ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
久しぶりに風邪を引いた私は、取りあえず一日ベッドで横になって安静にすることに決める。
ホームページには、体調不良で長ければ数日はログインできないかもと、そのように告知しておいた。
科学技術が進んでいるので、短時間で回復する薬もある。
しかし、あいにく下級市民が気軽に買えるお値段ではない。
だからと言って、安物に手を出すと副作用が怖い。
それに医療機関も中級以上ならともかく、下級の私では保険がきかない。
基本的に都市への貢献度や、特権で地位や待遇が保証されているのだ。
前世とは違い、社会的な弱者にはマジで情け容赦がなかった。
病院や診療所でも、診察や検査だけでも結構かかる。
薬を出して帰らせてもらえれば良いが、入院なんてしようものなら、最悪借金生活に片足を突っ込むことになる。
今回は前世の経験から、風邪だと判断した。
早ければ一日、遅くても数日ほどしっかり休めば、完治するはずだ。
もし治らなかったら、マンションの管理人のナンシーさんに連絡する。
正直、あまり気は進まないが、信用できる医療機関を紹介してもらい、診察を受けるしかないだろう。
かなりお金はかかるけど、苦しみが長引いて悪化したり、医療費をケチって命を落とすよりはマシである。
そんなことを考えながら、朝からベッドで横になって頭痛と戦いながらウトウトしていると、昼頃に少しだけ意識がはっきりしてきた。
取りあえずノロノロと布団から這い出て、白湯で乾いた喉を潤す。
寝ている間に汗として流れ出て、失った水分を補給する。
それに朝食と言うには遅い時間に全自動カエルの卵製造機で、麦のお粥を作る。
出来上がるまで少しだけ時間がかかるので、その間にシャワーを浴びることにした。
パジャマが寝汗で濡れていたから、着替えたかったのだ。
まだ、カラダは本調子ではない。
全身筋肉痛で怠いけど、頭痛も含めて一番酷かった朝と比べれば、少しはマシである。
ただ油断するとぶり返す可能性は高いので、体を洗い終わったら念入りに水を拭き取って乾かし、すぐに新しいパジャマに着替えた。
そして台所に向かい、出来上がったお粥をいただく。
舌がおかしくなっているのか、味はあまり感じなかった。
食欲もあまりないが、それでも何か食べたほうが良い。
途中で吐き気を感じてきたので、残りは冷蔵庫に入れて保存しておく。
食器を片付けた私は、ノロノロとベッドに移動し、再び布団に潜り込んで体を休める。
頭が重いが午前中にたっぷり寝たからか、今度は簡単には眠りにつけない。
それでもベッドで横になっていれば、少しは疲労は回復していく。
いつかは眠りにつくことができると考えて、暇を持て余しながらゴロゴロする。
どのぐらい時間が経ったのか、玄関のロックが解除される音が聞こえた。
(……あれ? 今、変な音が聞こえたような?)
気のせいだと思いたいが、足音がこっちに近づいてくる。
横になって安静にしていると伝えているので、誰かと会う予定はない。
こんなろくに体が動かせない状態で、もし泥棒に侵入されたら、どうしようもない。
近隣住民は私のボディガードらしいが、流石に一日中見張っているわけではないだろう。
それに古いマンションなので、防犯に関してはあまり期待できそうにない。
(あわわっ! どうしよう!?)
