ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
パン屋や給食センターにも、私の名前がついている。
元々は何か思いつくまでの仮だったのだが、気づけばそうなっていたのだ。
だからこの際なので、バンド名もARISAに決めた。
世の中には、同じ名前がたくさんいる。
声も姿も変えるのだ。
アリサベーカリーのオーナーは知られてしまったが、そもそも家の外に出ること自体が滅多にないし、私の顔も名前も知っている人はそうはいない。
なので容姿を変えたボーカルが、同じ人だとは思わないだろう。
つまり、何も問題はないからヨシということだ。
何となく現場にいる猫のようなポーズを取りたくなる。
マザーもある程度は無駄な知識を得て対応できるようになったが、まだ通じないネタも多いので、実際にやったりはしない。
何にせよ準備を整えるために、都市統括人工知能に複数回申請した。
または仮想空間を拡張し、多種多様な機材を揃えたり、はよはよと催促されたりと大忙しだ。
正直私の手に負えない案件だが、何とかここまで漕ぎ着けたのは、友人たちの協力があったのは間違いない。
だが正直に告げると恥ずかしいので、お礼は少ししか言わない。
顔を赤くしていたから、感情の揺らぎでバレた可能性もあるが、露骨に話題を変えて逃れたりと、皆で練習を続けるのだった。
そんなこんなで、やがて公演の日がやって来た。
仮想空間のアバターを、二十代前半まで成長した私に変更する。
現実の自分は、初等部を卒業したばかりだ。
このぐらいまで肉体が育てば誰も気づかないし、あくまで未来の可能性の一つに過ぎない。
さらにもしもボーカルとして人気が出ても、真似する人が増えれば勝手に薄まっていく。
元々アイドルデビューする気はなかったし、過去の人になるのは願ったり叶ったりだ。
それに仮想空間では、姿を偽るのは普通のことである。
実在する人物か偽者か、または他人の姿を模倣しているだけなのか、真相は果たしてというやつだ。
だがそれはそれとして、現在の私は客席からは見えない舞台袖で待機中である。
立ちっぱなしも何なので、椅子に座っていた。
他のバンドメンバーも同じように座っているが、部屋主権限で外部の音を遮断しているので静かなもので、変に緊張することはない。
その一方で私は、前世の掲示板っぽい何かも作成していた。
当日は早めに席を確保する人が多く来るのが予想されるため、退屈しのぎにと思ったのだ。
前世の経験から、気の合う同志が大勢集まって雑談すれば、時間なんてあっという間に過ぎていく。
いわゆる同好の士というやつで、話も盛り上がるはずだ。
さらに、そこから友人にまで発展することもある。
しかし、中には私のように会話が得意ではない人も居るだろう。
そういう人たちのために、過去のボードゲームを作り出した。
リバーシや囲碁や将棋、麻雀やチェスやトランプなのだ。
マザーや他のバンドメンバーが手伝ってくれたので、あっという間に完成した。
そんなことを思い出しながら、椅子に座って深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
全く動じていないマザーが、ワクワクした表情で声をかけてきた。
「アリサは多芸ですわね」
何を言ってるんだと、私は呆れた顔で返事をする。
「そんなことないよ。今も凄く四苦八苦してるし」
殆どは前世の記憶と想像力、ディストピアの技術とマザーたちに協力で、何とか完成させたのだ。
自分だけでは、とてもではないが作り出せなかった。
「取りあえず今は、セントラルアリーナだけだけど。
今後はフリーゲームとして運用しながら、適時修正だね」
私はお金を取るつもりはないし、これも仕事のうちだ。
上層部や都市統括人工知能が、最初の草案通り基本無料ゲームにするなら、今後はタダで遊べることになる。
「マザー様、掲示板のNGワードの再設定をお願いします」
「了解しましたわ。申請、……通りましたわ」
私は片手間で掲示板を観察していたが、NGワードや垢バンを作成したほうが良いと判断したのだ。
ついでに各遊戯にチャット機能はないけれど、感情や行動を表現スタンプぐらいは作ろうかと思った。
他のバンドメンバーも全面的に協力してくれるので、仕事が楽で良い。
ただし、事前に本体は作成していた。
今していた作業は、バグ修正やDLコンテンツのようなものだ。
サクラさんが半透明のウインドウをマザーに投げると、あっさり都市統括人工知能の許可を得られたようだ。
すぐに承認されたのは良いが、気のせいだろうが都市統括人工知能との距離がやけに近い。
私は地方都市の下級市民で、広義的に言えばモブだ。
相手は雲の上の存在で、例えるなら神である。
そんなはずはないのに、やけに身近に感じた。
だが今は、掲示板やフリーゲームの運営のほうが重要だ。
「マザー様。……お願いします」
「ええ、任されましたわ」
マザーはこういう管理運営が得意なので、任せて安心だ。
しかしバンドの練習をしているときか思ったが、皆は彼女への態度がやや固い気がする。
