ディストピアのネット友達が優秀すぎる 作:名無しのペロリスト
衝撃的なデビューを飾って一躍脚光を浴びたARISAだが、しばらくバンド活動を休止すると伝える。
たちまち全シティがお通夜状態になってしまう。
冷静に考えれば、ARISAだけを心の支えにしてるのは、依存度が強すぎて色々ヤバい。
改善されつつある食生活も、市民の幸福度を上げているはずだ。
しかし精神的なストレスを解消するには至っていないのは、明らかだった。
なので私は、まずは音楽が育つ土壌を整えることにする。
具体的には通信教育だ。
ARISAが休止の間は、市民たちに作曲や演奏を行ってもらうのである。
サブカルチャー好きの前世の私も、こういう展開が読みたいんだという一心で、創作活動したことも良くある。
好きなバンドに憧れて、楽器を購入して始めるパターンもあったりするのだ。
だが何事も、最初からすんなり行くとは思っていない。
ベーカリーや給食センターも最初から上手くいったわけではない。
公開ライブも私がアイドルデビューしたし、たまにやると約束はしたが、いつ行うかは明言していない。
なのでマザーの様子を見ながら決めるが、あの様子では年に数回はやらないと不機嫌になりそうだ。
他のバンドメンバーの子もノリノリだったし、私に拒否権はなさそうだった。
それはそれとして、いつもの仮想空間で友人と向かい合って椅子に座る。
最新のニュース映像を交えながら、意見を交わし合う。
「珍しく上手くいってる?」
空中に映し出されているウインドウには、音楽に興味を持つ市民が急増中というシティニュースが流れている。
この世界では、職業としての音楽家は存在しないので、趣味になる。
それでも仮想空間に作ったステージに立ち、楽器を自ら奏でたり、情熱を込めた歌で、観客を前に公演を行っていた。
「でも、私が歌った曲がニュースで流れるのは変な感じ」
ARISAの曲はニュースだけでなく、シティでも良く流れるようになった。
この世界にはJ◯SRACなどないので、誰でも使いたい放題である。
でも音楽を聞きながら仕事をすると、市民のやる気も上がるようだ。
おかげで労働力が増加し、生産や作業の効率が高まっていた。
シティのリソースも増えて、上級市民のマザーも上機嫌である。
優雅に紅茶をたしなみながら、率直な意見を口に出す。
「音楽知識を流し込めば、すぐに上達しますし。
誰でもプロの音楽家になれますわ」
確かに私が生まれたばかりの頃にも、大量の知識を流し込まれた。
そしてディストピア世界のことを知ったのだ。
いちいち専門書を読み解く必要はなく一瞬で終わるので、便利なのは良い。
「ただし、成長して自我が芽生えた状況では、大量に流し込むと拒否反応が出る可能性がありますわ」
私は赤ん坊の頃に目覚めていたが、その件については黙っておく。
アレは本当に辛くて、死にかけた。
だが耐え抜いたおかげで前世の記憶や人格が強固になり、今でも問題なく思い出せる。
感謝する気は全くないが、得難い経験だったのは確かだろう。
「じゃあ、音楽関連の知識を少しずつ流し込んでるってこと?」
「ええ、用法用量を守って使えば、便利な技術ですわ」
ギタリストになりたければ、知識を毎日少しずつ流し込む。
前世のように、教科書やノートで勉強するより、余程早く習得することができるようだ。
「ですが知識をダウンロードしても、時間が経てば忘れてしまいますわ。
それに、それだけでは楽器は上手に弾けませんわ」
「まあ、そうだよね」
確かに演奏の仕方を知っても、指を動かさないと音は出ない。
けれど基本的な知識が備わっていれば、少し練習すれば初心者を卒業できそうだ。
例えるなら格闘ゲームのコマンドや攻略法を丸暗記して、プレイするようなものである。
いきなりプロ並みの動きはできなくても、初心者よりは勝率は高いし、コツさえ掴めば上達も早い。
「中級で満足するか、それとも上級に至るか。
才能と努力次第でしょうね」
「結局、練習と素質かぁ」
私は自分が才能があるとは思わないし、最初からアイドルは目指していない。
なのでバンド活動は高校の部活のノリで、それなりレベルで十分だった。
そもそも他の仕事もあるので、音楽一筋なんてやってられないのだ。
ちなみに作曲に関しては、正直良くわからない。
幅広い音楽知識が必要になりそうだし、私には無理だ。
普通に演奏するよりも、敷居が高いかも知れない。
