ディストピアのネット友達が優秀すぎる   作:名無しのペロリスト

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仕事が終わらないんだけど

 色々あって、全シティ同時オープンしたアリサベーカリーである。

 しかし連日満員どころか、いつ暴動が起きてもおかしくない混雑具合だった。

 市民の不満が爆発する前に、配給にパンを混ぜることで何とか沈静化することに成功する。

 

 だが下級と中級の市民は、それで納得してくれた。

 しかし買い占めに走っていた上級は、そうはいかない。

 

 一部のパンを配給に回すために、店頭から消えて文句を言ってきた。

 

 彼らは都市人口の約一パーセントなので、無視しても問題はないように思えるが、絶大な権限を持っている。

 やはり組織や団体、またはシティの特権階級を蔑ろにするのは、どう考えても得策ではなかった。

 

 

 

 今回は、その対策をマザーから相談される。

 私が呼び出される形で仮想空間にログインするという、ちょっと珍しいパターンだ。

 

 不規則な生活が続いて風邪を引いてからは、夜遅くまで留まるのはNGになった。

 適当なところで切り上げて、現実でゆっくり休むようになる。

 

 彼女も、それで納得してくれていた。

 しかし本当に困っているのか、早くきてー早くきてーと泣きつかれたのだ。

 

 なので起きてからすぐ、朝食を済ませて入室した。

 いつも通り、マザーもほぼ同時にログインする。

 

 仮想空間も現実時間と連動しており、まだ夜明け前で少し暗い。

 私はアクビや眠気を堪えながら椅子に座り、彼女を向かい合う。

 すると、早速本題を切り出してきた。

 

「メールでも連絡しましたけど、例の件についてアリサの解決方法を聞きたいですわ」

 

 半透明のウインドウが空中に表示されて、例の件とやらのシティニュースが映し出される。

 

 そこにはアリサベーカリーのメニューの一部が消えて、上級市民が顔を真っ赤にして喚き散らしている映像だ。

 

 ニュースは基本的に偏向報道である。

 市民のモチベーションを下げる映像は流さない。

 しかし、もはや隠し通せる段階ではないのか、または己の意見を通すために放送局を買収したのか、私には判断できなかった。

 

 とにかく、僕たち私たちは怒ってますと言わんばかりの、ある意味では偏向報道が全シティニュースで流れていた。

 

 

 

 しかし、解決方法を聞かれた私も頭を抱えて、そんなにすぐには思い浮かばない。

 取りあえず、リンゴジュースを彼女の分まで用意する。

 

 どうしたものかと考えて、しばらく悩んだが良い案が出てこない。

 一息つくためにジュースに口をつけ、お行儀が悪いが空気を吹き込んだりして、結局何も思い浮かばずに、マザーに声をかける。

 

「こういうことは、マザーのほうが得意じゃないの?」

「ワタクシにだって、できないことぐらいありますわ」

 

 マザーは上級市民だ。

 同じ身分なんだし、私があれこれ考えるよりも建設的な解決策が思いつくはずである。

 

 しかし彼女は大きな溜息を吐いたので、本当にお手上げのようだ。

 

 

 

 友人が困っているんだし、私も腕を組んでうーんと空を見ながら考えた。

 だが上級市民の提案を飲むと、それより下は表には出さないが確実に不満に思うだろう。

 

 双方が納得する案というのは、本当に難しい。

 マザーも全シティが丸く収まる解決策をと考えているのだろうが、世の中そんなに都合の良いものはない。

 

 だがここでふと、あることを思いつく。

 

「これなら、何とかなる?」

 

 私の発言を聞いたマザーは、期待に目を輝かせて続きを待っている。

 

 しかし、藁にもすがる思いの彼女をガッカリさせたくないが、別に自信があるわけでもなかった。

 なので内心で不安に思いながらも、半透明のウインドウを空中に表示し、順番に説明していく。

 

「配給を、松竹梅の三種類に分けます!」

 

 彼女は意味がわからず、はてと首を傾げる。

 しかし私は、気にせずに続きを話していく。

 

「松が上級、竹が中級、梅が下級という感じに、明確にランクを分けるの!」

 

 半透明のウインドウには、さらに細かな説明を記載して、私は思いつきの案を頑張って言葉に敷く。

 

 まず梅コースは、給料からの自動引き落としで配給を受けられる。

 竹コースは、さらに追加で月々クレジットを支払えば、少し豪華なサービスが受けられる。

 そして松コースは、さらに高級路線だ。

 

 

 

 この考えに至った理由は、ディストピアの特権階級は下々の者が手に入らないものを求めて、自慢したがるからだ。

 自分たちが他人よりも圧倒的優位に立っていると主張し、自己顕示欲を満たしている。

 

「松コースは上級市民だけしか購入できないわけじゃないよ。

 中級と下級も、お金さえ払えば買えるの。

 かなりの出費になるから、気軽にとはいかないけどね」

 

 今後配給される給食は、全市民が毎日受け取れる。

 その中でランク分けすれば、上級市民は松コースを購入するだろう。

 

 生産ラインや食材や調理工程などを、もう一度最初から設定し直さなければいけないが、これで少しは不満を解消できるはずだ。

 

 問題はそれだけのリソースをどうやって捻出するかだけど、これまで貯め込んでいたクレジットを吐き出させる形で、何やかんやして経済を回してもらえば良い。

 

「配給を受け取ったあとに、どうせあとでアレンジするんだから!

