ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
私が店内でオロオロしている間に、黒服たちは全員倒されていた。
スプラッターな光景だが、死んではおらず生きている。
誰かが警察や救急車を呼んだようで、護送車や多くの警察車両など次々と到着し、悪人をしょっぴいていき、怪我人は病院に搬送されているいく。
騒動を引き起こした自分も逮捕されるのでは、ビクビク震える。
だが彼らはこっちには完全にノータッチで、現場検証や周囲の人の聞き込み調査を始めたので首を傾げる。
ジョンさんたちとも、一言か二言ほど会話しただけだ。
以降は完全にスルーである。
そして私を守ってくれた頼りになる大人たちが、良い笑顔でこちらに歩いてくる。
状況が分からずに戸惑っている私に、強面のジョンさんが厳つい顔で話しかけてきた。
「アリサちゃん、怪我はないか」
「わっ、私は大丈夫だけど! ……その!」
ジョンさんたちこそ、怪我はしてないのかと尋ねる。
すると彼らは、堂々と胸を張って問題ないと答えてくれた。
安堵の息を吐いたが、飛び出して迷惑をかけたことには違いない。
「ごめんなさい。皆に迷惑を──」
「俺たちは迷惑だとは思ってないさ。
アリサちゃんが謝る必要はない」
「えっ? ……えっ?」
ジョンさんがちょっと怖い笑顔で、私の頭に優しく手を置く。
そのまま、クシャクシャと撫でてくる。
全く意味がわからないが、これは褒められていると思って良いのだろうかと考えていると、紅一点の成人女性がすぐにゴツい手を退けさせた。
「怖がらせちゃってごめんなさいね。
ああもう、アリサちゃんの綺麗な髪が台無し」
そう言って乱れた黒髪を整えだして、他の人も笑顔になる。
あれだけの騒ぎがあったのに、一人も怪我も気落ちしてない。
私が一番、何が起きているのか理解できておらず、意味不明過ぎる。
「実は俺たちは、ある上級市民の依頼で、アリサちゃんのボディガードをしていたんだ。
だが悪いが名前は出せないし、黙っていて本当にすまなかった。守秘義務があったんだ」
「あっ……あー、ええと、大体わかりました」
シティでは、上級市民がカーストトップだ。
だからガーランドは威張り散らしていたが、ジョンさんの依頼主も立場的には同格である。
つまり、この場では勝ったほうが正義というわけだ。
負ければ私は酷い目に遭っていたし、何とかなって良かった。
(でも私のボディガードって、……やっぱり)
名前は出せないと言っていたが、自分と深く関わっている上級市民は、一人しか思い浮かばない。
(あとでお礼を言っておかないと)
口には出さなかったけど、マザーは心配性のようだ。
実際、私は子供で荒事には向いていないので、あわや大惨事になりかけたが、彼女のおかげで助かった。
(アリサベーカリーは都市統括人工知能の肝いりらしいし、今回は流石に不味かったんだろうなあ)
マザーが何処のシティに住んでいるかは知らないけど、ボディガードから私がピンチだと聞いて、都市統括人工知能に進言してくれたのだ。
普通なら上級市民が逮捕されることはない。
だが今回は重要度の高い施設であり、しかも肩書だけは一応オーナーが襲われたことで、山が動いたというわけだ。
筋書きとしては、大体こんな感じだろう。
おかげで助かったし、ずっと謎だったパズルが解けたようだ。
ちょっとだけスッキリした。
けど私のディストピアの統括人工知能のイメージは、反逆者には非常に厳しい。
次のクローンはきっと上手くやってくれるでしょう系も考えられるし、どっちなのかなと首を傾げる。
しかし今回勝てたのは、マザーが手配したボディガードのおかげだ。
とにかく色々あったけど一件落着して良かったと、大きく息を吐く。
そして、ジョンさんに話しかける。
「そう言えば、何処に連れて行かれたんです?」
警察署か更生施設かの二択だ。
先に事情聴取かなと思いつつ何気なくジョンさんに尋ねる。
「アバシリ更生施設だろう。
奴らはそこで、再教育を受ける予定だ」
私はネットワークにアクセスして、検索をかけた。
すぐにヒットしたので、詳しく説明を読んでいく。
簡単にまとめると、文字通りアバシリシティの更生施設だ。
罪を償い模範的な市民になれるように、再教育を施すらしい。
それ以上は詳しくは記載されていないので、謎である。
しかし、不穏な匂いがプンプンしてきた。
(これは、見込みなしだと殺処分されるか、永遠に出られない奴だわ)