自分は既存の曲を歌っているだけである。
そこまで大変ではなかったが、こうして実際に音楽に関わると、プロは大変だということが良くわかった。
「それでも仮想空間だし、プログラムを組んだりとか色々やりようはあるんじゃない?」
思考操作が可能なので、イメージ力である程度は補うことは可能だ。
「あれはアリサやワタクシだからやれるのですわ。
一般人は真似できませんよ」
「そうなの?」
「そうですわ」
マザーが上級市民で情報処理が得意なのはわかっている。
そして私のイメージ力も、並の市民よりも強いようだ。
なので裏技に頼るのは自分たちだけというのも、はっきり言われると何となく理解できた。
それでもシティの技術力は高いし、ある程度の補助は可能である。
前世よりも音楽活動の敷居は低いはずだ。
「あとは市民のやる気次第ですわね」
「結局それかぁ」
どれだけ優れた技術や機材があっても、やる気がなければどうにもならない。
それは現実も仮想空間も変わらなかった。
今はARISA旋風が巻き起こって、もう何も怖くない状態だ。
しかし、夢はいつかは覚める。
せっかく芽が出て育ち始めた音楽が、環境の変化に耐えられず、枯れていくのを黙って見ているのは耐えられそうにない。
まだそうなると決まったわけではないが、私は腕を組んでどうしたものかと考える。
相変わらず行き当たりばったりで、ろくなアイデアは思い浮かばない。
だが、ふと一つだけこれだというものを閃き、マザーを真っ直ぐに見つめる
「のど自慢大会……いや、音楽コンクールを開いたらどうかな?」
「音楽コンクール?」
空中に半透明のウインドウを表示して、頭の中が引っ張り出しながら説明していく。
「今音楽に興味を持ってる人は、大なり小なりARISAの影響を受けてるでしょう?」
場所は、前に使わせてもらったライブ会場だ。
そこで音楽コンクールを開く前提で、順番に説明する。
「ARISA主催で音楽の大会を開催すると発表すれば、人は大勢集まるよね」
「当然ですわね」
マザーが興味津々という表情で頷いている。
私は、勿体ぶらずにすぐに続きを話していく。
「そこで、やる気や才能のある人たちを発掘するの」
音楽コンクールを言いつつ、やっていることはアイドルプロデュースだ。
「彼らをデビューさせれば、市民の新しい心の拠り所になる。……かも知れない」
「良い案ですわね。申請しておきますわ」
相変わらず決断が早いマザーだが、私は慣れたものだ。
だが、これはあくまでも草案である。
ここから色々と計画を練って、準備を進めないといけない。
それにARISAが主催だ。
相変わらず、この場に居る二人がてんやわんやするのは確定である。
けれど土の上に種を蒔いても、荒れ地では上手く育たない。
ここは、もう一手間加えたほうが良いと判断する。
(アイドルデビューして市民の心の拠り所になるとか。
重圧がヤバすぎるし、少しは緩和しないと)
マザーの機嫌を損ねない頻度で、緩くやるのがちょうどいい。
色々やらかしているけど中身は平凡な小市民だし、やっぱり希望の光になるのは荷が重すぎると、そう思ったのだった。
一年を通して、都市の外は真冬の寒さなので季節感は皆無だ。
しかし、一応は年月日が記録されている。
そして幸いなことに、地球と同じ三百六十五日だ。
なので、仮想空間は春にしておいた。
他のモノと同じように、仮想空間用のフリー素材として、ARISAで使用したものが追加されたが好評のようだ。
自分は別に承認欲求モンスターではない。
でも必要とされてるとわかって、少しだけ嬉しくなるものだ。
それはそれとして、音楽コンクールの事前審査でかなり落とした。
しかしやはり全シティから集まってくると、膨大な数になる。
私はARISAのボーカルで、一般市民よりは多少は知っている。
だが前世では素人に毛が生えた程度なため、自分の判断をいまいち信用できない。
そこで審査員であるバンドメンバーが半分投票し、残りを市民に意見を聞いて勝敗を決めることにした。
セントラルアリーナのライブ会場の外には、満開の桜の花が咲き乱れている。
前世の影響か、春といえば温暖な気候や日差しだけでなく、綺麗な桜並木だ。
わざわざ外まで見る人なんていないだろうが、こういうのは気分である。
ちなみに膨大な数の選手が出場したので、予選だけでもかなりの日数だ。
