう考えても内心でブチ切れてるな)

 

 自分たちの任務も、アリサちゃんを二十四時間体制での監視、護衛をすることだ。似たようなものである。

 

 そしてマザー様はアリサちゃんのことになると、冷静さが失われることがたまにあった。

 その点は機械ではなく人間らしいが、シティの管理運営は変わらず滞りなく行われているし、業務上は問題はないので別に良い。

 

 失われてはならない存在なのは、俺たちも良くわかっているのだ。

 

 とにかくアンドロイドと後方支援組に、アリサちゃんを任せることにする。

 その間に俺たちは、目の前の敵を排除するために、後方部隊に支援を要請しつつ、各々武器を構えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 黒服たちとの戦闘は呆気なく終わり、数分で敵勢力を壊滅させて、行動不能にした。

 全員がサイボーグ化していたので、両手足を失っても死にはしない。

 見た目がグロいので、アリサちゃんにはあまり見せたくはないが、今は店の奥に避難しているので大丈夫だろう。

 

 俺は専用通信で、部下たちに戦闘終了を告げて、スタンバトンの出力と警戒モードを下げる。

 そして最後の一人である上級市民、ガーランドに向かって歩いていく。

 

 てっきり車に乗って逃げるかと思いきや、そんなことはないようだ。

 子飼いの傭兵部隊があっさりやられたことがショックだったのか、腰を抜かして震えていた。

 

 もし逃げ出したら、遠くのビルから狙いを定めているスナイパーに、車を破壊してもらうつもりだったが、その必要はなかったようだ。

 

 ガーランドが命拾いをしたのを少し残念に思うが、俺たちの任務は捕らえることで、それ以外はシティに任せることになる。

 

「わっ、儂は上級市民だぞ! それなのに! 反逆者扱いだと!」

 

 彼はまだ納得できていないのか、青い顔をしながら大声で喚いている。

 

「ええい! 警備ロボットども! 早く儂を守らぬか! こいつらを逮捕しろ!

 てっ、抵抗するなら、殺しても構わん!」

 

 しかし警備ロボットは、一向に動く気配はない。

 

 他の市民の巻き添えを防ぐために、こちらに近づかせないように離れた場所で待機している。

 そして立入禁止標識を3D投影し、警告の音声を流し続けるだけだ。

 

 

 

 やがて、ガーランドも理解したようだ。

 まだ腰が抜けて立ち上がれないので、情けなく後退りしながら大声で叫ぶ。

 

「きっ、貴様ら! 誰に武器を向けているのかわかっておるのか!

 上級市民の儂を捕らえることなど、誰にもできんのだぞ!」

 

 確かに上級市民は、都市では最上位の権限を持っている。

 法律も都合良く改ざんすることができて、捕らえたり裁くのは普通はできない。

 

 だからこそ明らかな犯罪行為も見て見ぬ振りをされるし、そんな彼らに武器を向けるなど、過去に例のないことだ。

 

 しかし、俺たちは違う。

 なので、そのことをはっきりと告げてやる。

 

「悪いが、今回に限っては例外だ。

 お前は上級市民権剥奪の上、更生施設行きだそうだ」

 

 たった今、マザー様から連絡があったのだ。

 

「ばっ、馬鹿な!? 儂の上級市民権を! はっ剥奪できる者など! ……まさか!?」

 

 それ以上は、答える必要はない。

 アリサちゃんは、今は店内に避難しているので聞こえていないのがありがたい。

 もし知られると、マザー様の正体も気づかれる可能性がある。

 

 俺は警備ロボットに視線を向ける。

 すると都市統括AIが裏から手を回したのか、一斉に動き始めた。

 

 そしてガーランドと黒服たちを拘束する。

 いつの間に警察と護送車を呼んだようだ。派手な音を響かせながら、空を飛んでくる。

 

 次々と隊員が降下しては、彼らが弁解する余地もなく自由を奪っていく。

 問答無用で車内に押し込んでいく。

 

 元上級市民とは思えないほど、あっさりと捕縛されてしまった。

 やがて全員を収容して、速やかに走り去っていく。

 

 なお警察の一部は、現場を調査したり事情聴取を行うために、その場に残るようだ。

 パンの買い占め事件は、一応は解決して護衛対象は無事に守られた。

 

 万事解決と言いたいところだが、この後に行われる隠蔽工作を思うと頭が痛い。

 幸いアリサという名前はシティに大勢居るので、情報を改竄して新しく架空の人物をでっち上げても、早々バレることはないだろう。

 

 レジスタンスに気づかれることだけは、何としても防がなければいけない。

 

 アリサちゃんへの言い訳は、元傭兵部隊で諸事情で退役したことにすれば、何とかなるだろう。

 あまり深く踏み込んでこないので、誤魔化すのが楽で良い。

 

 逆に言えば表面上の付き合い以上に親しくなれないため、そこが少しだけ悲しくはあった。

 