もしくは模範的な市民にするために、強制的に記憶を植えつける可能性もある。
一瞬、彼らの罪を軽くするために懇願しようとも考えた。
しかしガーランドが悪いことをしたのは事実だし、混雑するパン屋に強引に車を乗り入れて、大勢の人に怪我をさせたのだ。
最悪、矛先が私に向けられる可能性もある。
だったら統括人工知能が正しい判断を下すと信じて、これ以上は事を荒立てないほうがいい。
それはそれとして、私の無茶のせいで多くの人たちに迷惑をかけてしまった。
どう償いをしたものかと考え、ちょうど店長の姿が見えたので声をかける。
「すみませんが、オーナー権限って、どんなことができますか?」
「シティの管理運営に支障をきたさなければ、殆どのことは許されます。
ただし、パンに限ります」
そりゃパン屋のオーナーなので、パン以外には権限はない。
あとは基本方針に沿っていて、シティのリソースに圧迫しなければ、大抵のことは何とかできるようだ。
私は足りない頭で考えて、やがて結論を出す。
「一番安いパンを、一人一つずつ無料で配ることはできますか?」
「オーナー様の命令なら構いませんが、それは何故でしょうか?」
店長が尋ねてきたので、私は困った顔をして答える。
「多くの人に迷惑をかけたので、パン屋のオーナーとして少しでも慰めになればと。
貴方たちの負担が増すし、決して褒められたことではありませんけど」
怪我をした人も居るし、根本的な解決にはなっていない。
だが私は元々下級市民だし、今さら他人の評価など気にはしなかった。
これでオーナー権限が剥奪されるなら、別にそれでも構わない。
アリサベーカリーの草案は出したが、あとはマザーに任せれば良いからだ。
別にオーナーになりたかったり、パン屋の営業に関わりたいとも思ってないので、気楽なものだった。
「ジョンさんたちも、一つずつもらってください」
「パンをもらえるのはありがたいが、……いいのか?」
「構いません」
私がはっきりと肯定すると、ジョンさんたちが申し訳なさそう他のマンション住民の分もと口にした。
だが、たかがパン一個だ。
自分を守るために危険な目に遭わせた礼には到底足りない。
しかし何もしないわけにはいかないし、どうぞと許可を出すのだった。
ジョンさんたちに再三お礼を言ってマンションの自室に戻ってきた私は、色々あって疲れていて、今すぐ布団で眠りたい気分だ。
しかしその前にベッドに横になり、いつものようにネットワークに接続する。
仮想空間に入室して家の外に出ると、予想通りに数秒程度でマザーがログインしてきた。
毎日入り浸っている私の言えたことではないが、余程暇らしい。
もしくは、趣味はネットサーフィンだ。
まさに前世の同士であり、ネット友達的なポジションである。
彼女との付き合いも長くなってきたし、気心が知れていた。
緊張せずに話せるので、肩の力が抜けて楽でいい。
それはそれとして、自宅の前に置かれた椅子に腰かける。
続いてテーブルに、お茶請けのクッキーを創造した。
マザーも何も言わずに、自分の正面に座る。
私ウィンドウを開き、過去に作った物リストを検索し、二人分の紅茶を呼び出した。
「今日、地元のパン屋に言ったんだけどさ」
彼女は温かな紅茶を受け取り、続けて中央のお皿に並んでいるクッキーに手を伸ばす。
私も同じように茶菓子をいただく。
しかし育ちの悪さが出てしまっているようで、こっちはお嬢様っぽい優雅なティータイムではない。
「ヤバかった」
「ヤバいとは? アリサベーカリーは、連日大好評ではありませんの?」
一言では説明するとヤバいだが、正直今日一日で色々ありすぎて語り尽くせない。
ただ私も、あまり詳しく伝える気はない。
空中に半透明のウインドウを表示して、要点だけを簡潔に話していく。
「需要と供給が、全く釣り合ってないの。
試験運用中だから仕方ないけど、大好評すぎて連日人が殺到してる。
上級市民の買い占めも起きてたし、いつ不満が爆発して暴動が起きてもおかしくないよ」
政府のニュースは偏向報道なので、パン屋については良い点ばかりが流れている。
だから直接現地に行かなければ、気づけないことも多々あった。
まあ何も知らないほうが、無邪気に喜べていたのだろう。
でも知ってしまった以上は、見て見ぬ振りはできない。
マザーと一緒に草案を出してからは、ノータッチでいるつもりだった。
しかし私は一応、オーナーなのだ。
それも明日には剥奪されてもおかしくはない。
たとえそうでも、アリサベーカリーの創立者の責任がある。
「では、どうすればよろしいですの?」