その後に本戦が控えているから、かなりの長丁場になりそうである。
しかし私はARISAのボーカルで、全都市の希望の光だ。
少なくとも二十代のアバターの自分はそうである。
ちょっと面倒だなと思ってしまうが、これも仕事のうちだ。
最初は、もっと少ないかと考えていた。
だが蓋を開けてみれば、百や二百どころではない。
さらに桁が一つ増えてるし、さらに個人戦も追加されるのだ。
正直、気が遠くなりかけた。
そして市民は、仕事の合間に少しログインするだけに留め、なるべく都市の運営管理に支障が出ないように調整する。
各々の出番になったら、セントラルアリーナのステージに立ってもらう。
『アナウンサーの紹介だけじゃなくて、テロップが流れるんだね』
部屋主権限で、口は開かずに専用通信でのやり取りを行う。
今の私は審査員席に座り、ステージに立って演奏している新バンドの様子を観察していた。
それはマザーも同じで、他のバンドメンバーも指定の席について色々相談しているようだ。
『市民の人気も高いですし、本気でプロデュースしようと考えているのでしょうね』
確かに都市統括人工知能だけでなく、市民からも強い要望があった。
そして今は、全シティに生中継されている。
普段は政府広報やニュースや上級市民の番組ぐらいしか流れないので、とても珍しいことだ。
思えば前回のライブも特集されていたが、今回もアナウンサーや番組スタッフは仮想空間に入り、打ち合わせなどを一緒に進めることになった。
『関わる人が増えると大変だけど、マザーがいてくれて助かったよ』
『どう致しましてですわ』
一応は前世で社会人をしていた。
しかし能力は平凡で、このような経験はしていないので慣れていなかった。
優秀なネット友達のマザーがいてくれなければ、もっと大変だったはずだ。
ただスムーズに進みすぎるのも、それはそれで新しい仕事が次から次へと増えるので、個人的にはあまり良くないのだが、取りあえずは何とかなって良かった。
予選では、各バンドや個人戦の選手に点数をつけていく。
そして上位を選抜し終わったら、いよいよ本戦が始まる。
ちなみに音楽の知識だが、あいにく私はそこまでではなく、殆ど直感で決めていた。
幸い他者とは、そこまで大きなズレがない。ボロが出なくて良かった。
審査の合間にはマザーや他のバンドメンバーと、雑談しながら適当に過ごしている。
だが、やっぱりやることが多い。
しかし新しいスターが誕生して、ARISAがバトンを渡せば、自分の役目は終了だ。
今後のための大きな流れを作るための、重要な音楽コンクールである。
なので二十代の大人として、表面的には平静を装う。
そしてマザーや他ARISAのバンドメンバー、あとは番組スタッフと当たり障りのない話をしながら、審査員に徹するのだった。
けれど、やはり予定通りにはいかないようだ。
仕事の合間に演奏するために、ログイン時間が少しずつだがズレていく。
そのつど微調整しているので、大きな問題にならずに済むのは幸いだった。
そして予選が終わったあとの本戦は、観客も直接見られるように、仕事が終わったあとの夜間に行われる。
凄い盛り上がりで、ARISAのライブと同じように、開始前に客席は全部埋まってしまう。
あとは立ち見になるのだが、予選の映像も含めて公式サイトにアップロードされるので、もし見逃しても大丈夫だ。
前回以上に音楽に対する認知度が増しており、多くの市民が期待する一大イベントである。
今回は本戦が終わったあとに、私たちが演奏して終了という流れだ。
ただ、それを見るためだけに集まった人も一定数いるらしい。
ARISAの人気は、衰えるどころか増すばかりだ。
まだ衝撃デビューをしてから一年も経っていないので、ある意味では当たり前ではあるが、早いところバトンを渡したいところである。
照明で明るくなっているセントラルアリーナのステージの前には、勝ち残った選手が大勢整列していた。
彼らは主催者である二十代ヴァージョンの私やマザー、他のバンドメンバーを見つめている。
憧れの存在と隣り合うか、越えてやる的な野望を抱いて、ここまで勝ち上がって来たのだ。
ならば、先輩として歓迎したり激励してあげるべきだろう。
私は仮想空間では特に意味はないが、現実と同じように喉の調子を確かめてから、簡単な挨拶をする。
「この大会で! 全シティのトップミュージシャンが決まるわ!
