ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
風邪薬を飲んでゆっくり休み、たったの一日で風邪が完治した。
科学の進歩ってすげーと驚いたが、それでも病みあがりである。
仮想空間に潜るのは止めて、ジョンさんやナンシーさんだけでなく、心配してお見舞いに来てくれたマンションの皆のために炊飯器モドキでパンを焼く。
今の私は、これぐらいしかできない。
でもお世話になったからには、何かしらのお返しをするのが礼儀というものだ。
準備を終えたら厚着をして外に出て、マンション住民の部屋を順番に回って礼を言いつつパンを配る。
終わったら自分の家に戻り、ベッドで横になった。
病みあがりは体力が減っているので、風邪がぶり返さないように気をつける。
他のことは何もせずに、ゆっくり体を休めるのだった。
次の日になると、すっかり元気になって体力も回復する。
多分気のせいだろうが、風邪で寝込む前よりも体調が良くなったように感じた。
思えば家に引き籠って、殆ど仮想空間で仕事をする生活だ。
ずっと寝たきりでログインしっぱなしなのも、それはそれで疲れるのかも知れない。
運動はしなくても脳は働いているわけだし、精神的な負荷がかかっていてもおかしくなかった。
なのでマザーには悪いが、今後は勤務時間は朝から夕方までに変更させてもらうことに決める。
とにかく体を軽く動かして良い汗をかいたあと、シャワーを浴びる。
着替えて水分補給をして一息つき、いつも通りベッドに横になった。
しかし、たった数日ログインしてないだけで、凄く長く休んだように感じる。
実際はそんなことないんだけど、それだけずっと仮想空間に入り浸っていたからだろう。
取りあえず、大きく呼吸して目を閉じる。
ネットワークにアクセスし、久しぶりに仮想空間に入った。
出現場所は自宅のベッドなので、起き上がって外に出る。
いつも通り、すぐマザーがログインしてきた。
相変わらず、彼女以外は誰も入ってこない。
しかし下級市民が運営する、場末のサイトなので致し方なしだ。
だが別にわざわざ人を呼び込む気もないし、困ってもいない。
宣伝はしていないし、人が増えると気が散って作業効率が落ちそうだ。
そしてマザーだが、多分私がログインすると通知が届く設定にしているのだろうが、普段何をしているのか気になる。
だが彼女が上級市民なのは判明しているし、きっと一日中ネットに入り浸れるぐらい暇なのだろう。
一応は仕事で実験をしている私としては、何とも羨ましい限りである。
それはそれとして、彼女は私の数少ない友人だ。
わざわざ、そのことについて詮索するつもりはない。
聞かなくてもわかっていることだし、今の距離感が気楽でちょうど良い。
家の外には二人分の椅子と机が出しっぱなしなので、いちいち実体化させるまでもなかった。
仮想空間なので、立ちっぱでも肉体は疲れない。
だが現実そっくりなので、どうにも落ち着かないのだ。
取りあえずいつも通り、さり気なく声をかける。
「オレンジジュースでいい?」
「お任せしますわ」
最近は、各都市の上級や中級市民の間で、オレンジやリンゴやブドウなどの果実そっくりの合成ジュースがブームになっていた。
震源地は間違いなくココだろうが、苦情のメールが届かなければ別に良い。
基本的に私が創造して安全性が確認されたモノは、全シティ共通のフリー素材になるのだ。
なので仮想空間のそれらをヒントに、金に物を言わせて現実でもと考えるのは、わからなくもない。
いい加減にパン関連の明るいニュースも飽きてきたし、良いタイミングではなかろうかだ。
とにかくオレンジ果汁百パーセントの液体とグラスを、机の上に実体化させる。
仮想空間はイメージで補完できるので、私の貯金では実現不可能なこともできてしまう。
マザーの方は、空中に半透明のウインドウを表示する。
過去に創造したお菓子カタログを開き、今日は何にしようかと真剣に悩んでいた。
取りあえず私は、やることをやったので椅子に座って少し待つ。
やがてお皿の上には、薄切りにしたポテトを油で揚げたお菓子が出現した。
「この通り、無事に完治しました。このたびは、大変お世話になりました」
「いえいえ、どう致しましてですわ。とにかく風邪が治って良かったですわ」
彼女も向かい合うように椅子に座る。
オレンジジュースを飲みながら安堵していた。
本当に嬉しそうな顔をしているので、凄く心配させてしまったようだ。
確かに前世でも、風邪が悪化して死ぬことがある。
保険や薬代にも苦労する下級市民だと、かなり深刻だ。
