ディストピアのネット友達が優秀すぎる   作:名無しのペロリスト

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絶対に屈したりしない!(キリッ

<レジスタンスの少年>

 僕は人類統合軍の兵士だ。

 機械の軍隊と戦うために自ら志願し、今日は初めて小型艦に乗ることが許された。

 

 だがまだ若くて経験が浅いので下っ端扱いだが、いつかは功績を上げて立派な艦長になるのが夢だ。

 

 今回は指定の場所で都市に潜入中の工作員と合流し、互いの情報を交換して、新しい任務を与える。……そのはずだった。

 

 道中、偵察機に見つかることはなかったが、向こうの小型艦が制御不能になったようだ。

 真っ直ぐに突っ込んできた。

 

 危ういところで回避はできたのだけど、僕は艦体下部で作業をしていたのだ。

 しかし突然の衝撃で転倒し、体を強く打ちつけてしまう。

 

 その後のことは、良く覚えていない。

 それでも大怪我をしたり、壁や荷物に挟まって死ぬことはなかった。

 

 無事に目が覚めたのは幸いだ。

 だが僕が居たのは小型艦でも、医務室のベッドではなかった。

 

 アバシリシティの更生施設、そこの牢獄のベッドで寝かされていたのだ。

 何が起きたのかまるでわからず、混乱してしまう。

 

 幸いと言って良いかは微妙だが、人類統合軍の先輩方も同じ牢屋に入れられていた。

 

「……こっ、ここは?」

「目が覚めたか。

 ずっと眠ったままで、心配したぞ」

 

 まだ頭が重いが、何処にも痛みはない。

 注意深く辺りを見回すと、どうやら二人一組で牢屋に入れられているようだ。

 

 正面は赤く半透明の電磁式の格子、それ以外は金属製の壁で隔離されていた。

 周囲からも聞き覚えのある声が聞こえてくることから、他の隊員も近くに捕まっているのかも知れない。

 

 電磁格子に迂闊に触れると怪我をするため、僕はベッドから起き上がって慎重に近づいていく。

 

 そして再び周りを見回すと、他の隊員の姿を確認できた。

 僕たちとは異なる任務だが、基地外に哨戒に出た小型艦に乗っていた仲間たちも、別の電磁格子の中に入れられていたのだ。

 

 殆ど同時刻に出発したが、まさか捕まっていたとは驚きである。

 再会を喜びたいが、僕たちも檻の中だ。

 

 冷静に考えると全く嬉しくはなく、不安が広がっていく。

 

「先輩、僕たちはこれからどうなるんでしょうか?

 そもそも、何でこんなことになってるんですか?」

 

 状況は、自分たちが捕まっていることしかわからない。

 それに、気を失っている間に何が起きたのかもだ。

 

 なので僕は、先輩に詳しく聞いてみた。

 

「少し長くなるが、幸い時間はたっぷりある。

 取りあえず、座って話そう」

 

 僕は静かに頷いてベッドに戻り、そこに腰を下ろした。

 先輩も向かい側に座り、自分が気を失っている間に何が起きたのかを、順番に説明してくれた。

 

 

 

 その結果、どうやら僕たちは機械たちの罠にハマったらしい。

 集合場所の情報を工作員が漏らして、待ち伏せされていたのだ。

 

 ステルス性能の高い機械兵士たちが、小型艦の破損箇所から侵入し、隊員を次々と無力化していった。

 部隊を二つに分けて戦力が分散して、外から迫ってくる偵察機に集中していたので、内が無防備になっていたらしい。

 

 あとは仲間と短距離通信をさせないように、一人ずつ確実に、速やかに不意打ちで倒していった。

 

 その時の僕は床に転がって気絶しているところを、侵入してきた敵が確保したらしい。

 おまけに何も知らないまま捕まり、アバシリシティに移送される。

 

 今は先輩たちと同じように、妙な首輪までつけられていた。

 

