ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
<中級市民>
都市の中級市民は、下級ほど過酷ではない。しかし、上級ほど贅沢な暮らしもできない。
ちょうど中間に位置していて、人口比率はそれなりに多かった。
そんな我々だが、最近は食生活が少しずつ改善してきている。
退屈が紛れて、生きる楽しみもでき始めていた。
しかし、食事だけが生き甲斐というのも寂しいものだ。
そして上級市民ほど権限はなくて賃金は少ないが、下級よりは精神や時間的な余裕があった。
友人はクレジットを貯めて、いつかサイボーグ化の手術を受けるらしい。
しかし、あいにく自分はそんな気は起きない。
義体の手術を受けるには、途方もない金が必要になるからだ。
軍隊や荒事を職業にしない限りは、身体機能を強化する必要性は特に感じなかった。
昔は味覚を消すだけのお手軽な手術を受けようと考えていたが、今は食の楽しみを捨てるのは勿体ないので、特に魅力は感じなかった。
とにかく経済的に余裕のある上級市民ならともかく、下級どころか中級でも負担が厳しいのだ。
サイボーグ化は見合わせて、何か別の目標を探すことにした。
ならば余った時間やクレジットを何処に使うかと言うと、多くの市民の答えは大体決まっている。
それは、ネットワークサービスだ。
アバターに金をかけたり、少し高い脳内チップに変えたり、さらに有料の仮想空間で自分だけの箱庭を作ったりと、楽しみ方は色々ある。
他にも他人の部屋を覗きに行ったりもするが、基本は無料だが、会員制やクレジットが必要な場合もあり、ワクワクしながら入っても大して面白くないことも良くあった。
むしろ楽しめる場所のほうが少ないが、最近はシティ共通のフリー素材も充実してきて、ネットワークサービスもかなり盛り上がってきている。
なので、中級だけでなく上級と下級も含めて、暇潰しにはもってこいだ。
しかし結局は何処も、似たり寄ったり娯楽性はほぼない。
だからこそ最初は驚きや楽しみがあっても、飽きるのも早かった。
本当に退屈を紛らわせる以外に、利用価値はない。
ネットワーク上では全てのシティと繋がっているとはいえ、文化や技術が混ざり合ってとても長い時が経ったせいか、個性というものがなくなりつつあった。
新しくモノが生まれる土壌すらも消えてしまい、たとえ出てきたとしても、過去に何処かで見たようなモノばかりだ。
自分だけでなく誰もが一度は、仮想空間で独創的な世界を作ろうとはする。
しかしやはり誰かのモノマネか、過去に何処かで見たことのあるものしかできない。
全シティニュースも最近は面白いと思うようになってきたが、やはり暇潰しにしかならなかった。
食事が改善されつつあっても、不満を持っている市民は、まだまだ大勢居る。
しかし、具体的な解決策はまだ出ていない。
だが、最近の統括人工知能は違った。
革新的な取り組みを次々と行っている。
アリサベーカリーとアリサ給食センターは、全シティの市民を驚かせた。
閉鎖的で暗闇に覆われていた人類の未来に、ほんの少しだが光が見えた。そんな気がしたのだ。
なので政府広報で、ARISAというバンドを大々的に取り上げたときにも、驚くと同時に否が応でも期待してしまった。
仮想空間で公演を行うとわかったときは、一も二もなく飛びついた。
音楽など鼻歌ぐらいしか知らないが、全都市の食糧事情を改善した、あのアリサが関わっているのだ。
今度も、ただの暇潰しで終わるはずがない。
自分も心の底から夢中になれる、そんな何かを見つけられる気がした。
それに、どうやら無料公演らしい。
自分以外にも大勢の市民が、ライブに参加することになったのだった。
俺は自宅のベッドからネットワークにアクセスする。
開始時間よりも、かなり前に会場に入った。
いつものアバターを遠隔操作して、何となく周囲を見回す。
既に大勢の市民が席について、公演が始まるのを今か今かと待っていることがわかる。
「……何とか間に合ったか。
もう少し遅ければ、立ち見になるところだったぜ」
どうやら自分の席からは、一歩も動けない設定らしい。
そしてライブが始まるまで、まだ何時間もあるのだ。
なのに一億人の席は、その殆どが既に埋まっていた。
今も続々と入室してきているので、間もなくセントラルアリーナが満席になるのは間違いない。
もし席が全部埋まれば、仮想空間には入れなくなる。
部屋の外から、リアルタイムでライブ映像を眺めることになっていただろう。
3Dの拡大投影ができるので、ライブを見るだけなら問題はない。
だが現実と同じような臨場感や、この場の皆との一体感は、セントラルアリーナでしか味わえない。
「五感をオンにしてお楽しみくださいと、事前説明にも記載してあったしな」
自分だけでなく他の市民も、全員が未知の体験だ。
ライブを楽しむためのルールなら、指示には従うべきだし、そのほうがきっと楽しい。
せっかくの貴重な体験を台無しにする気はないので、俺は最初から五感はオンにしていた。
ちなみに一億人と言っても、全員が一箇所に集まるわけではない。