最悪、物は取られてもいいので、命だけは勘弁してもらいたい。
私は何とかやり過ごそうと、頭から布団を被って息を潜める。
一連の動きをやってから、外から見れば盛り上がってバレバレだと思い出す。
風邪のせいで普段以上に頭が働かなくなっているようで、熱が籠って無駄に熱い。
なので、すぐに頭を出して寝たフリに切り替えた。
そして残念ながら、足音が部屋の扉のすぐ近くでピタリと止まる。
目を閉じているのでわからないが、凄く人の気配が近くに感じる。
やがて扉が開けられて、足音がさらに近づいてきた。
「アリサちゃん。起きてる?」
「へっ? なっ、ナンシーさん?」
小声でそのように話しかけられた。
なお私は喉がやられて、ガラガラになっている。
聞き覚えのある声だったので、恐る恐る目を開ける。
マンションの管理人のナンシーさんが、自分の目の前に立っていた。
「喋るの辛いでしょう? 黙ってて良いから、安静にしていなさい」
そう言って彼女は流し台に移動し、電気ケトルっぽい機械でお湯を沸かす。
次に熱湯を湯呑に注ぎ入れて、持っていた袋を破いて粉を入れてかき混ぜた。
しばらくして完全に溶けたのを確認し、スプーンで軽くすくって温度を確かめる。
「こんなものかしら?」
ナンシーさんは、粉が溶けたお湯をもう一つの湯呑に半分ほど入れたあと、片方を持って私の方に歩いてくる。
そしてベッドの前に置かれた椅子に座り、優しく微笑みかけてくる。
「ジョンさんから、渡されたのよ。
風邪薬の使用期限が切れそうだから、その前に使って欲しいって」
薬効がなくなって廃棄するぐらいなら、その前に使ったほうが良いということだろう。
だが今の自分には、ジョンさんに何も返せるモノがない。
しかも、もうお湯に溶けてしまったので返品はできなかった。
「私は残り半分を飲ませてもらうわ。
だから、もし風邪がうつっても平気なの」
私は半身を起こして、かすれた声でありがとうと伝える。
あとでジョンさんにも、そう言ってくれるようにナンシーさんにお願いした。
「ええ、わかったわ。
ちゃんと伝えておくから、アリサちゃんは薬を飲んでゆっくり休んで。
風邪が治ったら、貴女からも伝えてあげてね」
心の中で、ジョンさんに感謝しながら頷く。
そしてナンシーさんから渡された湯呑に口をつける。
ちょっと苦いが、完全栄養食品よりはマシだ。
この感じは、風邪の時に飲む粉薬を思い出す。
我慢して飲み干したあと、ナンシーさんに容器を返した。
私がベッドに横になると、わざわざ布団をかけてくれた。
「何かあったら、すぐに連絡しなさい。
遠慮なんてしないで良いのよ」
本当にナンシーさんもジョンさんも良い人だ。
最後にかすれた声でお礼を言うと、すぐに眠気が強くなってくる。
アクビが出て意識が薄れていき、私は再び眠りに落ちるのだった。
<ジョン>
パン屋の事件では、マザー様から緊急の連絡が入り、上級市民からの依頼だと誤魔化すようにと命じられた。
アリサちゃんも心当たりがあったのか、素直に信じてくれて助かった。
また今回の件で、彼女の表の情報が大幅に更新される。
具体的にはセントラルシティの上級市民、その令嬢という設定だ。
地元では過保護な家族の目があり、お忍びでわざわざアバシリシティまでパンを買いに来る。
俺たちは家族が手配したボディガードで、アリサちゃんを守って戦闘を行った。
大雑把に説明するとこんなところだが、じゃあアバシリシティの彼女は一体誰なんだということになる。
だが幸い、普段のアリサちゃんを知る者は殆ど居ない。
この機会に市民IDを完全に抹消しても、誰も気づきはしなかった。
けれどコレは表の記録であり、裏では普通に機能している。
なので彼女の生活は、今までと何も変わらない。
他者との関わりも必要最小限なので、存在がバレる危険はないだろう。
ただアリサベーカリーで無料配布を行ったのは非常に目立ったが、シティニュースでは一切流れていない。
偏向報道はいつものことだし、良くも悪くも上級市民が戒厳令を敷くのも、珍しいことではなかった。
だが今回は、アリサちゃんのカバーストーリーを意図的に流してある。
レジスタンスを釣る餌、もしくは市民に対する目眩まし、都合の良い設定、色々な目論見があるが、全ては彼女の身の安全を保証するためだ。
アバシリシティには今後は、セントラルシティから派遣された軍隊が駐留することになる。
現時点ではいつ厳戒態勢が解かれるかは不明なため、長期になる可能性が非常に高い。