今回はジョンさんから風邪薬をもらったが、アレはほぼ間違いなくマザーが関わりっている。
先程の返答でそれっぽい発言があったので、確定だ。
あとは、使用期限ギリギリが嘘か本当かはわからない。
でも風邪薬をネット友達にあげるぐらい、上級市民には大した負担ではないので、そういうことなのだろう。
しかし、そう何度もマザーやジョンさんたちに、迷惑をかけるわけにはいかない。
今後は体内の免疫機能に頑張ってもらうのだが、実際には少し不安だった
なので私はそのことをマザーに相談するため、空中に半透明のウインドウを呼び出した。
そしてオーナーにのみ許されている、アリサベーカリーの詳細情報を閲覧し、彼女に意見を求める。
「この情報を見ればわかるけど、先日よりもお客さんが減ってるよね」
「ええ、多くの下級市民は配給で十分と判断したようですわ。
効果は確実に出ていますわね」
私のオーナーの権限は、まだ剥奪されていない。
そして思いつきの案だが、コッペパンが配給に混ざるようになった。
下級市民はわざわざ苦労して買いに行かなくても、パンが食べられることに満足している。
ディストピア風に言えば、市民の幸福度が劇的な増加を見せている。
まあ今まではゼロに近かったと言うか、ぶっちゃけマイナスでいつ爆発してもおかしくなかったのだ。
なのでこれまでずっと地面に潜っていたのが、ようやく地上に出ただけとも言う。
とにかく、おかげでアリサベーカリーの客数は大きく減った。
資本主義社会なら、店舗経営にとって客が減るのは死活問題だ。
しかし私が転生したディストピア世界は、限られたリソースを都市で分け合ってやり繰りしている。
全ての企業が、国営と言っても過言ではないのだ。
ただ貧富の差が激しく、特権階級も存在する。
社会主義ではなく、昔の中世ヨーロッパ的な貴族社会に近いかも知れない。
ただ中等部に上がれなかった私は、法律や社会について詳しくはなかった。
あくまで、そうかも知れない程度だ。
何よりその辺りの社会システムは、今回の件ではあまり重要ではない。
私はオレンジジュースを一口飲んで、話を先に進める。
「今後はコッペパン以外も供給に入れる予定だけど、問題があるんだよね」
「都市のリソースですわね?」
もっとも意見であり、マザーは正解を言い当てた。
しかし私は、頷かない。
「それもあるけど、私が気にしてるのは、もっと別のことだね」
当初の計画では市民の不満を解消するために、配給に回すパンの種類を、少しずつ増やしていくつもりだった。
それ自体は間違っていないし、今後も続けていく。
しかし先日、私は風邪を引いてしまった。
なので、この計画の欠点に気づき、早急な対応をと思ったのだ。
「マザーも言ってたけど、パンは完全栄養食品と比べて、栄養価が低いんだよね」
「ええ、確かにそうですわね」
私は、最初に会ったときのマザーの言葉を思い出す。
食事などただの栄養補給であり、賞味期限切れのカロリ◯メイトとカエルの卵っぽい完全栄養食品を食べていれば、それだけで良い的なことを言っていた。
確かに人が生きていけるだけの栄養を摂ることができるので、理に適っている。
免疫力も高まるので、不衛生な環境に住んで、不規則な生活をしても、風邪には簡単にかからない。
だが私は、こんな不味い物を食べられるかと全面的に拒否し、パン食を続けていた。
一応合成肉や野菜も摂っているが、値段が高いのでそこまで量は多くない。
私が風邪を引いたのは、不規則な生活やストレス、元々体が弱いからなのもあるかも知れないけど、食生活の偏りも原因の一つするのだ。
「ですが、パンの栄養価は、そこまで低くはありませんわ」
「そうなんだけどね。けど、以前より低下してるのは事実だよ」
確かに前世のコッペパンとは別物だ。
完全栄養食を一部流用し、味と栄養の両方を追求した。それでも、栄養面で劣っているのは違わない。
短期なら問題はなくて、自分のように長期になると、肉体に何かしらの影響が出ないとも限らないのだ。
マザーも一理ありと思ったようだ。
難しい顔をして、考え込んでいる。
「では、計画を取り止めますの?」
パンを配給する計画の中止を尋ねるが、私を首を横に振る。
「いや、このまま続けるよ。
目の前にぶら下げてた餌を取り下げたら、本当に暴動が起きちゃうからね」
全ての市民が、パンとは美味しいことを知ってしまった。
ここでもし計画を中止したら、不満が爆発して暴動が発生する。
または、闇市的なパンの売り買いが横行しかねない。
前世では、とても考えられないことだ。
しかしディストピア世界では、起きてもおかしくない。
