ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
<中級市民>
掲示板やゲームに熱中していると、あっという間に時間が過ぎる。
やがて、ARISAのライブが始まった。
誰もが初めて見るアリサの姿に驚くが、アレは偽りの姿だ。
しかしアバターとわかっていても、ギターのマザーと名乗った女性や、他のバンドメンバーも美人揃いであり、思わず見惚れる美しさだった。
おまけに、演奏に入ったあとも凄い。
「なっ、何だこれは!?」
感覚共有ですぐ近くから見ても良いが、拡大投影も素晴らしい出来だ。
音響も凝っているようで、セントラルアリーナの隅から隅まで音楽で溢れている。
前奏から期待しかなく興奮は高まるばかりで、歌い始めれば心が激しく揺さぶられた。
もはや大人しく座っていることなどできない。
今すぐ立ち上がり、雄叫びをあげたいところだ。
しかし部屋主権限で禁じられているため、黙って耐えるしかない。
だがどうして禁止にしたのか、理由は良くわかった。
自分のように初めて音楽に触れた者たちは、会場の雰囲気に飲まれて自制できなくなるからだ。
最悪、公演がぶち壊しになってしまう。
「これが! 音楽か!」
周りの者たちも、大なり小なり似たようなものだ。
誰もがじっとしていることなどできず、上半身だけで歓喜を表現している。
喜びの涙を流したり、ステージの誰かに恋をするような視線を向けていたり、とにかく大声で叫んだりと色々だ。
それに音楽は初めて聞くはずなのに、何処か懐かしい。
まるで生き別れになった家族に、奇跡的に巡り会えたような感動を呼び起こした。
やがて一曲目が終わったようで、ボーカルのアリサが簡単な説明を行う。
「気分が悪くなったら、無理せず離席してください!
仮想空間とはいえ、肉体への影響はありますので!」
確かに、まだ一曲しか終わっていない。
俺や周りの市民は、仮想空間なのに精神的な疲労を感じていた。
これはきっと長らく眠っていた感情が、強烈に刺激されて目覚めたせいだ。
だがそれでも、絶対に途中で抜けたくはない。
誰もがライブが終わるまで、席を動かないことを心に決めた。
大人しく再開を待ちわびる。
「では、次の曲に行きます!」
アリサがそう言って指を鳴らすと、突然仮想空間が崩壊した。
俺たちは驚き戸惑ったが、実際にはそう見えるだけで、床を踏みしめたり椅子に座っている感覚はある。
それに市民やバンドメンバーは、ちゃんとそこにいた。
変化しているのは、周囲の景色だ。
(もしかして! 海か!)
俺たちの周りには青く澄み渡った空と、まるで鏡写しのように、見渡す限りの大海原が広がっている。
ARISAのメンバーは、船の上で演奏していた。
そして周囲には多くの魚が飛び跳ねたり、人間を遥かに越えた巨大な生物が潮を吹くなどして、未知なる光景がそこにはあった。
殆どの者が、言語だけだったり、断片的な知識だけしか知らない世界だ。
今の惑星は、何処にもこのような景色は存在しない。
やがて俺の近くに巨大な魚が通る。
いきなりだったので驚きすぎて、固定されていなければ椅子から転げ落ちるところだった。
ARISAが奏でる音楽は、海に関係する曲らしい。
透き通るような歌声や旋律が、砂浜に押しては引く波のように、絶えず胸を締めつけてくる。
母なる海に望郷の念を抱かせるには十分で、俺は気づけば涙を流していた。
その後も俺たちは、音楽と通して様々な世界を巡る。
何処までも続く果てなき荒野、様々な生命が息づく大森林、断崖絶壁で人が立ち入らない程の険しい山々。
遙かなる大宇宙を航宙艦に乗り、胸躍る冒険をすることもあった。
仕事が終わる夜間からだが、ライブは三日間かけて行われたのだ。
なので、かなり長いはずだが、体感はあっという間に過ぎ去っていく。
最後の演奏のあとの舞台挨拶までもが、気づいたら一瞬の出来事だ。
とても幸せな夢を見ていたようだった。
やがて閉会式が終わり、ARISAのメンバーが深々と頭を下げて。全員が離席した。
実は終わったなんて嘘で、このままアンコール演奏が始まるのかも知れない。