しかしセントラルシティから派遣される軍は、異動や準備などで到着まで数日かかるはずだった。
けれど何故か、当日の深夜に到着する。いくら何でもフットワークが軽すぎるだろとツッコミを入れる。
だが話を聞くと、軍部にアリサちゃんの強火ファンが居るようで、さらに都市統括人工知能の命令となれば、なおさらだ。
すぐに荷物をまとめて手続きを済ませ、全速前進したわけである。
しかし今後はボディガードの役目を引き継ぐと言われたときは驚いた。
けれど彼らには残念だが、俺たちは既にアリサちゃんに正体を明かしている。今さら引っ越すことはできない。
ぐぬぬと悔しがるセントラルシティの軍隊だが、彼らが派遣された目的はアバシリシティの治安維持だ。
アリサちゃんの護衛はこっちでやるので、大人しく自分たちの仕事をして欲しい。
何にせよ、これでレジスタンスは動きにくくなる。
彼女の守りも、ますます盤石になるだろう。
さらに次の日の朝、全シティニュースである発表がされた。
近日中にパンが配給制になるらしいのだ。
元々そのような計画はあったが、パン屋の反応を見て慎重に調整を進めるつもりだった。
それが、あまりにも急な改革である。
俺も含めて多くの市民にとっては、とても喜ばしいことだ。
配給を受ける資格のある者は、給料からの天引きで無料ではないが、全員パンを食べられるようになる。
もう店に行ったが良いが、全種類売り切れで泣くこともない。
上級市民や金持ちの買い占めに怒ることもなく、大勢の市民が集まることになる交通渋滞や治安の悪化も、多少は緩和されるだろう。
何より、俺たちにとって良いことがある。
それは全シティの市民の労働意欲の高まりだ。
働いて給料が得られればパンを食べられなら、今まで怠けていた者も仕事をしようという気になる。
それにこれまで市民として登録していなかった者も、配給のパンを目当てに届け出るようになるのだ。
そうなると残っている者は、シティにとっては不要な存在。
言い方を変えればレジスタンスや犯罪者、またはその予備軍になる。
とてもわかりやすい構図だし、白黒はっきりするのは良いことだ。
おかげでゴミ掃除がしやすいし、レジスタンスが次に接触する対象の予測も容易になる。
そして怪我や病気で働きたくても働けない者も居るが、そのような人々は昔なら死を待つだけか借金生活。
または、問答無用で処分されていた。
だが、今は違う。
アリサちゃんが新しい職業を開拓し、その可能性を見せてくれたからだ。
おかげで現実ではなく、仮想空間での仕事が行えるようになる。
まだ業務の種類は少ないので、大人数の受け入れはできない。
そして、障害を持つ市民が最優先だ。
それでも全シティから、毎日大勢の人たちがログインして、熱心に料理の研究開発を行っている。
仮想空間なら五体満足で仕事ができるので、社員の熱意は高い。
今は日夜激しい議論の末に、新作パンが生み出されている。
こっちだと体を自由に動かせるため、互いに味の好みを強く主張しすぎて、取っ組み合いの喧嘩になることも良くあった。
怪我をしないように設定しているのが救いだが、惣菜パンのナンバーワンを決める議論で、何故トーナメント戦になるのかだ。
ただし、このような研究開発を行っていても、やはり都市のリソースが足りていない。
商品化するためには、さらに多くの壁を越えなければいけない。
また氷河期以前の知識や技術も注目され始めたことで、収集や分析を行う専門の部署が作られた。
こちらもネットワークへのアクセスが可能な市民を募集しているが、何しろ破損していたり断片的な情報が多すぎるため、とにかく人手が足りていない。
ただネットワーク関連の仕事の人気は、料理部門に偏っている。
旧時代の遺物探しは浪漫はあるが、殆ど博打のようなものだ。
どれだけ時間をかけて念入りに探しても、ゴミしか出てこないことも珍しくはなく、どうにもパッとしない部署なのだった。
そんな偉業を成し遂げ続けているアリサちゃんだが、風邪を引いたと報告が届く。
チームの軍医が、アリサちゃんの健康状態を常にチェックしていた。
なので問題が発生すると報告が入るのだが、すぐあとにマザー様から友人が体調を崩したとの連絡があった。
さらにマンションの管理人のナンシーさんからも、似た内容のメールが届く。
思えば先日のパン屋の事件では、アリサちゃんはかなり無理をしていた。
そこで心身共に疲弊したのが原因かも知れない。