だが計画をそのまま進めると、栄養不足で体調を崩す市民が出てくる可能性がある。
絶対ではないが、予防策を講じていて損はない。
減らす努力を放棄するわけにもいかないし、自分もまた風邪を引いて寝込むのは嫌だ。
そのために私は、従来の計画を修正する。
そして新しいプランを空中のウインドウを表示して、堂々と宣言した。
「ゆえに私は! アリサ給食センター計画を立案します!」
ババーンという効果音は流れないが、気分的にはそんな感じだ。
マザーが驚いているし、とにかく良しである。
しかし、少しだけ恥ずかしかった。
若干赤面していると、正気に戻った彼女が疑問を口にする。
「あの、アリサ? 給食センターとは何ですの?」
基本的に各都市の生産工場やっていることは変わらないが、言葉の響きが違うのでピンとこなかったようだ。
「食品を作って、各方面に配給する施設だね」
「なるほど、食料生産工場と同じですわね」
そう彼女に指摘されれば、本当に同じだなと思った。
しかし、やはり完全栄養食品の工場とは違う。
何しろ私が想像する給食センターは、前世基準だからだ。
私は半透明のウインドウの表示画面に変更する。
各種料理を大鍋やベルトコンベアや各種調理器具を使い、大勢のアンドロイドたちがせっせと作っている動画を流した。
完全なイメージ映像で、ディストピア世界だと大体こんな感じかなーと適当ではある。
しかし、マザーの興味を引くことには成功したようだ。
彼女は食い入るように見つめつつ、とうとう耐えきれずにヨダレを垂らし出す。
「これは! 絶対に美味いやつですわ! アリサ!」
「いやいや! あれはイメージ映像だからね!
給食ってあんな感じで作るのかなーって、全部私の想像っ!」
イメージ次第で、高度な処理が可能な仮想空間だからできる捏造映像だ。
そしてマザーは、私の調理風景を何度も見ている。
給食センターで作られる料理が、絶対に美味しいと確信してしまった。
それが悪いとは言わないし、超速理解できるのは良いことだ。
しかし興奮状態のマザーが落ち着かないため、説明を再開できない。
仕方ないので、物は試しで実際に私が作るハメになる。
マザーは常日頃から、私の手料理が食べたい的な口説き文句を良く言う。
男性だったら、間違いなく勘違いするやつだ。
私は女性なので、やる気を出ささせるための冗談だとわかっている。
だがまあ結局、今回も料理するのだ。
前世が大衆食堂の娘だったし、作るのは別に嫌いじゃない。
取りあえず、八宝菜と酢豚とエビチリと餃子と炒飯を作って机に並べる。
待ち望んでいたマザーに食べさせた。
久しぶりに中華鍋を振るったが、仮想空間なら疲れることがない。
現実と同じように非力でもないので、楽ちんである。
あとは文字通りの時短が簡単にできるため、手早く完成させられた。
そして感想はというと、これまたいつも通りだ。
「美味しいですわ! ワタクシの予想通りですわ!」
「現実じゃ無駄なコストがかかるから、料理はしないけどね」
そもそも自宅の台所にはろくな調理器具がなく、食材も高価なのでやろうと思ってもできない。
湯を沸かしたり食事を温めたりなどは、簡単にできるので便利ではあるが、現実では料理の腕を振るうことはないだろう。
そしてマザーは食欲を満たしたことで、ようやく聞く姿勢にはなった。
私は小皿に炒飯を取り分けながら、話を再開する。
「じゃあ、私が今考えている計画について説明するね」
私はウィンドウの映像を切り替えて、なるべくわかりやすく伝えていく。
「それは今稼働している食料生産工場を、順次給食センターに変えていくこと」
「でも、コストがかかるのではなくて?」
「機械化すれば大丈夫だよ。……多分ね」
一から十まで、人の手で料理する必要はない。
機械に任せられるところは、全部任せてしまえば良いのだ。
どの程度コストを削減できるかは不明だが、ディストピア世界の科学技術は前世よりも遥かに進んでいる。
地道に試行錯誤していけば、多分なんとかなるだろう。
ならなかったら、何とかなれーと神頼みするだけだ。
「調理工程や配合を変えれば、完全栄養食からパンが作れたんだよ。
だから給食センターも、理論上は可能なはず」
例えるなら、全ての料理を凝縮したのが完全栄養食だ。
私はそれを解きほぐし、氷河期以前の時代の食文化に戻していいく。
もちろん栄養価が高かったり、生産コストが安いという良い面は、できるだけ残すように気をつけてだ。
「一食で全ての栄養は補えないけど、長期的にバランスを取れように献立表を作れば大丈夫」
パンを高栄養に設定しても、どうしても偏ってしまう。