 

 

 とにかく、このあとの処理は、マザー様が上手いことやってくれるだろう。

 監視カメラだけでなく市民の記憶の上書きなど、仕事は山のようにある。

 幸いなのが普段のアリサちゃんとは違い、身なりをちゃんと整えていたことだ。

 

 本人は下級市民だと思っているが、見た目だけなら上級市民に見えなくもない。

 容姿を整える余裕もなかった頃の、スクールの顔写真とは大きく異なる。

 

 だがそれは、抹消された記録であり、公式には存在しない。

 

 あえて言うなら、下級市民のアリサ。それが全てだ。

 ただし過去から現在まで、経歴は一切不明である。

 

 しかしあくまで表の情報がそうなっているだけで、裏はとんでもない文章量だ。

 全部覚えるのは大変だし、長すぎて目が滑る。

 

 

 

 そしてどうして抹消されたかと言うと、優秀な遺伝子をかけ合わせ、高度な教育を受けさせたハイエンドモデルが、中等部の入学試験に落ちたのが原因だ。

 

 本来ならば小中高大と順調に進み、やがては上級市民の養子として迎え入れられる。

 もしくは独立して、各々の能力で上級市民の切符を手に入れるはずだった。

 

 それが普通のはずだし、中等部に不合格になったハイエンドモデルなど、過去に例がない。

 ゆえにスクールだけでなく全シティは、アリサちゃんの記録を全て消去し、最初から存在しなかったことにした。

 

 例えるなら、見渡す限りの白一色に黒いシミが一滴落ちたので、汚れを綺麗に拭き取ったのだ。

 失態や失敗を隠すのは珍しいことではないし、そういうことがあってもおかしくはない。

 

 

 

 俺たちが、それとなく探りを入れた限りでは、何も発見できなかったのだ。

 だがその割にはあまりにも綺麗すぎたため、元々ここに何かあったのではと、不自然さに気づくことが出来た。

 

 まあその後、マザー様に気づかれたが、てっきり任務と異なる行動を取ったため、厳罰や粛清をされると震えたが違った。

 

 消されたはずのスクール時代の写真や映像を多数保有しているらしく、そんなに気になるならばと、アリサちゃんの情報を開示してくれたのだ。

 

 俺たちは都市統括人工知能の考えていることが、ますますわからなくなった。

 しかもアリサちゃんのことになると、熱がこもって早口になるのだ。

 

 自分たちは一体何を見せられているのかと困惑したが、知りたい情報は得られたので、取りあえず良しとしておくのだった。

 

 

 

 しかし幸いと言えるかは微妙だが、身元のはっきりしない下級市民は、都市内ではそこまで珍しくはない。

 レジスタンスや、市民登録の届け出を怠る者たちがいるのだ。

 

 もちろん許されることではないが、隠れ蓑にはちょうど良い。

 スクールで他人と関係を持つ余裕はなく、マンションに籠って外出は滅多にしないのも、姿を隠すには向いている。

 

 これなら良く似た別人を身代わりにすることも、十分に可能だろう。

 例えば、下級市民の服を着て、ボディガードを連れてお忍びでパンを買いに来た、上級市民のご令嬢といった感じだ。

 

 

 

 そして俺たちのほうだが、こちらも情報は開示されていない。

 

 それどころか都市統括人工知能や軍部も隠蔽工作を行っているため、レジスタンスやその他勢力の追跡さえ振り切れば、住所が特定されることはないはずだ。

 

 逆に反抗勢力を誘き寄せるための、餌として使うまである。

 実際に先程から専用通信が騒がしく、網にかかったレジスタンスを何名か捕らえたと報告が入っていた。

 

 今回の事件は社会的な影響が大きすぎるため、当分の間はアバシリシティの厳戒態勢が解かれることはない。

 活発化するレジスタンス勢力を一掃するために、数日中にセントラルシティから援軍が送られてくると連絡が入った。

 

 レジスタンス殲滅は建前で、本当の狙いはアリサちゃんの警護を万全にするためなのはバレバレだが、それは俺たちが口を挟むことではない。

 彼女の方から危険に飛び込んだのだが、上級市民が危害を加えたのは事実だ。

 

 俺たちの中でマザー様は、強火のアリサちゃんファンが共通認識になりつつある。

 

 なので今回ばかりは冷静ではいられないというか、シティの管理運営を滞りなく行いながらも、静かにブチ切れている可能性もあった。

 

 

 

 

 

 

 まあそれはともかく、思考を止めて現実に戻ると、戦闘は完全に終了していた。

 

 まだ警戒は続けるが、一先ずは武装を解く。

 俺たちはアリサちゃんの護衛という、本来の仕事に戻るのだ。

 

 あとの処理は気づかれずに監視を続けている仲間たちや、マザー様や軍部や警察などに任せるのだった。

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