歓迎してあげるわ! 盛大にね!」
最初は無難な挨拶で済ませるつもりだったが、本番になって気が変わった。
ここからはアドリブで行くけれど、マザーや他のメンバーは、私の突発的な行動には慣れている。
指を鳴らすと、ステージの上に各種機材が実体化する。
そして、いつでも演奏を始められる準備が整う。
「貴方たちが、ただの観客に甘んじるのか!
それとも、私たちを越えていくのか!」
私が不敵な笑みを浮かべると、集まった選手たちは、揃って体を震わせる。
しかし恐怖ではなく、これは武者震いというものだ。
「ライバルがいない音楽なんて、つまらないわ!
だから、全力で挑んで来なさい!」
そう言ってマザーに目配せすると、すぐに前奏が始まる。
アニメや漫画で良くある、主人公チームを焚きつけるだけ焚きつけて、もし負けたら素直に敗北を認めて、あとを託すアレだ。
こうしておけば、新しいスターに負けても良い勝負した感を演出できるし、惜しまれつつ引退をしても、そこまで不自然ではない。
たまにマザーや他のメンバーの機嫌を取るために、再集結で復活ライブをしたりする。
だがそれはそれであり、少なくとも今後は最前線に立つことはなくなるだろう。
元の気楽な生活に戻れるほうが、私にとっては遥かに重要だった。
「ステージで待ってるわよ! それじゃ! まずは一曲!」
そう言って私は、演出以外には意味のないマイクを持つ。
続けて、心を込めて歌い始めるのだった。
今回は、純粋に音楽の腕を競うことになる。
だが世界一を決める祭典なのもあって、色んな人が集まったようだ。
とんでもない才能を秘めている者も多いが、大会が早くに開催されたので、まだまだ荒削りだったり、練習不足が目立つ。
しかし、それでも時間をかければARISAを追い抜ける。
トップミュージシャンなれるポテンシャルは十分にあった。
なので今回は現実の彼らに、記念トロフィーやいくらかクレジットを贈呈するように、マザーにお願いしておく。
こういうのは、何らかの記念が残るとモチベーションを保ちやすくなる。
また予選敗退でも、参加賞の粗品をあげるのも良しだ。
シティの負担にならない範囲で用意してくれると助かる。
新しい文化を育てるには、種を蒔いて土を耕すだけでなく、肥料を与えるのも効果的なのだ。
とにかくこうして、第一回の音楽コンクールは大好評のうちに幕を閉じたのだった。
ちなみに最後は、ARISAの新曲を披露する。
また来年に会おうぜという感じだ。
自分たちが主催を務めるのかは不明である。
しかし音楽文化の勢いが凄いので、この調子なら有名な新バンドが多数出てきそうだ。
もう何年かすれば、世代交代できるかも知れない。
今回は間を空けずに、予選から本戦まで一気に消化した。
磯野、野球やろうぜ的な感じで、突発的に始めたのだ。
とにかくスケジュールがカツカツで、仕事も多くて忙しかった。
なので次からは、事前に各シティで予選を行ってもらう。
優勝したチームはセントラルアリーナの出場権が手に入り、トーナメントに集結して、再度予選を行うことにする。
ぶっちゃけ、私たちが関わらない大会は、いつ何処で開いてくれても構わない。
市民の幸福度が上がれば、都市のリソースにも余裕ができる。
なので上手いこと調整して、賞品やクレジットを捻出して欲しいものだ。
本格的な管理運営になると、私は役に立てそうにない。
頑張ればある程度は理解はできるけど、人には向き不向きがある。
少なくとも自分には無理そうだし、あとは都市統括人工知能にお任せする。
取りあえず山場は越えたし、私は音楽活動はしばらくお休みして、普通の女の子に戻るのだった。