 先にお高いコースを出しても、問題ないでしょ!」

 

 これまでの上級市民は天然物を勝手に追加したり、塩や砂糖でオリジナリティと言えるかは微妙だが、味を変化させていた。

 だから最初から明確にランク付けすることで、自分たちは下級や中級とは違うと、自己顕示欲を満たせるようにする。

 

 まあその辺りのことは自分はあまり詳しくないし、調整の方はシティの偉い人と都市統括人工知能に任せるが、草案としてはこんなところだ。

 

「それで改善しますの?」

「絶対に改善する保証はないけど、やってみる価値はあるよ!」

 

 そう言って、リンゴジュースを一口飲む。

 少なくとも市民の生活レベルは確実に上がるし、幸福度も高まるはずだ。

 

「目先の欲求が叶えられなくても、別の欲求が叶えられば、取りあえずは満足するからね!」

 

 それに新作のゲームを買いに行ったので売り切れで、仕方なく別ゲーを購入してプレイしたら、意外と面白くて熱中することもある。

 パンにこだわっていた上級市民も給食を食べて、山岡さんの鮎はカスやになる可能性があった。

 

 あとは自分に利があるなら、感情的に納得できなくても、飲み込める人は多い。

 メリットが大きければ尚更なので、多分上手くいくはずだ。

 

 マザーも納得したのか、深く頷いている。

 

「やはりアリサに相談して正解でしたわ」

「いえいえ、どう致しまして」

 

 ネット友達の役に立てたなら何よりだ。

 彼女のおかげで、私はお給料がもらえるようになった。

 感謝しているのは、こっちのほうだ。

 

 私はそう言って何となく空を眺めて、大きく息を吐く。

 

(でも、もし市民のストレスが完全に解消されたら、私って無職になるのかな?)

 

 市民のストレス解消のために仮想空間を借りているのだ。

 それがなくなれば給料も出なくなるし、最悪ネットワークのアクセス権も失う可能性がある。

 

 それはかなり困るが、ただでさえ生きにくいディストピアの世界だ。

 ストレスによる負荷など少ないほうが良いし、前世でもゼロにはならなかったのである。きっとそうはならない。

 

 あとは、友人との語らいの場がなくなるのは困る。

 

 私がぼんやりとそんなことを考えていると、マザーが率直な疑問を尋ねてくる。

 

「ところで、アリサ。何故コース名が、松竹梅なのですの?」

「ええと、……何となくかな」

 

 前世で縁起の良い言葉だったはずだ。

 どのような由来があるのかまでは詳しくは知らないし、その辺りについて説明してマザーが納得するとも限らない。

 

 変なことを気にしてアタフタする可能性が高いので、最初から適当に流しておく。

 どうせまた断片的な情報を拾ったのだろうと思われているから、説明の手間が省けて良い。

 

 

 

 だがたとえ元の情報が存在しなくても、怪しまれることはない。これからもそうだろう。

 何故なら、思い出した私自身でさえ良くわかっていないからだ。

 

 あまりにも頭が悪いおかげで、マザーが追求しても全く説明できないことが良くあり、情報の出処も同じだと思われて、そっちに関しては全く期待されていない。

 

 それはちょっと恥ずかしいし、情けないと思うのだが、私は前世からこんな感じだ。

 それに、マザーもアリサだからで納得している。

 

 細けえことは良いんだよの精神だ。

 実際に私も全然わかっていないので、説明なんて無理である。

 

 何だか知らんがとにかくヨシと、今日も行き当たりばったりで乗り切っていく。

 

「何にせよ、これで一応解決?」

「ええ、そうなりますわね」

 

 各シティの給食センターが本格的に稼働を開始すれば、完全栄養食は趣味やごく一部の人が食べるだけになる。

 

 栄養バランスも、長期的には釣り合いが取れるはずだ。

 味についても、普通に食事を楽しめる程度に改善できる。

 

 

 

 私は何とかなって良かったと、一仕事を終えた余韻に浸る。

 別に疲れてはいないが、気分的に伸びをした。

 