「首輪を外したり破壊しようとすると、自動的に爆発するぞ。

 わかったら、迂闊に触るんじゃない」

「そっ、そんな!」

 

 さらに反抗的な態度を取る囚人には、激しい電流で苦痛を与えるとも聞かされる。

 敵に生殺与奪の権利を握られていることを知り、僕は顔を青くして震えてしまう。

 

 自分は今まで呑気に眠っていたので、あまりにも情けなさすぎて、穴があったら入りたい心境になる。

 

 だが今この状況で僕一人が頑張っても、何とかなるとは思えない。

 けれどせめて、死ぬ前に憎き機械共に一矢報いてやりたい。

 

 何もできないまま終わるなんて、あまりにも悔し過ぎる。

 僕は歯を食いしばり、目から涙が出てしまう。

 

 先輩方も同じ気持ちなようで、別の牢屋に入れられている人たちも、沈痛な表情で項垂れている。

 

 すると正面の牢屋に入れられている人が顔を上げて、電磁格子の近くに近づいてくる。

 

「とにかく、今は機会を待つんだ」

「そっ、そうですよね! 諦めなければ、きっと!」

 

 更生施設から脱獄したり、首輪を外すのは容易なことではない。

 だがここで諦めたら、本当に全てが終わってしまう。

 

 監視カメラや盗聴器も設置されていると考えると、迂闊なことはできない。

 会話が聞かれているとしても、詳細を語らなければ、わからないはずだ。

 

 それにどうせ僕たちが諦めていないのは、シティ側もお見通しだろう。

 

 けれど大人しく洗脳されたり、殺されてやるつもりはない。

 

 奴らに気づかれないよう、脱走計画を練るために、何処にカメラなどが仕掛けられているかを、不自然にならないように気をつけて調べる。

 

 先輩とそんなことをしていると、牢屋の外が騒がしくなってきた。

 何やら、あちこちから罵倒するような声が聞こえてくる。

 

「この裏切り者が!」

「良く俺たちの前に顔を見せられたな!」

「機械共よりも先に! お前を殺してやりたいぐらいだ!」

 

 他の牢屋から、立て続けに大声が聞こえてくる。

 僕たちも電磁格子の向こうに視線を向けると、何となくだが察しがついた。

 

 黙ってじっとしている気はないし、少しでも情報を得るために、近くまで移動する。

 

「言いたいや聞きたいことは多々あるだろうが、お前ら少し落ち着け」

 

 牢屋が並んでいる更生施設の通路には、意思の強そうな屈強な男がいた。

 

 彼は頬をかきながら、困った顔をしている。

 そして、ちょうど僕たちの前で足を止めた。

 

 牢の中なので何もできないが、看守ロボットも引き連れているようだ。

 迂闊には手を出せない状況だが、逆に彼を監視する意味もあるかも知れない。

 

 何しろ目の前の男は、アバシリシティに潜入している工作員の一人だからだ。

 

「これ以上騒ぐようなら力尽くで黙らせるが、……どうする?」

 

 今の発言を聞いて、怒りをぶつけていた人類統合軍の人たちは、高圧電流が流れる首輪のことを思い出した。

 

 皆、悔しそうな顔をし、唇を噛んで押し黙る。

 大人しく奥のベッドに戻ったり、その場に座り込んだりする人も居た。

 

「わかれば良いんだ。俺も仲間を痛めつけたくはないしな」

「……どの口が!」

 

 不満はあっても、先程よりは小声なので、彼の発言を妨害したりはしない。

 それに、全く気にしていないようだ

 

 あとは、彼には首輪はついていない。

 更生したと判断されて、市民の仲間入りをしたようだ。

 

 完全に、人類統合軍を裏切っている。

 そんな、敵になった工作員に向けられる視線は冷たい。

 

「今回は俺が、元工作員の代表として派遣されたわけだが。

 わかってはいたが、全く歓迎されてないようだな」

 