実際には五万人収容のセントラルアリーナが同じ空間に複数あり、公演は全て同時に行われる。
観客の行動を制限することで、スケジュール通りに進めるようだ。
しかし、多くの者は過去に何度も仮想空間に入室している。
驚いたり面白いと思ったことは、あまりなかったはずだ。
だが今この瞬間は、その場から一歩も動けないのに、自身の感情が揺り動かされているようだ。
「しかし、なんという熱気だ!」
これだけ大勢の市民が、一堂に会したことはない。
まさに過去最大のイベントである。
他の人たちも、ライブの始まりを待ちきれないようだ。
気持ちが高ぶっているのが伝わってくる。
それに影響されたのか、俺も否応なしにに期待してしまう。
これ程までに、心が騒ぐとは思ってもいなかった。
確かに、五感があるとないとはでは大違いだし、そういう意味でも席が埋まる前に入室できて良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。
「それにしても──」
俺は席に座ったまま手をかざし、目の前にウインドウを表示する。
会場には無数のドローンカメラが設置されており、ライブが始まったら好みの場所のカメラと感覚を共有するのだ。
なので、最前列よりも前から見物できる。
一億人も収容できるドームも含めて、色んな意味で発想がぶっ飛んでいた。
そこで俺は、色んな視点を試していると、外のドローンカメラに切り替わって驚く。
「これは森か?」
シティの外は極寒の地だ。
当然、森など惑星のどこにも何処にもない。
旧時代には存在していたことは知っていても、どんなものかはあまり詳しくない。
おまけに奥に行くほど草木が生い茂っているようで、何とも神秘的な光景だ。
もし席から立ち上がれたら、一度じっくり散策したくなってくる。
「容量制限に引っかかってるのか。……残念だ」
別のウィンドウでも仮想空間の情報を調べると、森の奥は範囲外らしい。
だがそもそも一億人の市民を収容できる会場を用意するだけでも、規格外と言える。
しかし他の仮想空間では、主要施設以外は白い壁のままも多く見られた。
けれど、とっくに失われた自然をわざわざ描くとは、流石はアリサと感服する。
「ううむ、わかっていたが! 何と言う創造力だ!」
シティの風景は何処も代わり映えがせず、構造も殆ど同じだ。
氷河期以前の惑星情報は殆ど残っておらず、とっくの昔に消失した情報だった。
しかし彼女は断片的な情報を繋ぎ合わせて再構築し、常人を遥かに越えるイメージ力を持っている。
全シティ共通フリー素材を提供した人物は、アリサと記載されていた。
「やはりベーカリーと給食センターも、同一人物のアリサで間違いないな」
どんな人物なのかは謎に包まれていて、情報統制もされている。
仮想空間なので本体ではなく、アバターなのは間違いないだろう。
それでも今日、大衆の目の前に堂々と姿を現すのだ。
「しかし、まだ数時間もあるのか」
期待はしているし、運良く席を確保できたのは良い。
しかし、開始まで数時間も待たなければいけなかった。
流石にそれは退屈なので、いっそのことアラームをセットして、始まるまで一眠りしようかと思ってしまう。
だがその前に、もう少しだけ仮想空間の情報を調べていく。
すると、あるモノを見つけて興味を惹かれる。
「全シティ掲示板サービスだと?」
説明だけでは良くわからない。
取りあえず起動し、メニュー表を呼び出す。
それと見た俺は、思わず笑ってしまった。
「なるほど、これは暇潰しに使えそうだな」
まずは、好みの掲示板を見つけて、あとはそこにアクセスするだけだ。
しかも会場内だけでなく、全シティからアクセスできる。
閲覧している市民のカウンターが凄い勢いで回っているため、見たり書き込んだりしている人たちが、とても多いのがわかった。
なお、この仮想空間の主人であるアリサは、最初は掲示板を作る予定はなかったようだ。
しかしあまりにも暇を持て余している市民が多いため、突貫工事で作成して試験運用を始めたようだ。
説明に記載されているし、大きくカッコで仮とも書かれていた。
想像力が豊かすぎて、本当に同じ人間なのかと疑いたくなる。
だからと言って、人工知能では独創性や行動力が足りない。
こういう一見すると無駄だったり、非効率的なことに全力を費やすのは、やはり人間に間違いなかった。
「しかし、どれも興味深いな」
やはり今は、音楽についてのスレッドが一番勢いがあるようだ。
情報が少ない中で、ああでもないこうでもないと会話に花を咲かせている。
つい自分も参加したくなる。
さらにはリバーシやトランプ、将棋やチェス、麻雀などのミニゲームまで実装されていた。
どれも聞いたことのない遊戯だが、初心者用AI、説明や助言の機能もある。
全シティの市民と、リアルタイム対戦ができるらしい。
至れり尽くせりとは、このことである。
まさかライブの他にも、とびっきりの隠し玉を用意していたとは思わなかった。
俺は喜び勇んでアクセスし、公演が始まるまで、時間を忘れてどっぷりハマるのだった。