 続いて青空をぼんやりと眺めていると、マザーがリンゴジュースを飲みながら声をかけてきた。

 

「そう言えばアリサは、初めて会ったときも空を見上げていましたわね」

「そうだっけ?」

 

 ここ最近は、色んなことがあった。

 マザーと初めて会ったときのことは何となく覚えているが、細かいことは忘れてしまっている。

 

 だが彼女はしっかり頷いているので、多分そうなのだろう。

 

「青空に、何か思い入れがあるのですか?」

 

 マザーはさらに突っ込んで聞いてきて、私はうーんと少しだけ考える。

 

「別にそんなんじゃないけど」

「けど、何ですか?」

 

 これに関しては、自分でも良くわかっていない。

 なので、マザーの質問に答えるのは少し時間がかかった。

 

「シティは閉塞感があるし、空は変わり映えしないから、つまらないなって」

「そう言えば、ずっと変わってませんわね」

 

 ドームの天井はいつも青空で、雨や風も埃や汚れなどを洗い流したり、空気を循環させる目的で使われている。

 

 なので毎日同じ空が流れて、時間ピッタリに太陽が沈む。

 今は仮想空間に籠っているので縁がないが、スクールに通っていた頃は空が無限ループしていることに驚いたものだ。

 

 そして早々に飽きたのだが、マザーは何やら思うところがあるらしい。

 

「ふむ、つまらないですか」

 

 マザーは深く考え込んでいる。

 だが私は何となくの発言なので、別に深い意味はない。

 

 あくまで前世を知る自分が、退屈だと感じているだけだ。

 ここで生まれ育った人は慣れているし、きっと何も感じない。

 

 

 

 だけど、それはちょっとだけ寂しいかも知れない。

 そう思いながら、再び青空を眺める。

 

 何となくセンチメンタルな気持ちになり、私は昔を懐かしんで思い出の曲を口ずさむ。

 すると、正面に座っているマザーが興味を示す。

 

「アリサ、今のは何ですの?」

 

 かなり小声だったはずだが、マザーは地獄耳のようだ。

 すぐ目の前に居るので聞こえはしても、普通は気になるほどでない。

 

「意味不明な言語の羅列なのに、妙に惹かれますわ」

 

 しかも彼女は、私のやることに何にでも興味を示す。

 だがわざわざ隠すようなことではないため、正直に告げる。

 

「今のは音楽だよ」

「なるほど、これが音楽でしたのね」

 

 ディストピア世界の音楽が、廃れたのか規制されたのかは知らない。

 市民は誰も歌っていないし、楽器も殆ど残っていなかった。

 ネットワーク上には断片的には存在しているが、もはや誰も興味を持っていない。

 

 土が痩せ細っているうえに種も蒔いてないので、新しい音楽が芽吹かないのだろう。

 

 

 

 しかし、それは今までのことだ。

 これからは違うし、きっとマザーも手伝ってくれる。

 まだ諦めるには早いと思い、私は椅子から立ち上がった。

 

(そう言えば私! 転生してからずっと、サブカルチャーに触れてないじゃん!)

 

 生き延びるために必死だったのもあるし、あとは単純に仕事が忙しかった。

 生活環境を改善するのにいっぱいいっぱいだし、今もそうだ。

 

 しかし前世でアレほどどっぷり浸かり、そっち系の職業に進んだのに、もう十年以上もサブカルチャーに触れてない。

 

 これは由々しき事態だと判断した私は、目の前の平野にライブの特設ステージを創造する。

 仮想空間の部屋主権限で、イメージ力さえあれば、大抵のことは何とかなるので便利だ。

 

 

 

 

 それはそれとして、突然意味不明な行動を始めた私を見て、マザーは混乱していた。

 

 しかし私は、気にすすることなく舞台の上に移動する。

 このところ仕事ばかりで、ストレスが溜まっていたのもあった。

 

 そしてオタク友達とや、一人でのカラオケ経験も、そこそこある前世だ。

 私はマイクを片手に微笑みながら、困惑しているネット友達に手を振った。

 

「皆ー! 今日は私のライブに来てくれてありがとう!