 やれやれと肩をすくめて戯けてみせるが、冗談にしても全く笑えない。

 だが下手なことを言って電気ショックを受けたくないし、今は少しでも情報が欲しかった。

 

「さて、何から話したものかな」

 

 そのまましばらく考えて、やがて決まったようだ。

 刑務所のシステムにアクセスし、僕たちの前に映像を表示した。

 

「まず今のシティは、昔とは大きく様変わりしている」

 

 裏切り者の言葉を、信じる者はいないだろう。

 それでも反論は許されないので、黙って聞くしかない。

 

 都合の良い嘘の中に隠された真実を見つけ、更生施設を脱出する手がかりにする。

 今の僕たちには、それしかできない。

 

 なので、少しでも彼から情報を引き出す。

 相談はあとからできるし、取りあえず聞くだけ聞いてみるのだ。

 

「都市統括人工知能が、全てのシティを管理運営する方針は変わらないが──」

 

 都市統括人工知能こそが、人類統合軍の打倒すべき敵だ。

 奴さえ消せば世界中のシティが麻痺し、高圧的な支配で虐げられ、辛く苦しい思いをしていた人々を自由にできる。

 

 利益を独占している上級市民も駆除対象だが、奴らは機械の力がなければ何もできないので、後回しで良いだろう。

 

 だが彼は、意外な発言を口に出す。

 

「言っておくが、シティのナンバー2は、上級市民ではなくなった」

「どういうことだ?

 奴らは特権階級で、各都市の利益を独占しているのだろう?」

「まあ、昔はそうだったけどな」

 

 僕たちの目の前に映し出された映像には、三角形の構図でわかりやすく下級、中級、上級が分かれている。

 

 そして、最上位には都市統括人工知能と書かれていた。

 だがその下には、一人の女性の名前があった。

 

「今はアリサ様が、全シティのナンバー2だ。

 これは上級市民たちも認めていることだ」

「全シティが認めただと!?」

 

 今までは各シティの市長がナンバー2だった。

 しかしアリサという人物は、全てのシティに影響が及ぶようだ。

 

 おまけに上級市民がそれを認めているなど、全く信じられない。

 一体何が起きているのかまるでわからず、僕たちは困惑するばかりだ。

 

「だが彼女に関しては詮索するな。知りすぎると、口封じに消されるぞ。

 なのでアリサ様の情報は、ここまでにしておこう」

 

 アリサは性別と名前以外は、全てが謎ということだ。

 とんでもない存在が出てきたものだと驚くが、正直に言えば信じられなかった。

 なので、この場に居る人たちは皆、嘘だと思っているはずだ。

 

「そして俺たち工作員は、アリサ様の理念に賛同した。

 人類統合軍よりも、彼女に忠誠を誓ったんだ」

 

 僕たち人類の自由と平和のためではなく、ただの一個人に忠誠を誓うなど正気ではない。

 もしかして工作員はミスをして捕まり、洗脳されたのかも知れない。

 

 だからと言って人類統合軍を裏切ったことは許せないので、僕たちは彼を冷たく見つめる。

 

「これでも人類統合軍に温情をと、必死に頼んだんだけどな。

 ……まあ、素気なく却下されたけどな」

 

 都市のリソースは限られているのだ。

 敵は見つけ次第排除するのが、もっとも効率的だった。

 

 もし味方になったとしても、そう簡単に信用はされない。

 情報を吐かせたあと、処分されることもあるし、それが普通だ。

 

 人類統合軍も市民を扇動しているが、機械と違って大義のためだ。

 本当の自由を手に入れるまで、足を止めることは許されない。

 

 だからこそ僕たちを売った工作員を許さないのが、彼は全く気に留める様子はなかった。

 

「だがアリサ様は、俺たちを決して使い捨てたりはしない。

 戦いを止めれば、一人の市民として面倒を見てくれるそうだ」

 

 捕虜を殺さずに市民にすることはあっても、実際には名前だけで市民権はない。

 実際には下級以下の待遇で、常に監視され、少しでも不審な動きをすれば即処理されるのが、元人類統合軍だと聞いていた。

 

 だから裏切ることなどあり得ないのだが、彼には何か裏があるのではと疑ってしまう。

 そのことについて、先輩は憤りを隠さずに口を開く

 

「ありえないだろ!