「供給が追いつかないからって、アリサベーカリーを閉店したら、それはそれで暴動が起きるからね」
私はウィンドウを素早く操作し、アリサベーカリーのメニュー表を呼び出す。
次に、もっともクレジットが低いパンに注目する。
「一番値段が安いパンを配給に切り替えれば、多少は不満は和らぐと思う」
「下級市民がパンを毎日買うのは、経済的に厳しいですものね」
マザーの言った通りで、下級はクレジットをあまり持っていないのだ。
私もパン屋のオーナーではあるが、そんなに貯金に余裕はない。
だが中級はそれなりに懐が潤っていて、上級になると毎日買い占めても平気になるのだ。
それはそれとして、この案なら人口比率で、約六割以上の不満は解消できる。
だが早急な生産ラインや人材の確保、関係機関への告知や大幅な仕事の変更など、問題山積みでもあった。
その辺りは素人なので、専門の人たちに任せるしかない。
私は所詮、地方都市のモブである。下級市民の一人に過ぎないのだ。
それはそれとして再びウィンドウを操作して、行き当たりばったりだが新たな案を出していく。
「あと、一番安いパンがずっと続くと飽きるし、工夫が必要だね。
例えば、たまには他の種類を配給するとか。
辛抱すれば少し高めのパンを食べられるとわかれば、多くの人は安心するんじゃないかな」
いつ少し高めのパンが配給されるかは伝える必要はないが、献立表のようなものを作成すれば、仕事のモチベーションに繋がるかも知れない。
だたその辺りは市民の反応を見ながら、偉い人が考えれば良いことだ。
何でもかんでも、私が頭を悩ませることではない。
「頻度が少なければ、シティのリソースもさほど圧迫しませんわね」
マザーも私と同じように、空中に半透明のウインドウを表示し、何やら難しい計算をしている。
私も彼女と頻繁に情報のやり取りとし、足りない頭を捻って解決案を考えていく。
「あとは安いパンでも、ジャムやバターで味を変えれば、毎食でも飽きにくくはなるけど」
「その場合、それ用の生産工場が必要になりますので、コストの増加が心配ですわね」
前世でもパン食の人は普通にいたし、工夫をすれば飽きることはないのだろう。
しかしリソースがカツカツのシティで実践できるかと言うと、急な改革は難しいと言わざるを得ない。
当然のように、そう簡単に名案が出てくるわけもなく、二人揃って難しい顔になる。
その後、色々話し合ったあとに、疲れたの一休みする。
私は流れる雲を見ながら大きく息を吐いて、特に意味もなく体をほぐしたあと、勇気を出してマザーにある言葉を伝える。
「マザー、今日はありがとう。おかげで助かったよ」
「ふふふっ、何かしら? ワタクシは別に、アリサを助けてませんわよ」
「わかった。そういうことにしておく。……私も恥ずかしいし」
正面からストレートに御礼を言うのは恥ずかしいので、できれば二度と口にしたくはない。
でも確かに伝えたし、この件はこれでお終いだ。
「えっ? あの、そこはもう少し、駆け引きとかありませんの?」
「ないよ! 必要な分は言ったということだよ! これ以上は言わないから!」
「そんなあ! もっとアリサの感謝を聞きたいですわ!」
今さら後悔しても遅いので、作業に戻る。
私だって藪をつついて蛇を出したくないし、マザーが何処の誰かなど知りたくはなかった。
多分だが、彼女の両親が娘の友人を守るために、ボディガードを手配したというのは真相だろう。
ただそれを口にして今の関係を崩したくはないし、これ以上の感謝も探りも口にはしないのだった。
いくら若いとはいえ、無理が続けば体調も崩す。
次の日の昼頃にベッドで目が覚めた私は、全身がダルくて筋肉痛にようになってしまう。
おまけに頭も痛いし、ろくに動けそうにない。
この病状には覚えがある。
転生してから初めて、風邪を引いてしまった。
昨日は久しぶりに外出して、パン屋で色々あっただけではない。
引っ越してからは完全栄養食には一切手を付けずに、パン食が続いていた。
そのために体のバランスが偏って、免疫力が低下してしまったのだ。
栄養に関しては他の合成食品で調整していたつもりだが、それでも徹夜続きや生活リズムが不規則になることが良くあった。
なので、風邪を引いたのは自業自得と言える。
取りあえず体調不良のため、しばらくログインできないことホームページに告知しておく。
ナンシーさんにも風邪がうつる危険があるので、しばらく部屋には入らないようにと、短いメールだけ送っておくのだった。