しかし、足りない分は他の料理で補えば問題はない。
例として、三十日分の給食を半透明のウインドウにズラリと表示する。
マザーはそれを見て、おおーっと声を出した。
「料理の想像はできませんが! 何だか凄くワクワクしますわ!」
「知ってる料理を、適当に並べただけだけどね」
こっちの給食センターは休まないため、一日三食を毎日配送している。
さらに主食、副菜、主菜、乳製品と果物などのバランスも考え出すと、私の処理能力では全然足りない。
なので、知ってる料理をズラリと箇条書きにして空欄を埋めたのだ。
とにかく大体説明し終わった。
オレンジジュースをチビチビ飲みながら、続きを話していく。
「最初は完全栄養食の一部を、生産が容易な給食メニューに変更する。
少しずつ種類を増やして、バランスを整えていく感じにしようか」
「食料生産工場も急な変更は難しいですし、検証も行わないとですものね」
調理作業や食材や栄養バランス、何もかもが不明だらけだ。
大雑把な案を出し、これから詰めていく段階である。
パン屋のように、市民の反応を見て調整もしないといけない。
このあとのことを考えると、どうにも気が重くなる。
しかし、また体調を崩して風邪を引くのは嫌だ。
なので遅かれ早かれ案を出すつもりではあったが、やはり急すぎる。
「でも今私が言ったのは、机上の空論。
上級市民や統括人工知能が、提案に乗ってくれるかはわからないよ」
私はわざとらしく肩をすくめて、次にマザーを真っ直ぐに見つめる。
「そういうわけで、マザー。提出のほうをお願い」
「お任せあれ! ですわ!」
上級市民のマザーが協力してくれるのは、本当にありがたい。
私の交友関係はかなり少ないし、気楽に話せる知り合いは彼女ぐらいだ。
何にせよ、一先ず案は出した。
あとは上級市民と統括人工知能の反応次第だ。
パン屋のときも全シティ同時オープンだったが、今回はそれより規模が大きい。
配給そのものを変更するため、ダメ出しされる可能性がとても高かった。
だがせっかく練った草案がボツになるのは、正直しんどい。
なので、私の仕事はここまでだ。
草案を提出したあとは、シティの頭の良い人たちが、上手いことやってくれるのを信じる。
そう割り切って、テーブルに並んでいる冷めない中華料理に手を伸ばすと、何故か凄くやる気になっているマザーが、瞳を輝かせながら尋ねてくる。
「アリサ! 給食センターの設備やメニューについて、計画を練りましょう!」
私は伸ばした手を途中で止めて、困った顔をする。
「まだ採用されるかわからないよ?
それに、かなり規模の大きい改革だし。
私たちが関わることになったとしても、シティの上層部と何度もやり取りして、少しずつ進めることになると思うんだけど」
いちいち軌道修正するのも面倒だ。
できれば統括人工知能に全部お任せしたほうが、上手くいくような気がする。
無敵のスタープラチナ感があるけど、今回は流石に規模が大きすぎて私の手に余るのだ。
しかしマザーは違うようだ。
「絶対採用されるに決まっていますし、善は急げですわ」
凄いやる気になっている。
この状態の彼女は私が何を言っても止まらないのだ。
私は仕方ないと諦めて深呼吸をし、意識を集中させる。
そして先程のイメージ映像を参考に、目の前に平野に給食センターが建てられた。
一応、前世に見学したことがあるが、昔のことなので記憶があやふやだ。
それでもある程度形になっていれば、残りは想像で補える。
「取りあえず、中に入ってみようか」
「ええ、楽しみですわ」
私がよっこらしょと椅子から立ち上がると、マザーも続く。
自分の発想は前世が元になっているため、こちらに合わせる際には改善の余地が多々ある。
しかし逆に、ディストピア世界では到底至らなかった発想あるのだ。
上手いことバランスが取りたいものだが、それは追々である。
それはそれとして、マザーと一緒に給食センターの中を探索する。
時々足を止めて調理機械を調べながら、今後の計画を少しずつ詰めていく。
仕事ではあるが空気が緩いので、やってることはネット友達の談笑である。
私にとって、ディストピア世界に転生して、もっとも幸運だったのは、マザーと出会えたことだ。
しかし口に出すと小っ恥ずかしいので、絶対に言いたくない。
それに、彼女にとっては私は、数ある友人の一人に過ぎない。
上級市民のご令嬢ともなれば、仲の良い友人も凄くたくさん居るはずだ。
そっちは別に何も思わないし、仮想空間の中では二人っきりなので、上流階級の面倒事に巻き込まれなくて済んでいることが、心底ありがたかったのだった。