 それじゃまるでアリサって奴が、全シティのルールを変えたみたいじゃねえか!」

 

 すると、裏切った工作員はにやりと笑う。

 そして、僕たちに質問の答えを聞かせる。

 

「俺にも良くわからんが、アリサ様の命令は全てを優先するんだ」

「どっ、どうして! そんなことになってんだよ!」

 

 あまりのあり得なさに、大声を出すなと言われても耐えられなかったようだ。

 しかし、これは仕方ないことだった。

 

 電流で痺れなくて良かったが、常識的に考えてあり得ない。

 

「それはシティで暮していれば、自ずとわかることだ」

 

 僕たちには全くわからないが、何やら複雑な事情があることは察しがついた。

 

 そして彼は、これ以上説明するつもりはないらしい。

 

 だが一つわかったのは、アリサは僕たちを助けたがっている。

 なので処刑や拷問も洗脳もせずに、今もこうして生かされているのだ。

 

 今どきそんな、慈愛の心を持つ人物が残っていたことに驚く。

 

 さらに人々を拘束して管理運営する都市統括人工知能や、支配階級の上級市民たちがナンバー2として認めているなど、意味不明すぎる。

 

 都市統括人工知能は長い年月、ずっと社会システムを変えなかったのだ。

 それが何故今になって大きな改革を行おうとしているのか、恐らくアリサという存在が鍵になっているのだろう。

 

 しかし彼は、僕たちに説明する気はないようだ。

 

「まあこれ以上は、俺が説明するより体験したほうが早いな。

 ほら、そろそろ食事の時間だ」

 

 僕は足音から、大勢の看守ロボットが近づいていることに気づいた。

 元工作員の言う通りながら、囚人である自分たちに完全栄養食を持ってきたのだ。

 

 味は全く期待できず、固かったりゲロのような代物である。

 しかし、生き残るには食べるしかない。

 

 人類統合軍でも提供されるので、ただの栄養摂取だと諦めて受け入れてはいる。

 だが捕虜に上等なモノを食わせる必要はなく、どうせ下級市民かそれ以下の汚物が出てくるのだろう。

 

 敵軍の捕虜の扱いなど、そんなものだ。

 

 それに食文化など、とっくの昔に失われている。

 今はただ生存のためにリソースを使い、ひたすら効率を求めるだけなのだった。

 

 

 

 

 

 

 看守ロボットが、それぞれの牢獄の前で止まる。

 電磁格子の一部を解除し、完全栄養食が乗せられたトレイをこちらに寄越した。

 

 今は下手な動きはできないので、僕たちは彼らが通り過ぎるのを黙って待つ。

 少しでも脱出のための情報を集めるために、一挙手一投足を観察するのも忘れない。

 

 しかし、相変わらず裏切り者はその場に留まっていた。

 看守ロボットから、自分たちと同じトレイを受け取っている。

 

「お前も、ここで食べるのか」

「何だよ。居たら不味いのか?」

「……ふん」

 

 言いたいことは多々ある。

 だが正面から反抗すれば、首輪の電流によって強制的に黙らされるのだ。

 

 なので、黙って同席を受け入れるしかない。

 

 だが彼らは椅子と机を用意する時間がなかったのか、自分たちと同じで地べたで食べることになる。

 ほんの少しだけ、溜飲を下げられた。

 

 そんな事情はともかくとして、腹が減ってはろくに考えがまとまらない。

 どれだけ不味くても飯を食べ、生き延びることだ。

 機会が巡ってきても、体力が回復しなければ動けない。

 