例えるなら仲が良くて気心が知れているが、立場的には上司と部下という感じだ。
まあ自分はそういう関係をマザーが望んでいるし、私もそれを良しとしているので問題はない。
とにかく本番前に、一仕事を終えておく。
次に私は大きく息を吐き、スポーツドリンクを皆の分まで作成して配る。
ゴクゴク飲んで気分だけでもリフレッシュし、おもむろに話しかける。
「そう言えば、マザーは姿を変えないんだね」
「ワタクシの姿や名前は仮のものですもの。見られても困りませんわ」
自分は本名で、成長した姿だ。
バレることはなくても、やはり大勢の前に出るので緊張はする。
だがまあ、行き当たりばったりで動くのが私である。
見られて減るものでもないし、ステージに出たら、あとは成るように成れだ。
「しかし広大な仮想空間をポンとくれるとか、気前良すぎじゃない?」
「それだけアリサに期待しているのですわ」
自分のホームページとは別に、超巨大な仮想空間をポンとくれたのだ。
なので私はそこに、五万人が収容可能で、スタジアム風のライブ会場を建築した。
同じ空間で通信はできるが行き来は不可能であり、観客の上限は一億人だ。
いわゆる、コピペのライブ会場を隙間なく敷き詰めた感じである。
せっかくなので縁起を担いで、セントラルアリーナと名付けた。
実際に世界中から人々が集まってきているし、間違いではないはずだ。
ちなみにステージが良く見えない遠くの人は、拡大投影したホログラムか、近くのドローンカメラに感覚共有できるので、臨場感が半端ではない。
やはり前世よりも、圧倒的に技術力が上のようだ。
残念ながら入れなかった人は立ち見になるが、流石に一億人も客は来ないだろう。
「しかし、わかってはいたけど。責任重大だなぁ」
遥か昔に失われた音楽を復活させるだけでなく、大勢の前で演奏するのだ。
今は都市統括人工知能が人類の代わりに管理運営するようになり、僅かだが余裕ができつつある。
おかげで消失したはずの音楽文化が、今ここに蘇ったのだと伝えたいのだろう。
理解できなくもないが、私はそんな責任重大なことはしたくない。
マザーが協力してくれるので何とかやっていけるけど、一人だけならとっくに心が折れている。
今も無難な人生を歩みたいと思うぐらいだし、やっぱりアイドル活動は今回限りだ。
「まあ、やるだけやってみるけど」
「大丈夫ですわ。ワタクシたちもフォローしますし、気楽に行きましょう」
パン屋も給食センターも、成功する保証はなかった。
実際に、コケた。
しかし、このままではヤバいとわかるとすぐに軌道修正を行う。
おかげで今は、全シティの人々に大変好評である。
色々あったけど結果良ければ全て良しで、私の生活環境も改善しているし、何だか知らんがとにかくヨシだ。
自炊しなくても美味しいご飯にありつけるのは、本当に助かっている。
だがやはり、完全栄養食のほうが生産効率が良い。
シティのリソースも、そこまで余裕があるわけではなかった。
それでも食料生産工場を給食センターに変更しつつ、効率化を進めている。
さらには味と栄養を兼ね備えた、完璧な食事を市民の皆様に提供できるとようにと、開発スタッフも日夜頑張ってくれていた。
そんなことを考えていた私は、空中に映し出された画面を何となく眺める。
気になる項目があって慌ててマザーに尋ねる。
「始まるまで、まだ一時間以上あるのに! 満席になってるんだけど!」
「ライブが始まればシティニュースに流れますが、その必要はなかったようですわね」
マザーや他のバンドメンバーはドヤ顔しているが、小市民の私はアワアワしてしまう。
「途中で飽きて退席されたらどうしよう!」
いくら優秀な遺伝子パワーがあるとはいえ、スクールでは落ちこぼれだったのだ。
前世でも平凡だったし、流石に一億人の前で歌った経験はない。
今はVチューバのような仮初の体なので、身バレは気にしなくて良い。
だがそれでも、流石に緊張してしまう。
「退室の心配はないと思いますわよ」
マザーはいつも通り、冷静である。
「度胸があるね。心臓が鉄でできてるんじゃない?」
「ふふっ、そうかも知れませんわね」
今の発言の何処に、笑える要素があったのかはわからない。
だが他のバンドメンバーも笑っているし、おかげで少しだけ緊張がほぐれた。
その後は何度か音の調整や練習をすると、ちょうど開始時間になる。
私は呼吸を整えてマザーに声をかけ、舞台袖からステージ中央に歩いて行く。
ちろん他のバンドメンバーも一緒だ。
全方位から見えるように、ステージ情報を書き換えて、巨大スクリーンに投影する。
音楽関係の各種機材も実体化させた。
中央に進み出た私は、一億人のお客さんたちを前に、大きな声で呼びかける。
「今日は私たち、ARISAの演奏を聞きに来てくれてありがとう!」
続いてメンバー紹介に入る。
一応事前に説明文は記載しているけど、音楽が失われて久しいのだ。
皆、そっちに興味津々だろうし、紹介は程々のところで切り上げて、さっさと演奏に入ることにした。
「それでは! 聞いてください!」
私が目配せすると、皆は静かに頷く。
バンドメンバーは全員、打ち合わせ通りに動き出すのだった。