そう期待してしまい、誰もがしばらくその場を動けなかった。
だが、どれだけ待っても何も起きる様子がない。
やがて俺たちは、本当に終わってしまったのだと理解する。
ある者は悲しみの涙を流し、ある者はガックリと肩を落とし、無言のままログアウトして現実に戻っていくのだった。
<アリサ>
ARISAの初ライブは、大好評で終了した。
打ち上げということで、いつもの仮想空間に移動する。
バンドメンバーも混ざりたがったようだけど、マザーが待ったをかけた。
仮想空間でも大勢の前でぶっ通しでライブをしたので、皆とても疲れている。
なので今日のところは帰って休んでもらい、次の機会に改めて会うことにしたのだ。
そういうことで、まるで実家のような安心感のある仮想空間で、馴染みのネット友達と向かい合って座る。
机の上には打ち上げの定番とも言える、ポテチとコーラを置いて乾杯だ。
「一時はどうなるかと思ったけど、成功して良かったぁ」
「当然の結果ですわ」
「そうだね。全然違うじゃんにならなくて良かったよ」
マザーはネタを知らないが、気分が乗ったので何となく言ってみたくなった。
取りあえず私は、ポテチを指で摘んで小さな口に運ぶ。
そのままモグモグと咀嚼していると、彼女から質問が飛んでくる。
「それで、公演の第二回はいつやりますの?」
「あんなの二回も三回もやる気ないし、一回で終わりだけど?」
私は最初からそのつもりだし、何度もそう言ってきた。
都市統括人工知能も、ライブをやれという命令だったのだ。
その通りにはしたので、これ以上何か言われる筋合いはない。
だがマザーは驚いた顔に変わり、口を半開きにしてしまう。
「えっ?」
「えっ?」
何だか話が食い違っているようだ。
二人揃って微妙な表情で固まってしまう。
しかし先に動き出した私は、大きくを息を吐いて口を開く。
「言っておくけど、私の本業は音楽家じゃないからね」
「ですが、才能はあると思いますわよ?」
あれは前世で覚えた好きな曲や、人気のある曲を適当に引っ張ってきただけだ。
別に私が作詞作曲したわけではないし、殆ど耳コピである。
イメージ映像も含めて、マザーや他のバンドメンバーが補完してくれた。
色々怪しいところもあったけど、誰も音楽を知らないのだ。
演奏中に流れる背景画像も同じであり、一回だけなら誤魔化せるだろうと判断した。
ライブの力やその場の雰囲気で、細けえことはいいんだよで押し切った形である。
だがそんなのは、そう何度も使える手ではない。
なので私は、断固拒否させてもらう。
「無理! ネタ切れ!」
「早くないですか?」
「天才音楽家だって、新曲はポンポンできんわ!
何より、私のやる気が続かないし! 休息は必要だよ!」
まだまだストックに余裕はあるが、ここで首を縦に振ったらライブ続行である。
流石に大勢の前で歌うのは緊張するし、元が平凡な小市民には荷が重い。
Vチューバーのように仮面を被っているとはいえ、極力ステージに立ちたくない。
なので、少女の姿で机をバンと叩いた。
ただ地味で可愛いだけだし、マザーは慣れているので何の効果もないが、彼女は空中にウィンドウを表示する。
「確かにアリサの言うことも、一理ありますわ。
ですが──」
「ですが、……何?」
空中のウィンドウを私に見えるように近づけると、そこには全シティニュースが流れていた。
「ARISAの次回公演はいつのかと、問い合わせが殺到してますのよ」
「ええー!?」
確かにニュース番組のアナウンサーが、本日公演したARISAについて報道していた。
内容は、大勢の市民が来場して大好評のうちにトラブルなく無事に終了したことだ。
そして何人かの市民のコメントを拾い、次の公演も絶対に聞きに行くやら、バンドメンバーが皆可愛くて演奏も上手で、ファンになったなどだ。
さらに試験運用を行っていたはずの掲示板が、全シティ共有になって、早速そこの書き込みがいくつか引用されていた。
フリーゲームも同じで、何と言うかアリサベーカリーやアリサ給食センターのように、完全に祭りになっている。