「それにしても、この栄養食は──」

 

 僕以外の皆も、同意見なようだ。

 

「糞尿じゃねえか!」

「こんな物を食べろってのか!」

「露骨な嫌がらせだな! 食べたら腹を下すんじゃないか!」

 

 皆、困惑している。

 だが同時に、先程から漂ってくる芳しい香りに食欲が刺激され、生唾を飲み込んでしまう。

 

 そして元工作員は、おかしそうに笑っていた。

 

「運が良かったな。今日はカレーのようだ」

「運が良いだと? そんなわけあるか! どう見ても糞尿だぞ!」

「シティでは、完全栄養食に、いちいち名前がつけてるのか?」

 

 聞き覚えのない名前に、僕も首を傾げる。

 しかし見た目は、肛門から出る汚物のような色だ。

 そこに消化しきれていない固形物が混じっているので、腹を下した際に出てくるアレのようだった。

 

 だが、それでも食欲には抗えそうにない。

 元工作員の男も、これ以上は答える気はないようだ。

 

 先割れスプーンですくって、躊躇なく口に入れている。

 あまり見たくはない光景だが、食べる物がこれしかないなら仕方ない。

 

 僕たちも彼に倣うように、渋々だが同じようにすくって口に運んで、驚いた。

 

「……こっ! これは!?」

 

 そこから先は無言で咀嚼して飲み込み、再びカレーをすくい、口の中に入れていく。

 

 他にも固形物や謎の液体があったが、ただ勢いに任せて栄養を摂取していく。

 そんなことを続けていると、やがてトレイは空っぽになった。

 

 この間は、僕だけでなく、他の人類統合軍の人たちも一言も喋らない。

 

 けれど、食べ終わって少し経って、もっと食べたかったなと思っていると、先輩が何かに気づいたように叫んだ。

 

「しまった! そういうことか!」

 

 続けて、慌てたように大声で呼びかける。

 

「皆! よく聞け! この食事は、俺たちを懐柔するための罠だ!

 上級市民レベルの食事を与え、人類統合軍を裏切らせる気なんだ!」

 

 説明を聞けば、納得の理由だった。

 僕はカレーという完全栄養食を、もっと食べたいと思ってしまっていた。

 

 人類統合軍が、強固な都市を切り崩すために、支配されている市民を説き伏せて反乱を促すように、今まさに僕たちの心を揺さぶりをかけていたのだ。

 

「たっ、確かに! 言われてみればその通りだ!」

「危うく騙されるところだったぜ!」

「そうやって俺たちを、裏切らせる腹積もりってわけか!」

 

 僕も危うく騙されかけた。

 しかし、もう同じ手は通じない。

 

「この糞みたいな料理も、薬で味覚を誤魔化してるんだろ!」

「でないとこんな酷い見た目で、美味いと感じるはずがないからな!」

「なら、早く吐かないと不味いぜ!」

 

 強い薬は肉体に負担がかかり、何らかの拒否反応が出る。

 今のところは異常はないが、もしそうなら不味い。

 

 しかし元工作員は僕たちの発言を聞いて、大声で笑い出す。

 

「ははは! ヤバい薬なんて入ってないぜ。

 言っておくがこのカレーは、下級市民の食事だからな」

「うっ、嘘をつくな!」

 

 四方八方から、冷たい視線が突き刺さる。

 だが彼はポリポリと頭をかいて、面倒そうに呟く。

 

「はぁ、どう説明すれば納得してくれるんだろうな」

 

 そのまましばらく考えて、やがて結論が出たのか真面目な顔で口を開く。

 

「まず、これは完全栄養食じゃねえよ。成分は割と偏ってるしな。

 それとアリサ様のおかげで改革が進み、全てのシティに普及できたんだ。

 だから、下級市民も配給されるようになった」

 