俺たちもあの場に居たので、どうにも責任を感じてしまう。
それに護衛対象を守るのが、我々の役目だ。
当然速やかに対処して、万全の状態に戻さなければいけない。
しかしである。
それはそれとして、マザー様はアリサちゃんを頼りすぎている。
このところ、夜遅くまで仮想空間で会議や実験を続けていて、本人も気づかないうちに過労が溜まっていたのだ。
マザー様から、そのような説明があった。
最初は言い淀んでいたが、俺たちが情報の開示を求めたのだ。
アリサちゃんを治療するためには原因究明が必要なので、聞いておかないと困るのである。
だが自分たちは、マザー様には絶対服従だ。
決してツッコミを入れたり、言い返すことはしない。
だが立体映像の彼女を、マジかコイツとばかりにジト目で見てしまった。
彼女も一応、やらかした自覚があるようだ。
だから俺たちの不遜な行動に関しては、今回はお咎めなしにしてくれた。
けれど、アリサちゃんが風邪を引いた、原因の一つなのは明らかである。
とにかく、彼女は絶対に失うわけにはいかない。
マザー様だけでなく、俺たち市民にとっても重要な存在だ。
何しろ、全人類の命運を握っているのである。
絶対に助けないといけない。
風邪だとしても、決して油断はできない。全力で対処するべきだ。
アリサちゃんは、幼い頃から拒絶反応が頻繁に出ていた。
体もあまり強くはなく、サイボーグ化の手術もしていない。完全な生身だ。
ちょっとしたことで肉体が損傷し、あっさり死んでしまう。
病気になった次の日の朝には、冷たくなっていることも十分にあり得る。
幸い身辺警護だけでなく、二十四時間体制で身体情報をスキャンしている。
優秀な軍医もチームメンバーには居るのだ。
怪我や病状に関しても、かなり詳しい。
肉体に負担をかけずに病気を治療する薬も、すぐに手配した。
当然かなりの高級品だが、値段に関してはどうでも良いのだ。
どうせマザー様が全額支払うので、無料なようなものである。
問題は、これをどうやってアリサちゃんに飲ませるかだ。
そもそも最初は、秘密裏に要人を護衛する任務だった。
今は上級市民からの依頼で、ボディガードをしていることになっている。
下級市民にとっては、風邪薬は全て高価であり、それを勝手に飲ませて良いものかと悩む。
残念ながら、俺たちと彼女との交友関係は殆どない。
マンションでたまに顔を合わせたら、社交辞令の挨拶する程度だ。
上級市民からの施しだと言えば受け取るかもだが、何か裏があるのではないかと怪しむ可能性もゼロではない。
たとえその場は信じてもらえても、今後の交友関係は負い目によって距離を取られるのも、それはそれで不味い。
愛娘のような存在であるアリサちゃんに露骨に気を使われると、主に俺の精神状態が不安定になりそうだ。
彼女を可愛がっている部下たちも、気落ちしそうである。
なのでチームメンバーと色々考えた結果、使用期限が切れそうな風邪薬だと偽ることにした。
捨てるぐらいならと、アリサちゃんにあげたのだ。
廃棄寸前の物を渡すので、印象としてあまり良くはない。
しかし理由としては納得はできるし、これなら少しは気が楽になるはずだ。
俺はマンションの管理人であるナンシーさんに、あらかじめ考えておいた台詞を一語一句間違えることなく伝えて、薬を渡す。
すると、すぐにアリサちゃんに飲ませに行ってくれた。
その後、効果はすぐに出たようだ。
軍医の報告でも回復に向かっているようで、俺たちは計画が上手くいって一安心である。
後日、体調が戻ったアリサちゃんが、自作したパンを持ってお礼に来てくれた。
礼儀正しい子だなと感心しつつ、気にしなくても良いと返事をしておく。
パンの生みの親なので、自作できるのは知っていた。
しかし、普通に店売りよりも美味い。
皆で分けてくださいと言われても、独り占めしたくなるほどだ。
もちろん、そんなことはしない。
仲間たちと作戦の成功を祝いながら、美味しくいただく。
しかし、せっかく皆が集まったのだ。
アリサちゃんが今進めている、新しい配給計画のことを語り合った。
このようなパンが、いつでも食べられる時代が必ず来る。
少し前まで考えられなかった、明るい未来だ。
だからこそ責任重大な任務だが、同時にやりがいもある。
最近はセントラルシティから派遣されて、ウキウキでやって来たアリサちゃん親衛隊が煩いが、護衛を変わる気はない。
そんなマザー様とアリサちゃんが、新しく作り出す人類の未来に、皆と笑顔で乾杯するのだった。