次はいつ開催されるのかと、アナウンサーが私情強めの発言をするなど、大変な盛り上がりを見せていた。
まだ終わったばかりなので、興奮覚めやらぬのはわかるが、これは当分続きそうだ。
全シティニュースを見た私は頭を抱え、マザーに問いかける。
「社会現象になるかな?」
「なりますわね」
何とも無慈悲な答えだ。
今までもシティニュースに取り上げられていたし、今さらである。
それに公開前から何度も流れていたので、注目の的だったのはわかっていた。
これは、どう考えても社会現象は確定だ。
このままだと流れ的に、アイドルとして本格デビューするハメになる。
都市統括人工知能の命令がなくても、民意という圧力に屈して、ズルズル流されるのは目に見えていた。
しかし、本心では恥ずかしいので絶対にやりたくない。
(何とか、やらなくてように持っていきたいところだけど)
行き当たりばったりで、普段は考えなしで行動する。
こういう時の頭の回転は無駄に速いが、それでも平凡の域を出ないのが私であった。
結果、名案と言えるかは微妙ではあるものの、思いつきを口にする。
「通信教育をしよう!」
私が脈絡のない言葉を口に出すのは慣れている。
なのでマザーは驚くことなく、冷静にコーラを飲んでいた。
取りあえず空中にウインドウを表示し、あれこれ考える。
「ええと、市民はシティを支える労働力だから、趣味の範疇に収まるように!」
最初は音楽学校を作ろうと考えた。
だが市民の多くは就職しているし、都市の運営管理はAI任せだ。
氷河期に入った頃よりは、多少の余裕ができたとはいえ、相変わらずのリソースはカツカツである。
社会の歯車が、欠けたり消えたりは困るのだ。
だから趣味の範疇に留めるために、ちょっとした空き時間を有効活用することを思いついた。
「技術力は高いし、知識のダウンロードもできる!
あとはやる気があれば何とかなるでしょ!」
前世のキーボードだから時間がかかったが、仮想空間は思考で操作できるから、その気になれば楽器を演奏しているフリだけでもOKだ。
ただそれでは面白みがないしライブ感も低下するため、ARISAは普通に演奏していたが、とにかく草案を作成できた。
そして私は、ワーカーホリックではない。
できれば、あまり仕事はしたくなかった。
けれど、今はそんなことを言っていられる状況ではない。
取りあえず、できあがったものをマザーに渡す。
「受け取りましたわ。……では、申請」
簡単に目を通して問題ないと判断したのか、すぐに草案を送る。
そしてコーラをちびちびと飲んでいるので、いつもと違ってモチベーションが低いように感じた。
「今回はあんまり乗り気じゃないね」
一息ついた私は、ポテチを摘んで小さな口に放り込みつつ尋ねる。
すると彼女は真っ直ぐこちら見つめて、頬を膨らませながら口を開く。
「私はアリサと一緒に、バンド活動がしたかったですわ」
まさかそこまで音楽活動に魅力を感じていたとは思わなかった。
確かに自分もマザーや他のバンドメンバーと、一緒に演奏するのは楽しかったし、別に嫌ではない。
(でも、大勢の前でやるのはなあ)
承認欲求が高めの人なら、望むところだになるかも知れない。
だが私は別にそういうわけではなく、部活のサークルのノリでワチャワチャできれば十分だった。
しかしマザーには日頃からお世話になっているし、相変わらずアイドルデビューする気は起きないけど、たまには彼女に合わせるのも良いかと考える。
かなり迷ったが、素直な言葉を口に出す。
「たまにならいいよ」
「約束ですわよ!」
「おっ、……おう」
マザーがめっちゃ食いついてきた。
今回は互いの温度差が酷いが、そういうこともあるだろう。
何にせよ、しばらくバンド活動はお休みだ。
音楽という種は蒔いたし、今度は畑を耕して肥料を与える時間である。
もし問題が起きたら、そのつど対処しなければいけない。
これで市民の精神的なストレスが、少しは緩和すれば良いが、シティニュースを見る限り、そう簡単にはいかないだろう。
取りあえず機嫌を直したマザーと打ち上げをしつつ、長時間ライブの疲労が心配なので、程々のところで切り上げるのだった。