 僕は彼の言っていることを、信じて良いのかわからない。

 しかし何故か、今の発言に嘘はなさそうだと思った。

 

 だが、仲間は違ったようだ。

 元々嫌っていたのもあるが、彼を挑発する。

 

「アリサって奴のことを随分気に入っているようだが、もしかしてお前の女か?」

「ああん? アリサ様に俺なんかが釣り合うものかよ!」

 

 すぐに答えが返ってきたが、その言葉だけでは終わらない。

 彼の雰囲気が一変した。

 

「あまりアリサ様を侮辱すると、……殺すからな!」

 

 殺意は僕に向けれたわけではない。

 それでも、完全に気圧されて震えてしまう。

 

 彼が本気で情け容赦なく、かつての仲間を殺す気だと伝わってくる。

 

「わっ、わかった! 以後、気をつける!」

「まあ良い。それぐらい、アリサ様は特別な存在だってことだ。

 今後は発言には、マジで気をつけろよ」

 

 仲間たちも息を呑んで、完全に動きが止まる。誰も口を開かない。

 

 だが元工作員も冷静になったのか、空気が軽くなって彼は大きく息を吐いた。

 

「俺だけでなく、他の大勢の市民にとっても、アリサ様の侮辱は万死に値する大罪だからな」

 

 とんでもない発言に驚いた。

 しかし、ここであることが頭に思い浮かんで疑問を口にする。

 

「もし今の発言が事実なら、全てのシティはアリサって人が支配してるの?」

 

 さっきもナンバー2とか言っていたので、その可能性はある。

 

 だが人類統合軍の最終目的は、支配からの解放だ。

 都市統括人工知能や特権階級が無理やり支配し、反発が起きている現状で、市民たちが自ら従うなどあり得ない。

 

 そう思っていたのだが、電磁格子の向こうの強面の男が、ニヤリと笑って僕を真っ直ぐに見つめた。

 

「良いところに気づいたな。少年」

 

 どうやら、答えを教えてくれるようだ。

 そして次に、何故人々や機械がアリサ様に従うかの理由を説明していく。

 

「人類は遥か昔から戦いに明け暮れて、とっくに疲れ果てちまってんだよ。

 俺たち人類統合軍も、全てのシティもな」

 

 確かに僕たち人類統合軍は、毎日が生きるか死ぬかだ。

 今も全く余裕がなかった。

 

 しかし、機械や特権階級の支配から人々を解放するという重大な使命がある。

 正義を行うためには、悪に屈するわけにはいかない。

 なので仲間たちの心を一つにして、諦めずに前に進んでいる状況だ。

 

 だが各地のシティは、僕たちよりも厳しい状況のはずである。

 破壊工作で着実にダメージは与えているし、もうすぐ勝利がもたらされる。

 上層部はそのように分析して発表しているので、皆はそれを信じて戦っていた。

 

 そして、それは元工作員も知っている。

 

「確かに崇高な理念は、生きるための原動力になる。

 しかし、その発表は随分昔から出ているぞ。少なくとも、俺がガキの頃にはな。

 ……で、戦争は終わったのか?」

「そっ、それは!」

 

 そう言えば自分が子供の頃から、人類統合軍の勝利は目前で、シティとの戦争はもうすぐ終わると発表されていた。

 

 戦況報告も毎回、人類統合軍が優勢であると言うばかりだ。

 本当に勝っているとしても、こうして捕まってしまった以上、人類の夜明けはまだ遠いのかも知れない。

 

「本当は、お前らもわかってるんだろう?