 それじゃ早速一曲目! 飛ばして行こー!」

 

 皆と言っても一人しか居ないが、その場のノリで舞台挨拶を行う。

 続けて遠隔で起動し、スピーカーから大音量で馴染みの曲を流す。

 

 こういうのは、恥ずかしがったら負けである。

 とにかく流れに身を任せるのだ。

 

 ゆえに私は、全力で歌った。

 転生してからの鬱憤を発散するように、それはもう全身全霊で魂を込めた。

 

 仮想空間なので疲れないし、喉を痛めることもないのは、とてもありがたい。

 

 趣味のサブカルチャー系が多めだが、家族やお客さんの影響で、メジャーの曲も多少は知っている。

 とにかく気が済むまで、十曲以上は歌った。

 

 マザーは居るが、一人カラオケを満喫する。

 気づけば、空が夕焼けに染まっていた。

 

 

 

 肉体的な疲労はないが、精神的な充実感を覚える。

 手に持ったマイクを消して、一息つく。

 

「素晴らしい音楽でしたわ!」

 

 マザーは興奮気味に手を叩きながら、私のことを褒めてくれた。

 どうやら彼女も音楽とは何か、わかってくれたようだ。

 

「どっ、どう致しまして!」

 

 取りあえず退屈させなくて良かったと、ホッと息を吐く。

 若干照れが残っているが、ストレス発散目的で歌えってスッキリした。

 

 だがマザーは前世の曲を知らない。

 かなり緊張したけど、ハートは伝わったので、ゲリラライブが大成功だ。

 

 とにかく良しと思いながら、舞台から下りて彼女の元に歩いて行く。

 すると、彼女はとても嬉しそうに話しかけてくる。

 

「それで、いつデビューしますの!」

「えっ!?」

 

 何を言ってるのかと、私は理解できなかった。

 しかしマザーは、構わずに言葉を続ける。

 

「私でさえ心が震えましたのよ!

 全シティの市民が感動するのは、間違いありませんわ!

 ストレス解消効果が期待できますわね!」

 

 確かに音楽が復活するのは嬉しい。

 私は今の歌で、その草案を示したつもりだった。

 

 しかしそこで何故、私がデビューする話になっているのだと困惑する。

 

 音楽でストレス解消になるのはわかる。

 でもやっぱり、自分が舞台に立つ気はない。

 そのことをマザーに、はっきりと告げる。

 

「私はアイドルデビューしないよ!」

「ですが、アリサしか歌えませんよね?」

「音楽を勉強すれば、誰でも歌えるようになるよ!」

 

 どうしても駄目な人もいる。

 でも真面目に頑張れば、一定の水準にはなれるはずだ。

 

 それに音楽は食事事情とは違い、焦って進めることもない。

 できる人を増やして、少しずつ音楽を広めていけば、それで良いのだ。

 

 私はそう考えているが、マザーは違うらしい。

 

「ワタクシはアリサの歌声を全シティに届けたいですわ!」

「何で!?」

「録画もしていましたし、今から流していいです? いいですわよね!」

「止めて!」

 

 友人の前なので恥ずかしいのを我慢して、全力で歌えたのだ。

 それが全シティに公開するとなれば、話は全く変わってくる。

 

 芋っぽいジャージ姿で熱唱している姿を、大勢の市民に知られるのは、何としても避けなければいけない。

 

 現実のベッドの上で転げ回って、羞恥のあまり外を歩けなくなるのは避けたかった。

 

「ちょっと待って! 一旦落ち着こう!」

 

 私はマザーを必死に止める。

 今すぐでも全シティに映像を流したがっているのがわかってしまう。

 興奮状態の彼女から、これでもかと伝わってくるのだ。

 

 確かに、音楽にはストレス解消の効果はあるだろう。

 市民のことを考えれば、少しでも早く広めたい気持ちもわかる。

 

 だがやはりそれは、自分以外の誰かに託すべきだ。

 わざわざ私がアイドルデビューする必要はない。

 

 何なら声や演奏だけでも資料として提供できるし、あとはご自由にでも良いのだ。

 しかし友人が引く気は全くなさそうで、どうにも頭を抱える。

 

 もう時間は、あまり残されていなさそうだ。

 

(どう答えるのが正解なの!)

 

 私は悩んだ。

 そしてああでもないこうでもないと考えた末に結論を出し、大声で叫んだ。

 

「わっ、わかったよ! 歌えばいいんでしょ!」

「その言葉が聞きたかったですわ!」

 

 きっと彼女は、私が首を縦に振るまで選択肢の無限ループをする気だ。

 付き合いが長くなってきたので、そのぐらいはわかってしまう。

 

「確かに直接手本を見せたほうが、上達が早いのは間違ってないからね!

 ……やりたくはないけど! 資料映像でいいじゃん!」

「ステージで公演する際の一体感は、そこでしか味わえませんのよ!」

 

 やはり意見を変える気はないようだ。

 正直、全シティデビューと聞いても全然嬉しくない。

 最初から、そんな気はないので当たり前である。

 

(叶うなら、都市統括人工知能に、この提案を否決して欲しい!)

 

 上級市民のマザーは賛成に回っているので、最後の希望は都市統括AIしかない。

 しかし今日まで、こちらが送った案は全て通っているので、今回もひょっとしてという気がしてしまう。

 

 それでも、統括人工知能に縋るしかない。

 どうかアイドルデビューを却下してくれますようにと、切に願うのだった。

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