 人類統合軍とシティの戦争が、終わりはしないってな」

 

 元工作員の発言を、誰も否定はしなかった。

 先輩たちは皆、戦争はもうすぐ終わると口を揃えて言っていたのにだ。

 

 今はどうしてか、俯いたまま黙っている。

 僕はその理由を聞きたくなるが、口に出した瞬間に自分の心が折れてしまいそうだった。

 

 とても怖くなり、他の人たちと同じように押し黙ってしまう。

 

「……悪かったな。少年。泣かせるつもりはなかったんだ」

 

 気づけば僕は口をつぐんだまま、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。

 きっと彼が語った真実を受け入れるには、心が弱すぎたのだろう。

 

「しかし戦争終結は遠くても、シティ側も大きな被害を受けているのは事実だ。

 なので、人類統合軍の上層部の発表は、間違いとは言い切れない。

 ただし、アリサ様が現れるまではな」

 

 そう言って、彼は呼吸を落ち着ける。

 

 顔つきも真剣そのものになり、更生施設のシステムにアクセスした。

 各々の牢獄に、巨大な画像を表示する。

 

「アリサ様は都市統括人工知能と協力し、人類救済計画を進めているんだ」

 

 人類救済計画とは大袈裟だなと思った。

 しかし、もはや話に水を入れる雰囲気ではない。

 

「まずは完全栄養食を全面廃止し、長期的に栄養バランスを整え、味を重視する。

 そんな給食制度に移行した」

 

 最初はパンという食事を広めたが、これは上手く行かなかった。

 食事が美味すぎて市民がアリサベーカリーに押し寄せ、暴動が起きたのだ。

 

 もちろんすぐに鎮圧されたが、このままでは確実に失敗すると判断し、すぐに手を打った。

 

 それが給食センターの設立である。

 

 経済的に裕福な者は、松竹梅のうち高級なコースを選択して自己顕示欲を満たせる。

 そして毎日、全シティで配給されるので奪い合いにはならない。

 

 もちろん実現するまでは多くの壁が立ち塞がったが、それでも諦めずに前に進み続けた。

 

 おかげで今では、アリサ様のレシピをアレンジした料理も、続々と開発されている。

 少し味を変えたり贅沢したいとき用の、調味料も販売され始めた。

 

 おかげで心身の負担が軽減し、仕事の効率も上がっている。

 何より市民に日々を生きる喜びが生まれ、笑顔が戻りつつあった。

 

「そして次に、アリサ様は音楽を復活させた」

 

 彼がそう発言してウィンドウを操作すると、更生施設に聞き覚えのない誰かの声が響き渡る。

 だが驚きはあっても不快ではない。

 

 むしろとても透き通っていて綺麗で、聞いていると心が安らぐような不思議な感覚だ。

 

「この歌は!」

 

 先輩のうち何人かが大げさに驚いているが、僕には何のことかわからない。

 

「知ってるんですか?」

「ああ、都市統括人工知能が口ずさんでいた歌だ!」

「ええっ!?」

 

 まさか機械が人間の歌を覚えるなんて、何ということだと僕は驚愕した。

 

 話を聞いていた元工作員は、一瞬困った顔をした。

 

「一応極秘情報なんだが、既に知っているなら良いか」

 

 そして映像を切り替え、ウインドウに一人の女性を映し出す。

 

「ARISAでギターを担当している。名前はマザー様だ」

「間違いない! この女だ!」

 

 どうやらこの美しい女性が、都市統括人工知能らしい。

 正確には映像として出力された幻影だが、僕たちの倒すべき敵の親玉だ。

 

「だが死にたくなければ、絶対正体を漏らすなよ。

 フリじゃないからな」

 

 そう言って彼は、面倒そうな顔をして大きく溜息を吐き、何度か頭をかく。

 だがやがて気を取り直したようで、落ち着いて続きを話していく。

 

「まあとにかく、アリサ様はバンド活動してるわけだ。

 今はトップアーティストとして、定期的に開催される音楽コンクールの審査員も務めている」

 

 僕も音楽というものは、少しは知っている。

 地下都市でも、たまに見かけることもあった。

 

 しかし、一度失われたものを繋ぎ合わせたのだ。

 これが本来の音楽かは良くわからずに、太鼓を叩いて踊るという、何というか原始的なものだった。

 

 なので今流れている音楽のように、美しく洗練はされていない。

 

 僕は激しく心が揺さぶられて、カルチャーショックを受けてしまう。

 遠い昔に忘れてしまった懐かしく恋い焦がれていた何かを、この瞬間に思い出したような、清々しい気分であった。

 

 だからなのか、僕は彼が神聖視する女性がとても気になる。

 つい好奇心で質問してしまう。

 

「それでアリサという女性は、他に何をしたんですか?」

「今のところは、これだけだな」

 

 肩透かしを食った気分だ。

 しかしこれだけの偉業を成し遂げただけでも、英雄視されるのは間違いないと思い直す。

 

「そもそもアリサ様が人類救済計画を始めて、まだ一年ほどしか経ってないんだぜ?

 短期間にこれ程まで改革を進めるだけでも、とんでもないことだからな?」

 

 まるで自分のことのように自慢気に話す彼を見て、もはや人類統合軍に未練はないのだとはっきりと理解する。

 

 元工作員はシティではなく、アリサと言う女性に忠誠を誓ったのだ。

 

「まあつまり俺は、新たに生きる希望を見つけちまったんだよ。

 だからもう、人類統合軍には戻らない。……未練はなくはないがな」

 

 そうはっきりと告げた男の顔は苦笑しているが、そこに後悔などはないようだ。

 

「言うなればアリサ様は、人類にとっての太陽だな」

 

 よりにもよって太陽とは、例えが大袈裟にも程があると思った。

 

 しかし先程までの会話の流れから、人僕たちの人類統合軍も心身共に追い詰められて、非常に厳しい状況だ。

 

 最初は死ぬ瞬間まで徹底抗戦するつもりだが、やはり限界だったのかも知れない。

 

 先程からの彼の発言で、決意が揺らぎつつある。

 

「まあ、そう簡単には決められねえだろうさ。

 今は頭を冷やして、ゆっくり考えることだ」

 

 そう言って彼は、目の前のウインドウの表示を切り替える。

 

「ただ一つ言えるのは、人類統合軍に味方しても、待っているのは絶望の未来だけだ」

「おっ、お前に! 何がわかる!」

 

 先輩が大声で叫んだ。

 だが元工作員は涼しい顔で、全く気にしていない。

 

「悪いが今の俺は、アバシリシティの市民だ。

 人類統合軍である、お前たちの気持ちはわからんよ」

 

 元人類統合軍に所属していた元工作員は、怒りをぶつけたかつての仲間を、冷ややかな目で見つめる。

 

「だが、敵の親玉である都市統括人工知能の親友を、人類統合軍が見逃すはずがない。

 見つかればアリサ様は殺され、希望は永遠に失われるってわけだ」

 

 そう言って彼は、一際大きな溜息を吐いた。

 

「アリサ様と都市統括人工知能が協力関係にあるから、平和が保たれてるんだ。

 そして絶望をはねのけ、希望の未来に歩んでいける。

 だから俺は、この命ある限り、彼女を守る」

 

 そして彼は大きく息を吐き、背を向けて歩き出す。

 

「それじゃ、俺はそろそろ行くわ。

 こう見えて、忙しいんでな」

 

 元工作員は手を振りながら歩き、僕たちに話しかける。

 

「制限付きだが、ネットワークにアクセスできるようにしておいた。

 今のシティや、アリサ様のことを少しは勉強しておくんだな」

 

 ついでに、どうせやることがなくて暇だろうしなとも聞こえた。

 

 まだ、裏切り者の言葉を信じたわけではない。

 けれど、今すぐ脱獄もできそうにはなかった。

 

 僕たちは精神的に動揺したが、諦めたわけではない。

 厳重なプロテクトがかけられていても、得られる情報はゼロではない。

 

 なので、ネットワークにアクセスする価値はある。

 いつか更生施設から脱走する日に備えて、僕は負けてなるものかと気合を入れるのだった。

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